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3/19 表現を若干変え、余計な文を一部省き、読みやすく構成し直しました。
ロディマスがバッカスに提供できる二つ目の商品。
それは、美容薬である。
この世界では魔法がある為か、薬学と言った類の、薬全般を扱う学問は影が薄く、ポーション学と言う専門の学問ばかりが突出している。
そして死が身近にある為か、娯楽関係の研究も進んでいない。
それ故に、生死に関わるようなポーション類の研究は、回復魔法の研鑽と共に研究が進んでいても、ご婦人のお肌をツルツルにすると言った類の娯楽用品の研究は進んでおらず、ほとんど存在しないのである。
一部、トリートメントのような社交界ですぐにでも分かる部位、髪に関する美容薬は存在するが、ロディマスの考える薬剤は存在しないようだった。
そしてその事実は、ロディマスにとって大変に好都合だった。
ロディマスが今回、父バッカスに提供する薬剤は二つ。
一つはニキビなどの出来物を除去する薬。
これは未来の記憶を持ち闇属性を扱えるロディマスならではだが、闇属性を含む薬草と既存のポーションを混ぜてペースト状に加工すれば完成である。
並の人であれば闇属性を含む薬草など使いたがらないが、ロディマスには忌諱感などない。
そして未来の記憶で見たが、帝国では普通に使われていた薬なので大きな問題にはならないだろうと言うのがロディマスの見解である。
そもそも、闇属性の薬草が忌諱される一番の理由は、使用時の倦怠感である。
身体の元気を吸い取られるような気分になるので、薬草と言うよりも毒草と言う扱い。
それが故に使われていないのだが、しかしそれは勘違いだとロディマスは知っている。
闇属性の特性の一つ、吸収の効果が暴発しているだけ。
ロディマスは直ぐにそう見抜き、適切に処理してから使用すれば問題が無い事を確認していた。
前世においても、少量の毒物を薬代わりに加工するなどよくあった話だけに、すんなりとロディマスはそれを受け入れて薬を完成させていた。
なお、その薬を未来の帝国に持ち込んだのは、未来のロディマスである。
とある未来では両親が死に、自国にいられなくなったロディマスが帝国上層部に取り入りたいが為に、試行錯誤を重ねたのだ。
その結果、傷口にトゲや破片などが入っている場合の処置薬として、戦争中の帝国に見事受け入れられたのだから、研究者な自分も中々侮れないと、久しぶりに未来の自分を褒めた。
そしてこの薬が単なる傷だけではなく、出来物にも効くのは、家のメイドで確認済みである。
名前は忘れたが、確かミーシャを迎えに地下牢へ向かった際に背後から付いてきた若いメイドだったなと、翌日ツルツルになった顔面を見せに早朝部屋まで突撃してきた彼女を思い出していた。
主人の子息の部屋に早朝から押し入るなど言語道断なのだが、それでも彼女の喜びように引いたロディマスは、それを許した。
それに、あの薬の効果がそれほどの喜びようをもたらすものであると実証できたのが、ロディマスとしては何よりも嬉しかった。
そして、晩に塗れば翌朝にはツルツルになるほどの即効性もある。
これが幅広く受け入れられれば、戦地に赴く兵たちの他、貴族のご夫人にも売れるようになる。
そうすれば先のおパンツなど目ではないほどの利益となる。
一応の、自信作であった。
最もその自信は、先ほどまでのやり取りで木っ端微塵に砕け散っているので、ただただ空しいだけではあった。
そしてもう一つ、これはあくまでおまけだが、ハンドクリームである。
先ほどとは材料が同じで、少しだけ前段階の加工を省略して更に薄めたものである。
費用は、先の薬の半分程度。
効果は半分以下。
本来なら上位の薬さえあればいいのでこちらは不要なのだろうが、両方同時に、違う用途で出せばまずバレはしまいと言うのが、ロディマスの予想であった。
同じ材料で、違う物を二つ作る。
しかも片方は手を抜いて水増ししただけのほとんど同じもの。
薬なので容量用法を守る意味でそれは間違っていないが、それでも商売人としては『手抜き』『水増し』と言った単語にロマンを覚えざるを得ない。
そして、商売人としては、これ以上ないほどお買い得な商品の提案である。
父バッカスも絶対に乗ってくるだろうと言う、この自信作の二つを前に、ロディマスはしかし、気弱になっていた。
これもヘタなプレゼンを行なえば、先ほどのように切って捨てられるような思いをする。
決して自分を蔑ろにせず、あのように教育を行なってくれるバッカスに感謝の気持ちはあれど、それ以上に恐怖の気持ちが強い。
また、ばっさりいかれたらどうしよう。
なんか、社長にプレゼンした時を思い出すな。
そんな前世の情けない記憶が不意に思い起こされ更に弱気になる。負のスパイラルだった。
しかし、それでもやるしかないと弱気な心を無理やり押さえ込み、ロディマスは腹に力込めて踏ん張って今の失敗を糧に新たな気持ちでプレゼンすると意気込んだ。
失敗など、許されない。
戦争回避、自分の生存。
色んな者の命運を、この会談は握っているのだからと、ロディマスは目の前のバッカスの瞳を見つめた。
しかし、結果としては説明を始めた冒頭より既に喰い気味だったバッカスが、続く説明を聞いた瞬間に二つ返事で買い取ったので拍子抜けだった。
サンプルだった物も、バッカスはすぐさま買い取った。
二つで金貨2枚になった。
駆 け 引 き と は 一 体。
またも自信を失うロディマスは、この人には一生敵わないんじゃないだろうかと思い始め、それを振り払った。
そして、あまりにもあんまりなバッカスの豹変ぶりに、さすがにロディマスも疑問をぶつけてみた。
「父上、先ほどとは全く異なる取引のご様子でしたが、今回はどのような意図がおありだったのでしょうか?」
するとバッカスはなんでもない事のように言った。
「む?ああ。カラルがな」
突然母、カラルの名前を出されて、これはさすがに予想だにしない展開だとロディマスは首をかしげた。
だがバッカスの様子はそのロディマスの姿を全く意に介さず、疑心暗鬼になっていたロディマスは思わず先を急かした。
「母上がどうかなさいました?」
するとどうだろうか。
バッカスが指で頬を搔いていた。
無表情で。
「カラルの手のアカギレが最近特に酷くてな。丁度よかったのだ」
なんと言う事だろうか。
それは確かに、経済の基本である。
『需要』と『供給』。
今回の件に関しては、バッカス個人による『需要』があり、己が提供できる薬の『供給』があった。
その為に、あっさりと商談が決まったらしい。
確かにそれ自体は何の不思議でもなく、欲しがる人がいれば即買いと言うのもあるとはロディマスも思っていた。
だがそれが、目の前の大商会の会長たる父が行なうその姿に、気が遠くなった。
あなたも衝動買いするのか!!
そう言いたくて、しかしロディマスは融資してもらう側なので、何も言えなかった。
そして若い頃は下半身のヤンチャぶりで数々のメイドを恐怖に陥れたと悪い評判の目立つバッカスが、実は愛妻家だった。
しかもその思いはこの商取引に私情を持ち込むほどであり、意外性で言えば、今生の中でも最上級だった。
そんな意外すぎて実の息子さえ今の今まで知らなかった父の一面を知り、ロディマスの思考はしばしの停止を余儀なくされた。
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取引の主な内容が終わり、今度はロディマス個人が父に甘える番となった。
そこでメイドに再度入れさせたお茶を飲み、二人で落ち着いてから話を進めた。
「援助して頂きたい内容は、新たな石臼の購入、塩とバターの商権の斡旋、もしくは他領からの継続輸入の為の後ろ盾。それと以前に頂いた工場の拡張工事の手配です」
「石臼と工事はすぐに掛からせる。指示は担当の者に伝えろ。塩とバターは他領からの買い付け量を増加させる。商権は、商会を発足させてからだ。半年以内にロディマスの商会を登録する。名前を決めておけ」
「はい」
いきなりなロディマスの要求に即答するどころか、一手も二手も先を打ってくる父バッカスが頼もしすぎた。
それでいて先ほどダメ出しされた情けない自分に涙が出そうなロディマスは、それでもこの偉大な父に情けない姿は晒せないと唇をかみ締め我慢をした。
前世の40年近い生など、この過酷な環境でトップにまで伸し上がった父の足元にも及ばない。
そんな思いを胸に、しかしいつか越えてやると、非常に分かりにくかった先ほどの遠回りすぎる父の優しさを思い出して、決意した。
それから、ロディマスは今後をしっかりと考えた。
考えて、多少の想定外はあったものの、意外と順調だったとロディマスは気が付き、次いでニヤリと笑った。
「ほう。何かまだあるのか?」
「は!?いえ、大丈夫です。今の所は父上の手を煩わせるような案件は抱えておりません」
「そうか、ならば仕事に戻るとしよう」
「はい、ありがとうございました」
「うむ」
父の目の前だと言うのに空想に耽っていたロディマスは、やってしまったと思いつつも、考えていたよりずっと順調に進んでいる今世に我慢できず嬉しくなった。
しかし最初の取引の話とは打って関わって事務的な対応を取るバッカスの態度に、どうにも最初の取引と言う名の親子のやり取りは、バッカス的には単なる憩いの時間だったのだと気付いた。
さすが怪物バッカスと巷で恐れられるだけの事はあると、先ほどの恐怖の面談ですら彼にとっては遊びだったのかと、ロディマスは心の中で白旗を揚げた。
そしてロディマスは大きくお辞儀をしてバッカスと別れ自室に戻ると、早速新たな計画をメモに取り始めた。
塩は北のベルナント領から格安で輸入している。
場所も近く交通の便も良いからこれは期待できそうだと、ロディマスは安堵した。
ちなみにベルナント領はアリシアの父親が領主で、製塩産業で食いつないでいる貧しい領地である。
本来なら塩を作っている領地は栄えるのだが、ベルナント領以外の沿岸領地が画期的な製塩技術を生み出して以降、古式の煮詰める製塩方式を取っているベルナント領は衰退の道を歩んでいる。
そもそもが海に面しているとは言え、ベルナントの海は崖ばかりで砂浜がほとんどない海岸線だとロディマスは聞いている。
まず海から掬い上げるのにさえとんでもない労力が必要な時点で、本来は製塩産業には向いていない。
しかも領内の大半が山で農業にもあまり向かず、林業は硬すぎる木の所為で職人に不人気と、誰が見ても外れの領地だと分かる。
だが、そんな事さえ分からない者が領主ならば確かに貧しくもなるだろうと、ベルナント公爵の噂を思い出して呆れた。
かの人は、どうにもお人よしで、アリシアの祖父が亡くなった後で家督を継いで中央の役人となっていたが、ものの見事に政争で負けて領地に追いやられたと聞く。
以前、アリシアの祖父が中央でブイブイ言わせていた頃は羽振りが良かったらしいが、それも恐らくは王家からの援助金をたんまりもらっていたのだろう。
そして領地に追いやられた現ベルナント公爵に国が援助をする理由などなく、公爵家として最低限の支給がなされているだけ。
元々領地に産業が乏しかったからこそ中央で暴れていただけに、ベルナント公爵領の没落は当然の結果だった。
そして、貧窮したベルナント家に目をつけて、救いの手のような悪魔の手を差し伸べたのがアボート商会だった。
足元を見た低価格で塩を輸入してアボート商会は暴利を貪っているのだが、それでもそれがなければとっくに滅んでいるのである。
結果、ベルナント領の人たちはアボート商会を恨むわけにもいかず鬱憤が溜まっている状態であるらしい。
ただの逆恨みだが、逆に今はそのほうが都合がいいと、ロディマスは未来を見据えて考えた。
かつて未来で見た記憶の中に、この領地で酪農が行なわれているらしき形跡を見た。
酪農があるならば、バターもチーズもあるだろう。
山岳部なら土地も有り余っているだろうし、放牧するにはうってつけである。
あの地方が何故それをしていないのかを調べる必要はあるが、恐らくは単純に現公爵が思いついていないだけだろうとのアタリは付いている。
ライルに調べさせているので結果も直ぐに分かるだろう。
バターとチーズは、ロディマスが安く買い叩く。その代わりに安定して買えば、職に就けない者たちも減るだろう。
むしろロディマスは、自分が格安で雇ってやればいいのかと、気が付いた。
そして塩は、製塩なら多少なりとも知識のあるロディマスが入れ知恵を行える。
藻塩も悪くないしなと、久しぶりに和系の魚料理にありつけそうな所も、ロディマス的には乗り気にさせる点だった。
そうやってこっそりベルナント領を活性化させつつ、自分に依存させていく。
するとどうか。
いつしかこのロディマス様に逆らえないようになっているのではなかろうか。
そうやってひっそりと静かに周りからアリシアを囲い込んでしまえば、あのお転婆も制御が利くのではなかろうか。
それならば、担ぎ上げて勇者に仕立て上げる事も、容易である。
それは実に、良い案だ。
ロディマスはこの思い付きを自画自賛し、それに合わせた計画の変更を行なったのだった。