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3/18 表現を若干変え、余計な文を一部省き、読みやすく構成し直しました。
ロディマスは闇魔法についての考察を一旦終え、次の命題に取り掛かるべく本を漁った。
それはアリシアの件を解決するための治療法の模索である。
手探りで闇魔法について探していた時とは異なり、ロディマスはこれに心当たりがあったので本を探す手も素早く移動していた。
そして、未来の記憶で見たのとほぼ同じ一冊の本を手に取った。
「『黒の英雄』か」
かつての救国の大英雄である『黒の英雄』が書いた書物の複製品を持ち、ロディマスは思考に耽った。
『黒の英雄』とは、悪魔並びに魔族との全面戦争である世界大戦に終止符を打った稀代の大英雄であり、数少ない魔法使いの英雄である。
そんな人物が著した本の内容が己の目的と合致していた。
未来の記憶の自分がこの本を偶然手に入れて、それを読んでいた光景を目にしたが為であり、たまには役に立つなと、未来の自分を身勝手に褒めた。
そして、その本が今ここにあったのはまさに渡りに船だと、写本を手に取り読んでみるうちに、ある一つの興味深い仮説が浮かんだ。
「魔過症、あるいは魔石症。過剰な魔力を取り込んだ人間は、魔力の許容量を超えるのか、あるいは強大な魔力に見合わない稚拙な魔力操作により身体を壊す」
そしてその病に冒された者達と出会った未来の記憶を呼び覚まし、一つ一つ確認を取り、確信する。
「少なくとも帝王とアリシアに関してはその両方だな」
二人とも強力な光属性の担い手で、最後の最後にその溜めきった魔力で大地に鮮烈な爪痕を残している。
まるで自分の【魔王の卵】にある特殊技能【ハイパーブースター】のように、命の煌きを力に代えて強大な暴力を発生させていた。
そんな記憶を思い出して、ロディマスは呻いた。
「ぬぅぅ。こいつらも神に弄ばれているのか?いや、まさか、な」
神の属性とも言われている光属性と、悪魔の属性と呼ばれている闇属性。
その二つが、偶然にも同じ結末を迎えている事に引っ掛かりを覚える。
しかも帝王にしてもアリシアにしても、武の才能は頂点を極められるほどで、全盛期ないしは病気でないならば並び出るものがいないと言われたほどの者達である。
そんな二人が共通してこの病に冒されている。
「偶然にしては、出来すぎているが、しかしヒントがあまりにも少ないな」
何故神に愛されている光属性の者が、そのような扱いを受けているのか。
それを言い出したら闇属性の自分も何故こんな扱いなのかと言う思いが出てきた。
しかし、手がかりも少ない今の段階で考えるべきことではないと頭を切り替えた。
目下の問題である魔過病の治療法を探るべく、ロディマスはそちらに専念しこの謎は後回しにする事にしたのだった。
『----が記す、魔過症についての考察』
『魔過症とは、魔力と呼ばれている超常の力を宿した者の中の誰にでも起こりうる症状である。つまりは、この世の全ての者に起こる現象である。そして魔物とは、無機物、植物、動物が魔力を過剰に取り込んだ末に暴発した結果であると、私は推察し、それを確かめるべく研究を始めるものとする』
『黒の英雄』が記した本の冒頭には、このような対外的なそれらしい理由が添えられていた。
名前の部分が塗りつぶされているのは、検閲により削除されたからであろう。
この時点で深い歴史の闇を垣間見た気分となり憂鬱となったロディマスだが、それでも己が生き延びる為だと奮起してページをめくっていく。
幸いにも中身は、分からない専門用語などなく、学の浅いロディマスでも十分に理解できる内容であった。
それはもしかすると、『黒の英雄』が実は学者や医者などではないただの一般人だったのではないかと言う疑問にも繋がったが、今は関係がないとその疑問を放り捨てた。
そして読むうちに、かつての大英雄が研究した内容の一つにこの魔過症と言う病気の研究があったのは、決して偶然ではないのだろうとの結論に達した。
何故ならば、ある特定の周期でこの病は異常発生しているようだったからだ。
「勇者誕生のタイミング、か」
そしてそれは同時に、魔王復活のタイミングでもある。
つまり今このタイミングで己が知る限り現存している三人がこの病に罹患しているのは、もしかすると、己が原因なのかもしれない。
かなり理不尽な状況ではあるが、少なくとも帝王やアリシアに知られればタダでは済まないだろうと、久しぶりに背筋が凍る思いをした。
『黒の英雄』の過去は、それほど素晴らしいものではない。
それはかの者自身の歴史が秘匿されたとしても、伝え聞くことが出来るものであった。
しかし、そうであれば一つの疑問が生じる。
何故、余裕の無いはずの彼は他人の為とも言えるこの病について研究をしたのか。
何故彼は魔物について研究をしたのか。
その理由は本を読み進めれば簡単に理解できた話で、この大英雄が人体実験を繰り返すに至った理由は、妹がこの病気に罹患していた為であった。
他人ではない妹を救う為に、世界を敵に回してでも研究を進めた男。
決して救国の英雄ではない、ただのシスコンの狂人。
それがロディマスが下した『黒の英雄』への評価だった。
「とんでもない変態の、うんこちゃん野郎だな」
そう蔑むが、自分が生き延びる為に世界を敵に回そうとする己と比べると、妹の為に動いた『黒の英雄』の方が幾分か高潔に見えるから不思議である。
人体実験を繰り返して数万人もの犠牲者を出したその人物よりも下なのかと、ロディマスは思わず肩を落とした。
しかし、そんなシスコン男の書いた情報が、それでも今はとてもありがたかったので、『黒の英雄』の善悪や性根については深く考えない事にした。
「やはりアリシアの症状が完全に一致しているな。もしかすると、これはこの世界版のガンなのか?」
そう、『黒の英雄』の書いた本にある魔過症、あるいはかつては魔石症と呼ばれたソレの項目には、体内で魔力が異常収縮する事で細胞変異が現れるとあった。
そしてそれは人間の免疫機能では回復できず、いずれ体内で増殖して死に至らしめる病だと、その本には書かれていた。
何故魔石症と言う名前が先についたのかと言えば、この『黒の英雄』が研究する前まではこの病で死んだ者を解剖すると、心臓からごく小さな魔石が出てくる事からそう呼ばれていたそうであった。
心臓部から魔石が出てくるのは魔物に共通した事柄であり、一般的にも良く知られた弱点でもある。
それだけに得体の知れない恐怖が当時は蔓延していたのだと言う。
しかも別名が魔獣化病とまで書かれており、その当時はこの病にかかるだけでも相当なバッシングを受けていたのだと、本の冒頭の内容から読み取れた。
「隠匿されるのも無理は無い情報だな。さすが禁書だ」
人体実験のみならず、こういった事情も込みで『黒の英雄』についてはタブー視されているのだろう。
よって人々には『黒の英雄』はただ単に魔族を追いやった救国の英雄としての面のみを伝えられている。
それもまた致し方がないのかと、ロディマスは少しばかり国家運営と言うものを考えた。
「当然、闇属性もタブーだろうな。俺も目立てば討たれてしまう危険性もある。さすがにアボートの人間を即座に処刑するような輩はこの国にはいないだろうが、それでも警戒するに越したことはないな」
しかし、だからと言って同じタブー繋がりであったとしても、『黒の英雄』と同じとは、ロディマスは微塵も思っていない。
当時、恐らくは魔王復活のタイミングに合わせて罹患者が急増した魔過病。
そして妹が、それに罹患した。
治す手立てはない。
そのような状況で、例えそうだったとしても、ならば妹を治すべく他人で人体実験をしようと思い至る辺りに、この『黒の英雄』とやらは元からずいぶんな変わり者で、己とは一線を画す存在だと、ロディマスはその悪魔の如き所業を思い出して肩をすくめた。
「狂人の気持ちなど分かるものではないし、分かるべきものではない、か」
ロディマスは、本の端々からにじみ出ている『黒の英雄』の個人的感情をそう言って切り捨てて、可能な限り客観的に本を読み進めることにした。
「しかし、文面に私怨、怨念が篭り過ぎているな。論文と言うよりも完全に研究日誌、いや、日記だな」
そう言って切って捨てたはずの『黒の英雄』に対する同情心だが、本の続きを読み進める内に気が変わり、結局同情する羽目になった。
まず、『黒の英雄』は妹の治療に間に合わなかったようだった。
研究に掛かった年数が10年と、比較的早い段階で目処が付いていたはずなのに、最後の最後まで治療法が確立できずに長引いたと書いてある。
その治療法にはとある属性の協力者が必要不可欠で、しかし『黒の英雄』はその協力者を得られなかった。いや、得るのが不可能な状況であったと言える。
それが為に間に合わず妹が亡くなってしまったともあり、当時の思いを汲む気などないロディマスでさえも沈痛な思いが伝わってくるようだった。
「しかし、それでも最後まで執筆して対処法から治療法まで書ききったのは、見事だな」
最後の方は殴り書きで誤字も落丁もありますと、写本を作った者からのメッセージが添えられている辺り、相当汚い字で書かれていた事が伺える。
それを見て、当時の彼の苦悩はいかほどだったのかと想像してしまった。
心優しき中年だった前世が少しばかり顔を出した瞬間でもあったが、ロディマスはそれに気付かずに、その男の報われない人生に同情した。
それに、ロディマスにとって間に合わないと言う単語は、決して他人事ではなかった。
それもまた、ロディマスに決して小さくない影響を与えていた。
【魔王の卵】が孵化すれば、この『黒の英雄』の比ではない絶望が自分を襲う。
その嫌な予感を振り払い、ロディマスは狂いながらも研究を完成させると言う意地を貫いた『黒の英雄』に改めて敬意を表しつつ、アリシアの治療について考えた。
書いてある事が事実なら、自分なら治せる。
いや、むしろ自分にしか治せないとロディマスは気付いた。
何せ必要なのは、強力な闇魔法の使い手だからである。
当時、『黒の英雄』が妹を治せなかったのも、この使い手を見つけきれなかったからである。
まさか先天的な闇魔法の使い手である魔族を捕まえて利用するわけにもいかなかっただろうとロディマスは思い、そして気が付いた。
もしかすると『黒の英雄』が魔族を殲滅したのは、ヤツ当たりだったのではないだろうか、と。
既に100年以上も前に亡くなっている人物であり、また、タブー視される人物だけあり当時の記録もロクに残っていない。
真相を確認する術はないだろう。
「それに、今はそんな事を考えている場合ではない、か」
そして、ロディマスは先ほどから逸れてしまう己の思考を叱咤した。
「集中しろ、時間はいくらあっても足りないのだ。わき道に逸れている時間はないのだぞ」
そう言い聞かせ、目下の目的であるアリシアについてもう一度どうすべきかを思案し始めた。
いくら己しか治せない病だと分かっても、治す相手は公爵家のご令嬢である。気軽に手を出せる相手ではない。
しかも病を治す為の緊急事態と言えども、いきなりぶっつけ本番の人体実験のような真似をしたのでは、人でなしと思われる『黒の英雄』を笑えない。
そう考えたロディマスは、適当な被検体がいないかと未来の記憶を探り、一つ丁度いい存在を思い出した。
「マッドドッグ、狂犬アグリスの妹。確かそいつも同じ病気を患っていたな」
そう言えばアグリスも妹の治療方法を捜す為に未来の己とほぼ同時期に帝国へと入ったのだと、かつて一時的に共闘していた事を思い出したロディマスは、そこで大事な件を未来の記憶で垣間見たのに、最近忙しすぎて忘れていた事に気が付いた。
「まずいぞ。あいつが帝国に行ってしまうと、全面戦争が始まる」
全面戦争とは、未来でロディマスが死ぬ事になる戦争で、ロディマス的に非常にややこしい背景を抱えた戦いでもある。
表向きは暴走した帝国と諸外国との戦争であるが、事の起こりはこの魔過病の治療法を自分がいるこの国に求めた帝国の侵略戦争である。
どこでその情報を掴んだのか、門外不出の禁書である『黒の英雄』の書物の存在を知り、それを奪うべく侵略行為を行なったのだ。海に囲まれた半島なので、当然相手はこちらの国と、対岸にある他国である。
魔物が蔓延る海を越えて、再び帝国が侵攻したのである。
驚くほどの行動力だったが、根拠のない状況でここまでするとはロディマスにも思えなかった。
そして、気付いた。
『黒の英雄』の本は、自分でも読めている辺り、案外どこにでも情報は転がっているのかもしれない。
そう考えて、ロディマスは少しだけ落ち着いた。
しかし事が『黒の英雄』の本、ひいては魔過病の治療のみで済むならまだロディマスが対処できる範疇である。
だが、厄介な事に、実際はこの裏で暗躍した魔族が絡んだ巧妙な魔王復活の儀式だった、と言うのが今世ロディマスの予想である。
未来のロディマスがスポット参戦しかしてなかった為にいまいち詳細が掴めていないが、とにかく色々と阻止しなければならない戦争である上に、魔族が絡む部分までは自分一人ではどうしようもないと、さすがのロディマスも理解していた。
そこで、改めてアグリスを思い出す。
この戦争に最初から参戦して、しかも初っ端から陸戦で戦端を切り開いたのが狂犬アグリスの部隊だった。
しかし軍事国家と呼べるほど強大な帝国と言えども、全面戦争を行なうには圧倒的に兵力が足りなかった。
魔物の攻勢も衰えていない状況で、人同士が争う愚を犯した帝国を、禁断の場所と恐れられた海を渡らせる愚を犯した帝国を、他国はあざ笑った。
しかしアグリスが強すぎた為に初動で帝国は大成功してしまった。
そんな帝国は、そのまま休戦して支配地を広げる程度に野心を抑えていれば目当ての物も手に入り万事解決したものを、調子に乗り戦域を広げてしまった。
そもそも海を渡って侵略行為に及ぶ必要などなかったのである。
そしてその無茶苦茶な戦略の結果、アグリスが所属していない部隊は悉く壊滅し、帝国はものの見事に自滅している。
しかも多くの血が流れた人同士のぶつかり合いのみならず、更には災害とも呼べる悪魔も発生し、当時の世界は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
未来の己は大勢の者達が亡くなるのを見てきたし、そんな未来の己が他人を害すべく直接手を下した事件もあった。
事故に見せかけて殺された者や、悪魔になぶり殺しにされた者達。
その全ての怨嗟の声が聞こえてくるようだと、音声の入っていない忌まわしき未来の記憶を恨んだ。
全てが、ロディマスに「その戦争を食い止めろ」と訴えかけてくるようだったからである。
「どうせなら重要な情報だけ与えておけ。余計な情報が多すぎるぞ、うんこちゃん神が」
帝国に、悪魔に、自分の【魔王の卵】に、増えだした魔過症に、50年ぶりの勇者誕生。
恐らく、その全てが繋がっている。
ロディマスは、そう確信している。
あの無駄とも言える戦争の一連の流れの末に魔王復活があるなら、確かに自分にはその戦争を阻止しない理由はないんだが、と、ロディマスは新たな最優先事項の登場に頭を悩ませる。
しかし直後に解決策が浮かび、ほくそ笑んだ。
「つまり、初動成功の元凶であるアグリス、ヤツの妹で実験しつつ治せばヤツは故郷へと帰って来る。そうなれば戦争回避、もしくは遅延を行なえる。その上で実証済みだと言ってアリシアと接触して病気を治せばいい。それでミーシャの『勇者』化問題も解決だ。可能であれば帝王と接触し治療すれば、戦争を起こすこともない。俺が暗躍すれば丸く収まってハッピーエンドまで一直線か」
ハッピーエンド。
ロディマスにとっては可愛い嫁さんをもらい老衰するまで慎ましく謙虚に、それでいて豊かに暮らすことである。
事はそう簡単に行くとは思えない。
しかし順番がある程度固まれば動きやすいと、今までの暗中模索だった状況を考えればまだ恵まれているなと、ロディマスは新たに沸いて出た問題の数々に対処すべく書庫を立ち去ったのだった。