10
3/18 表現を若干変え、余計な文を一部省き、読みやすく構成し直しました。
ロディマスは書庫へ赴き、新たな魔法書を読むべく気合を入れていた。
その書庫はロディマスの私室よりも広く、館の大部屋二つほどの大きさであった。
本棚が規則正しく並んでおり、壁に張り付いたものから中央に立っているものまで、入り口から見ただけでも千冊以上の本が並んでいるのが見て取れた。
そこはまるで、前世の古本を扱う庶民な店みたいだと、ロディマスは紙の匂いを嗅ぎながら思わず懐かしんだ。
「おい、魔法関連はどこだ?」
「こちらから、こちらまでです」
入ってすぐの所にいた司書に己が望む本の場所を聞き、その場へと向かったロディマスだが、そこでふと気付いた。
「司書が必要な個人の書庫か」
冷静に考えれば、司書なんてものを雇うのはよほどの人物である。
貴族か、あるいは王族か。とにかく金と権力を持つ上層部のごく一部だけの存在だろう。
そのよほどの人物と同じほどの力を持つのが自分の父親だったと改めて知り、父の偉大さを見せつけられた気分となった。
「上等だ」
しかしその程度で気後れするロディマスではなかった。
そのままズカズカと書庫へと入っていき、魔法関連の書物を漁っていく。
幸いにも本棚自体に見出しが貼り付けてあり、背表紙にもタイトルが振ってあった。よって、目当ての本はすぐに見つかった。
それらをいくつか抜き出して、近くにあった脚立に腰掛けて本を読み始めた。
ロディマスは、特に闇魔法の関連の書物を選りすぐって読んでいる。
そして、読み込むうちに挫折しかけた。
相変わらずライルに特訓を施されている為に、側にミーシャがいない。
その為か、ロディマスは10歳なのにまるでオッサンのように頭をボリボリと掻き毟りながら唸っていた。
「うーむ。光が創造と破壊の時点でおかしいと思ったが、闇はどうやら強弱や濃淡を司っているようだな・・・」
普通、光が創造で闇が破壊だろ?と言うロディマスのもっともな疑問を、書物は完全に否定していた。
濃淡を司るなんて『闇』と言う事すらおかしいのではないかと、目を皿のようにしてロディマスは様々な闇関連の本を読み、どの本でも変わらぬ内容に、思わずうな垂れた。
どれもがそうだと言うのなら、それが真実なのだろうと、仕方が無く受け入れた。
そして自分はどうにも英雄と言ったものにはなれないのだなと諦めた。
強弱や濃淡では、どうあっても派手な活躍は無理だと感じたからである。
「しかし、闇と言う属性は、つまるところ現存する何かに対して働きかける効果を持つのか」
落ち込んでいても仕方が無いと、少しだけ前向きに闇属性を検討する事にしたロディマスは、その法則と呼べるかどうかは分からないが、とにかくそのような特性を見つけ出した。
これはとても前向きな話だと、今の特性の発見にロディマスは小さく喜んだ。
しかも、今ロディマスが手に取っている本が正しければ、現存する何かであれば、それは生物か無機物かに寄らないらしい。
そうなれば、つまり、魔法にも作用するのかと考えて資料を探せば、その仮説通りの内容の書物も見つけた。
「これなら案外、俺も活躍できるのではないだろうか」
例えば、睡眠を誘発する魔法はいくつかある。
水魔法の【スリープミスト】は霧の中の対象を眠りに誘う魔法で、悪い視界と適度な温度調整と麻酔効果のある霧により身体が弛緩されていき眠くなる魔法である。
当然興奮した相手には通用しないが、不意打ちでは非常に強力な魔法である。
薄暗い森の中で使えばより効果的で、それゆえにかエルフたちが多用する魔法でもあるようだった。
風魔法の【スリーピングウィンド】は、心地よい風と共に眠りを誘発する匂いを嗅がせる魔法であり、これも効果の程は【スリープミスト】と大差はない。エルフが多用する魔法だと本には書かれていたことで納得した。
どちらも本来は安眠用の魔法であって戦闘用の魔法ではないのだろうが、少数精鋭、あるいは単騎での行動による不意打ちを目指す根暗なロディマスにとっては悪くない魔法ではあった。
「ただし、主戦力足りえるかと問われれば、即座にその選択肢を切って捨てるな。さすがにそれは、魔力の無駄だ」
基本的にごり押しや力押しが出来ないロディマスにとっては、緊急用に使えないのであれば、あってもいい程度の重要度でしかない。
「ゲームの睡眠魔法など、強力無比だったのに、どうしてこうなった・・・。いや、なんだこれは?」
そんな感じで油断しながら本を読んでいたロディマスは、突如登場した水と闇の複合魔法である【スリープクラウド】の魔法と、その説明文に絶句してしまった。
それほどまでに効果が凶悪であったのである。
その【スリープクラウド】は、黒いモヤに包まれたかと思えば、抵抗に失敗すれば意識を失う、と書いてあった。
そこに平静か興奮かと言った相手の精神的な状態は関係が無く、ただ意識を刈り取るもの、らしい。
「なんて魔法だ。いやしかし、これこそ俺が求めていたファンタジーな魔法だ、ん?なんだこれは?」
ただし消費する魔力が尋常ではなく高く、その効果範囲である五人程度を無力化する魔力分で家5軒を軽く吹き飛ばせる、と終わりの方に書いてあり、ロディマスは脱力した。
それならよほどの事情がない限りは、普通に物理的に吹き飛ばしたほうが早い。
魔法のバッドステータス付与は、魔法抵抗と言う生物無機物共に持つ抵抗によって阻まれるから確実性がないのも辛かった。
「使えそうで実に使えんな。一体誰がこんなものを使うのだ」
最初にぬか喜びをしてしまった為か、ロディマスは辛らつにそうぼやいたが、万が一の機会に使う可能性もあるのかもしれないと、ロディマスは心のメモに今の魔法を記載した。
主に逃亡用の魔法に関しては、ロディマスは貪欲なのであった。
そして闇単体の睡眠魔法はないのかと調べたら、闇魔法の【スリープ】があったが、これは別格だった。
注いだ魔力分だけ効果が高くなり、一流の魔法使いともなると一瞬で相手の魔法抵抗など関係なく意識を刈り取る危険極まりない代物であると記載され、使うのに細心の注意を払うよう警告されていた。
それと言うのもその【スリープ】の魔法は、視覚、聴覚、嗅覚などの感覚を一時的に奪い、その上で思考まで奪って眠らせると言う凶悪なものだった。
ただし100%奪うのではなく、50%ほど奪うと言うものなので、一撃で気絶させるには至らないらしい。
「しかし、人間の機能が50%も低下してしまえば、ほとんどの人間は何も出来ないではないか。これは文面以上に恐ろしい魔法だな」
確かに無力化させるという意味では100%も同じであり、著者が念押しして警告するのも当然だとロディマスは素直に思った。
そうやって考えてみれば光属性並みに危ない属性に見えるが、闇属性の単体使用には欠点があまりにも多すぎた。
「まず、有効射程がベテランでも5mと短すぎるな。これでは魔法の意味が無いし、俺が使うと1m程度しか効果が出ない。更には欲しい効果を得る為に注がなければならない魔力の量が二次関数的に上がっていく。そして、光属性の所持者にバッド効果はそもそも効かない。本人が受け入れた場合のみ有効ではあるが、戦闘中にわざわざこんな危険な魔法を受け入れるバカはいまい」
他にもあるが、闇属性の本なのに敢えて書いてある理不尽すぎる光属性の強さを語った注釈が酷すぎて、ロディマスはそれ以上考えるのをやめた。
そして、ここまで来ればイヤがおうにも認めざるを得なかった。
どうにも光と闇は対となる属性ではなく、光一強に他の主4属性と闇や氷などの上位属性が存在しているのが、属性同士の相関関係であるようだった。
そんなあまりに絶望的な情報に、よくこれで光属性オンリーの『勇者』パーティと対峙する気になったなと、未来の自分を褒めたくなった。
しかし闇属性については、何も悪い情報ばかりではなかった。
「【マジックブースト】か。これは例のハイパーブースターの下位互換だな。こちらは魔力を消費するだけで特にデメリットはないのか」
【魔王の卵】の加護で得たハイパーブースターを引き合いに出して安心したが、同時に例の【魔王の卵】が闇属性関連であることが確定した。
それに少しばかり落ち込みつつも、ロディマスは他の魔法も見た。
その先に希望があると信じるように、食い入るように見た。
「これは、【ウィークネスクラウド】?水風闇の3種複合魔法か。これも使えそうだ。記憶の中の情報だけでは、どれがどの魔法なのかいまいちよく分からなかったからな」
未来の記憶の中で、己が行使していた魔法の数々を思い出す。
相手が昏睡したかと思い、睡眠の魔法とアタリをつけてみた。
だが、よく見れば辺りに小さな火花が散っていた。
つまりそれは上位である雷属性の【スタン】だった。
ならば己が使う無力化させた魔法の属性が雷属性なのかと言えば、次の場面では水を使っていた。
他にも様々な属性を使いこなす己に、正直うんざりしていた。
そしてその労苦に見合わぬ微妙な魔法しか使えない己に、ため息を吐いた。
似たような効果を表す魔法が多岐に渡る上にロディマスは多くの属性を扱えるので、記憶の中の魔法の絞り込みは困難を極めたのである。
強弱や濃淡を司るだけあり、闇属性は他の属性との親和性がとても高かった。よって、複合魔法などの高難度魔法も容易く習得できるようだが、それが思わぬ弊害となった形である。
しかし、そんな絶望の淵にいたロディマスにとって望む書物ばかりが、書庫には並んでいた。
この書庫にある本は父であるバッカスが集めたものであり、それが三流品などあろうはずがなく、ロディマスの探し求めていた物が数多く並んでいる。
それがまだ救いであったと、未来の自分が利用していなかった書庫の存在に気付けた今世の自分を心の中で褒め称え、思わず握りこぶしを作って喜んだ。
そんな中でも更に驚きなのは、禁書指定されている本まで揃えられているのである。
闇属性の本などその最たるもので、ヘタをすれば王家の禁書庫でも見られないような際どすぎる本、魔族が扱っていたとされる複合魔法の本まであった。
そんな宝物を発見した己の喜びようは誰にも否定できないだろうと、ロディマスは心の中で勝ち誇った。
ロディマスが心の中だけに留められず、思わず立ち上がって腕を掲げ上げた。
それほどの喜びではあったが、手元の本をさらに読み進める内に、前世ではある意味で見慣れた有名なワードが飛び込んできて、ロディマスは驚きすぎてかえって冷静になった。
剣と魔法の世界であれば、必ずと言ってもいいほど常に存在する、あの魔法である。
その魔法は、主4属性にもなく、光属性にもないのでこの世界にはないものだとロディマスが考えていたものであった。
「【ヒール】。こんな所にあったのか。よもや魔族が使っていた闇魔法とはな」
癒しの魔法【ヒール】が何故か闇魔法に分類され、なおかつ魔族が用いていた事に驚きつつ、そして読むうちに納得した。
そもそも、今手に取った本に書かれている複合魔法が、全て治癒関連の魔法だったのだ。
まさかそんな本があるとは知らなかったのである。
あのライルでさえ、治癒の専門書はないと言っていたほどである。
ロディマスは驚きすぎて、何が何だか分からなくなっていた。
だが、本を読むうちにさすがのロディマスも冷静になってきた。
魔族も仲間を癒すと言う概念がある。
そんな新発見をした気分となり、急いでメモを取った。
次いでロディマスは、【ヒール】の詳細を見た。
「傷を消毒し綺麗にして、それから自然治癒力を高める魔法か」
消毒も、傷を綺麗にするのも、闇属性の濃淡によるフィルター効果と吸い出し効果によるものだった。
そして自然治癒力を高めるのは、やはり強弱を起源とする闇属性の特性によるものだった。
それらをあわせた【ヒール】は、なるほど確かにこれは闇属性の領分だったと、ロディマスは感心した。
なお、一つの魔法に付き効果は一つ。これが魔法の大まかな原則である。
そして、複数の効果を一つの魔法で出す為に開発されたのが、複合魔法である。
今回の【ヒール】の効果で言えば、傷を消毒して綺麗にするのが【ドレイン】の応用で浄化を司るらしい【ピュリフィケイション】が一つ。
そして自然治癒力を高める【リジェネレイト】で一つと、それぞれ別個に使うものである。
それを一つにまとめてあるのが、【ヒール】だった。
つまりこの【ヒール】は、闇と闇、同一属性による複合魔法と言える。よって、若干消費量が多い難点もある上に、失った部位を生やすほどの作用はないようだった。
他の癒しの魔法と比べても魔力対効果は低く、利点はほぼ唯一、同一属性の複合魔法ゆえか魔力を溜める時間が一瞬だと言う所だけである。
火の回復魔法は傷を治す上に、一時的に身体能力が上昇。
水の回復魔法は傷を治す上に、疲れも癒す。
風の回復魔法は傷を治す上に、一時的に保護膜の役割も果たす。
土の回復魔法は傷を治す上に、上三つの魔法では治せない骨折や爪、歯なども治せてしまう。
こうやって並べて考えれば、闇の回復魔法の効果は数段劣ると思われた。
しかし、闇魔法の【ヒール】はすぐに傷口を消毒できて、綺麗にも出来るのである。
他はまず水で傷口を洗わなければならないので、お手軽さと患者に対する負担の度合いでは段違いに闇魔法の方が優秀である。
そしてなおかつ即座に出血を抑えられるのであれば、応急手当用の魔法としては非常に優秀だと言えた。
それにロディマスは、救急時の初期対応の効果の高さは、前世でイヤと言うほど教え込まれてきたのである。
「そんな【ヒール】の価値を見誤る事などあり得ないな。緊急時ほど、即座に血を止めるだけで助かる命もある。この場合、助かるのは俺の命だがな」
そして、継戦能力を考えれば他の属性と比べてもずば抜けている。他の回復魔法は、【ヒール】の効能の欄にあるように、数秒で薄皮が形成されるなどと言った劇的な変化はないからである。
そんな奥深い【ヒール】の力に、魔族の強さの一端をロディマスは垣間見た気がした。
一方、光魔法の回復魔法はと言えば、【リバイブ】や【リザレクション】、【アガートラム】のような部位欠損を治すほどの強力すぎる魔法がある。
ただし溜めが長すぎて戦闘中ではまず使えない。
酷いものでは丸一日かかるものもあるそうで、その間術者は身動き取れないと言うのだから、結構過酷な属性なのだとロディマスは呆れた。
そして、それらと比べれば、闇属性も使いやすくはあるだろうと、ロディマスは納得した。
「使い方さえ間違えなければ、非常に頼もしい属性ではあるのだな」
ただし、その闇属性を会得する条件が魔系の加護を所持する事なのがまた頭の痛いところだと、ロディマスは右手で頭を抱える。
歴史上、闇属性を持つ者は大半が魔族だと言われているが、その理由が恐らくこの条件故なのだろう。
そう考えた上で、人前では無闇に闇属性の事は言わないでおこうとロディマスは肝に銘じた。
◇□◇
王家やそれに連なる人間には、ある知識があった。
それは、勇者と同じように強大な力と使命を持つ、勇者とは異なる存在が、時折、闇属性をまとう事を。
そしてアリシア=フォン=ベルナントもまた、王家に連なる公爵家の一人としてその知識はあった。
だが、所詮は御伽噺の世界の話だとアリシアも考えていたし、王家にしても大半の者がそう思い軽視していた知識でもある。
よって未来のロディマスはその事を知らず、またアリシアとも戦闘以外での接点もなかったが故に、その王家の秘密とも言える情報を得る事は無かった。
光と闇、あるいは光が一方的に闇を嫌う。
それは世界の摂理であった。
しかし、今世はその摂理が覆される場面が多くある。
既にロディマスが得た未来の記憶を頼りに、破滅の結末から外れた道を歩んでいる。
そもそもロディマスが死んだ事も、生き返った事も、その全てがイレギュラー続きであった。
詰まるところ、今世では、何が起こるか分からない。
そしてその先は神が望んだ、神でさえ見通せない未来であった。
そう、まさか光の申し子たるアリシアが、闇の申し子たるロディマスの婚約者となる未来など、誰もが予想だにしなかった未来が訪れようとしていた。
-ロディマスは称号【運命を変えそうな者】を得ました-