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「気まぐれ、気まぐれだと!?人を助けるのが、気まぐれ!?」
「そう言う者もいるでしょう。今代の勇者など、まさにソレです」
「そうか・・・」
期待していた回答ではなかったのだろう。公爵が顔をゆがめて苦悶の表情を取っていた。
公爵としては値段の付かない借りなど作りたくなかったのだろうが、ロディマスとしてはそうはいかなかった。だから敢えて「気まぐれ」だと言い張って、手紙の件をうやむやにしたのである。
その理由は、今後己に襲い掛かってくるであろう【魔王の卵】への対策の為である。
対策が成功しても失敗しても、ロディマスの元にいる面々には多かれ少なかれ災いが降り注ぐ。その際に屋根となって皆を守って欲しい。ロディマスはそう考え、幾度となくこの公爵に借りを作っていた。
手紙もその中の一つである。
それなのにこんな何でもない平時で借りを返されては、ロディマスとしてはたまらないのである。
「そう言う稀有な者もいるのです。心配であればこちらから調べを入れさせますが?」
「い、いや、結構だ。だが、そうか・・・」
悩む公爵には悪いが、俺の目的の為に利用されて欲しい。
ロディマスは心の中で謝罪しつつも、そんな尊大な事を考えていた。
「それで、公爵様。この後はいかがなされますか?アーカイン男爵を呼びますか?」
「ああ、いや。結構。すでに話は通っているのでな」
「そうですか。それでしたらアリシア嬢をお呼びしますか?」
実の娘であるアリシアと引き合わせるのは当然かと、ロディマスは公爵にそう進言するが、途端に挙動不審となった公爵が断りを入れた。
「い、いや、結構!実に、結構だ!」
「はぁ、まぁ、そう遠慮なさらずに」
そう言うやロディマスが二度手を叩けば、即座にライルが現れた。
そのライルにアリシアへと連絡を入れるように伝えると、何故か公爵は顔を真っ青にさせていた。
両手を口元に当てて、まずい、まずいぞ・・・と呟いている。明らかに、おかしい。
「どうかしたのか?」
あまりの不審者っぷりにさすがのロディマスも敬意を払うのを忘れ、素で聞き返していた。しかしそんな無礼な態度にも気付かずに、公爵は震えるばかり。その明らかに異質な様子に、ロディマスはある一つの予想が浮かび、まさかと思った。
「おい、もしかして貴様、アリシアと親子ゲンカでもしてるのか?」
そう尋ねれば、図星だったのだろう。
ビクン、と身体を揺らした公爵は、油の切れたロボのようなぎこちない動作で、ロディマスの方を向いた。
「ま、まさか・・・ははは。いや、私は急用を思い出したのでこれにて失礼するよ!」
そう言って立ち上がったあからさまな公爵に呆れたロディマスが、それでも仕方がないと見送りの為に立ち上がった所、部屋のドアがバーンと開いた。
そこにいたのは、ラフィエラだった。
「む、ラフィエラか」
ロディマスがそう言うと、腰を抜かしたのか、ヘナヘナと崩れ落ちる公爵。
「貴様の父君がご乱心だ。どういう事だ?」
「いや、扉を開けたら父上がへたり込んでいるのに理由を聞かれても・・・」
「そうか。まぁとにかく貴様の父君は急用だそうだ。見送りをしようと思ったのだが、担いでいくか?」
「そうですね。屋敷の外にでも放り出しておきましょうか」
「辛らつだな!?」
この出来る男の様な公爵と、その子供たちの間に何があったのか。
ロディマスが首をかしげていると、窓ガラスが割れる音が響いた。
「はぁ!?」
「パパァァァァァァ!!どりゃぁ!!」
「ヘブゥ!?」
「はぁぁぁぁぁああああ!?」
パリーンと言う音と共に乱入して来た金髪の悪魔ことアリシアが、実の父である公爵にドロップキックをぶちかましていた。へたり込み、床に座っていた公爵はその蹴りを顔面で受けてしまい、吹き飛んでいった。
「これが本場の公爵と公爵令嬢のやり取りなのか!?」
「いや、違いますから!」
思わずおかしなことを口走ったロディマスに冷静な突っ込みを入れるラフィエラは、絶対に苦労人である。
「パパ!今頃何しに来たのよ!!」
「アガガガガガ」
壁に激突した公爵を、めり込んだ壁から引き剥がして体を揺さぶり始めたアリシアを見て、ロディマスはそれを止めるために近寄った。しかしパワフルすぎるその親子ゲンカを止められず、右往左往するハメとなった。
「お、おい、よせ。公爵を殺すならよそでやれ。ここでヤったらモンタナに迷惑が!」
「ロディマス様!止めるならちゃんと止めて下さいよ!?」
「パパ!早く白状しなさい!!」
「ボボボボボボ」
カオスな現場はこの後、モンタナが帰ってくる深夜まで続いたと言う。
〇〇〇
「娘が世話になっている・・・」
「そうか・・・」
ボコボコにされた公爵がロディマスにそう言って頭を下げれば、ロディマスは顔を引きつらせながらもそれに答えた。
あまりに白々しいお互いにやり取りに、思わず目を合わせてから二人は薄く笑った。
娘がすまん、いやこちらこそ何かすまん、と言う男同士のやり取りである。
「二人して何を目で会話してるのよ!!」
「ぬお!?叫ぶな!恐ろしいヤツめ」
「恐ろしくなんてないでしょ!あなたの可愛い婚約者じゃない!」
実の父の顔面を腫れあがり原形を留めなくなるほどぶっ叩いておいて恐ろしくないと主張するアリシアに、どの口がと言いかけて、やめた。
アリシアが怖いからである。
するとそれを見かねたのか、ラフィエラがアリシアに話を振った。
「と、所でアリシアはどうしてここに?」
「え?」
「ほら、祭りの最中は他の場所で寝泊まりするって言っていたじゃないか」
ラフィエラの何気ないそんな言葉に、それ初耳なんだが?、とロディマスがアリシアを見れば、アリシアはそっぽを向いていた。
「だって、ロディマスが呼んでいたって聞いたんだもの。駆け付けるに決まってるじゃない」
そう言ってモジモジをし始めるアリシアを見て、ロディマスは頭を抱えた。
確かに見た目は可愛らしく、今の仕草も可愛らしい。
しかしそれを実の父親の前でするのかと、ロディマスは戦慄した。
「空気読め」
「なんでよ!?」
ポロリと出てしまったロディマスの本音に食って掛かるアリシアを見て、ラフィエラが吹き出していた。
「ブフッ!?ほ、本当にロディマス様は面白い方ですね」
「ね?面白い顔してるでしょ?」
「そう言う意味じゃないよ!?」
アリシアの恐れを知らないボケに、さすがにラフィエラが突っ込みを入れた。
「貴様も苦労していたのだな・・・」
「分かってくれるか、婿殿・・・」
そんなアリシアの暴走を見て、何故かシンパシーを感じている義父(予定)と義息子(予定)。
そして、ふとロディマスは思った。
もしかすると今の主役は、アリシアなのかもしれない、と。
神々がどのようなシナリオを描いて、ロディマスに何をさせたいのかは不明だが、そこにアリシアが明確に関わっている。そんな悪い予感が脳裏をよぎったのである。そうでなければ未来の記憶にないラフィエラ、ベルナント公爵との邂逅はあり得ない。しかもこのタイミングである。
ロディマスは、何か、歴史の節目的なものを感じた。
「どうにかせねばなるまい」
ロディマスとしては主役をレイモンドに押し付け、自分たちは片田舎でせっせと商売したい所だったが、神々がロディマスにとって都合よく動いてくれるわけがない。そう考え、折角の機会だからとここで一手打つことにした。
「ベルナント公爵に願いがある」
「お、おう。何かな?」
「我がレバノン商会だが、会頭の座をミーシャに、副会頭をアリシアへと変更したい。その承認をしろ」
「何!?」
「え?ちょっとロディマス?あなた何を言い出すのよ!」
あまりにも唐突で何の脈絡もないロディマスの申し出に、ライルを除いたその場の一同は驚愕した。
しかしそんな一同を無視してロディマスは公爵に確認を取る。
「商会頭の変更は、公爵、伯爵または王家の承認が必須だったよな?」
ロディマスが公爵にそう尋ねれば、険しい顔をしたベルナント公爵は、静かに頷いた。
「その通りだ。だが、突然どうしたと言うのだ?」
ロディマスの、自分の商会を手放すかのような発言を受けて公爵は当然疑問を持ったようだった。しかしロディマスは平然とその疑問に答えた。まるで、それが既定路線であったかのように。
「どうしたも何も、俺はしばらく忙しいのでな。今のうちに自由が利くようにしておくだけだ」
「しかし、未婚の身で商会を譲るなど・・・」
その最もな公爵の指摘に、しかしロディマスは肩を竦めて小バカにした様子で返した。
「何を言い出すのかと思えば、下らん。レバノン商会は元々ミーシャの為に作った商会だ。いや、レバノン商会そのものがあいつのものだ。あいつの身分が確かなものとなった今、そうだな、これは元に戻すと言う方が正しいだろう」
「・・・、どういう事だね?」
訝しげな公爵に、レバノン商会の成り立ち、つまりミーシャの亡くなった両親についてロディマスは説明を行なった。
「なるほど、レバノン商会。聞いたことがあると思ったが、そういう事か」
「いちいち庶民の立ち上げた小さな商会の詳細など覚えていないのも無理はなかろう。それに我が父バッカスが手を回して潰させた商会でもあるのでな」
「なんだと!?」
不穏な話に突入した事に公爵は驚きの声を上げたが、ロディマスは何食わぬ顔でしれっと答える。
「驚くようなことではあるまい。当時のレバノン商会はアボート商会と真っ向から戦い、敗れたのだからな。父上も暇ではないのだ。必要もないのに潰しなどせん。その事に後ろ暗い事などないぞ」
「そうか・・・。だが、今までの話からすると、その以前のレバノン商会と今のレバノン商会は別物だろう?それを何故ミーシャ殿に返すと言う話になるのだ?」
当然の質問に、ロディマスは一度腕を組んで目を瞑った。
それから息を深く吸い、大きく吐いてからまた吸って、公爵を見据えながら答えた。
「簡単だ。現在のレバノン商会にいる連中は、その名を聞いて集まった元レバノン商会の者たちばかりだからだ」
「なんと!?」
「だから座りがいいように、ミーシャに返す。・・・まぁ、ミーシャが俺を裏切る事など絶対にないのでな。実質的には俺の物に変わりはない。名目上、と言うだけだ」
途中で照れて頬を掻きながらそう言ったロディマスを見て、公爵は笑った。
「ふ、ふははははははは!!そうか、そうか!惚れた女が裏切らぬと信じてか!ふはははは!!まことに噂話など何一つアテにはならんのだな!!」
話を聞いた公爵は、まるで悪の組織の統領を思わせるかのような不敵すぎる大笑いをした。
その笑い方にロディマスはドン引きした。
アリシアは、頭を抱えていた。
ラフィエラは拳を振りかぶっていた。
「父上、少々お黙り下さい!」
「ヘブゥッ!?」
ラフィエラの拳が公爵の脳天を捉えた。公爵は頭を殴られた頭を押さえながら、涙目であった。
そしてロディマスは、こいつら暴力的すぎない?と思いながらも止めに入った。
「おい、まだ承認をもらっていないのだ!ヤるのは後にしろ!」
「そうですね。失礼しました」
「スゥー・・・スゥー・・・」
「アリシアもアリシアで、どうしてこの状況で寝れるのだ?」
頭を抱えていたと思ったら、実は寝ていたアリシアに呆れつつ、ロディマスは時計を確認した。
時間はもう深夜の一時すぎ。確かに深夜のハイテンションになるのも、寝落ちしてしまうのも無理はないと考えたロディマスは、商会の手続きは朝に行なうと告げてその場は解散させる事にした。
ロディマスはアリシアを抱きかかえながらつぶやく。
「今日の所はここまでだな・・・。しかし、どうしてベルナント公爵はここまで自らの子供たちに毛嫌いされているのだ?」
ロディマスのそんな疑問に答えられる者は、いなかった。
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