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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第三章 騎士編
128/130

125_祭りの名前と公爵


「坊ちゃん、いえ、ロディマス様。この度は、男爵位を拝命なされ、これで永続貴族の仲間入りを果たしたと聞き、ようやく坊ちゃんのすごさを国が分かったようで、俺、もう嬉しくて嬉しくて!本当に、本当におめでとうございます!今日のお祭りも、坊ちゃんのご威光を民に知らしめるに相応しい物です!さすがです!坊ちゃんは絶対に大きなことを成し遂げる人だと思っていましたよ!!本当にすごいです!!」


 祭り初日の夜、ロディマスはアンダーソンとバイバラをモンタナ男爵の屋敷へと招き入れ、簡単に祝辞を述べようとした所、興奮したアンダーソンから一気にまくし立てられ、言いたいことを言えず苦い顔で応対した。


「アンパンマンか・・・。ひとまず、ありがとう。だが、そもそもこの祭りは貴様らを祝う為に催した企画なのだがな。どこぞの女狐めが情報操作を行なったらしい」


「そうなんすか?知らなかったっすねー。情報操作とは穏やかじゃないっすね、コワイっすねー」


「こ、こいつは抜け抜けと・・・!」


 仕方がなくイヤミをエルフ姿のバイバラにぶつけてみたが、このように素知らぬ顔でとぼけている。バイバラは伊達に何年も変身魔法で姿を変えて人里で暮らしてはいない。純朴な者が多いエルフの中では明らかに異様なほど狡猾だった。ロディマスはその事に感心半分、呆れ半分でため息を吐いた。


「はぁー。貴様はもう少しその才を上手く生かせばいいのにな・・・」


「何の話ですか?」


 一方、話の全容が見えていないアンダーソンは首をかしげていた。

 そんなアンダーソンに、なんでもないと答え、ロディマスは改めて仕切り直すことにした。


「何はともあれ、アンダー・・・・・・・ソン、バイバラ、結婚おめでとう」


「は、はい」


「いや、なんでそんな間がすっごく長いんすか。うちのダンナはアンダーソンっすよ!?」


「は、ははは。そう言うの懐かしいですね。俺は前と違って間違われなかっただけでも嬉しいですよ!」


「フン」


 別にロディマスも嫌がらせをしたいが為にそう言った訳ではない。単に五文字以上の名前を覚えられないので、アンダーとソンに分けて覚えようとしただけなのである。


「恐らく神に前世の名前を消された時の後遺症だろうな」


「何かいいました?」


「なんでもない」


 人の名前に関して、ロディマスには五文字以上の名前を覚えようと思っても中々覚えられないと言う問題を抱えていた。それも最初はロディマス本人が意識出来ていなかったので改善自体が出来なかった。しかしアリシアに何度も指摘され、ようやく気付いたものの手立てがなかった。そこで様々に調べ、神聖国でも資料を読み漁り、神々と交信したとされる者の貴重な手記を見つけ出した事で最近になってその理由が見えてきたのである。


 神々からの干渉には、副作用が発生する。特に記憶関連に重度の障害が残ることがある。


 ロディマスはその手記を残した者の苦悩を思い出す。

 その男は、神々との邂逅の末に二文字以内の人名を覚えることが出来なくなった。紙に書くことは出来るが、口に出す事が出来ない。しようとすると、別の単語になると言うものだった。「サラ」と口走ろうとすれば「ゴリ」となり、その所為で妻に逃げられたとその手記では語られていた。


 ニックネームなども当然該当し、その為に生涯人をフルネームで呼ばざるをえなくなったと嘆きが記されていた。


「まぁ、どうでいいが」


 ともかく、これと似た理由でロディマスには五文字以上の名前を口に出す事が出来ないのだと判明した。そしてそれを回避する為に、今回のように名前の間を長くして、アンダーとソンと言う形で呼んだのである。


「ところで、俺たちの為と言うのは何ですか?」


「は?いや、だから本当はこの祭りは、貴様らの結婚を祝う為の祭りだ。俺がその為に企画したのだ」


「このロディマス祭りを、ですか?」

 

 ・・・。

 ロディマスの思考はフリーズした。



「・・・、なんて?」


「ロディマス様?」


「・・・、なんて?」


 ロディマスが思わず同じ調子で二度尋ね、アンダーソンはその普段は絶対に見ないであろうロディマスの気の抜けた顔に驚きつつも再びその祭りの名前を告げた。


「ロディマス祭り、ですか?」


 アンダーソンの回答に、思わず四つん這いとなったロディマスが、がっくりと肩を落とす。


「聞き間違いじゃなかったのか・・・」


 その姿を見て狼狽えるアンダーソンと、意地悪そうな顔を浮かべているバイバラ。今現在の関係が良く分かる構図であった。


 一通り落ち込み切った後、ロディマスは立ち上がり薄く笑いながら、それでも彼らの幸せを願い、口にした。


「異種族婚は苦難の多い道だが、よくぞ決意した。勇敢な貴様らを、俺は称賛しよう。出来るなら、相談して欲しかったものだがな」


「坊ちゃん・・・」


「もう坊ちゃんと言う歳でもないのだがな。しょうのないヤツめ、許す。好きに呼べ」


「へへっ、ありがとうございます坊ちゃん!やっぱり俺にとっては坊ちゃんは、坊ちゃんですよ!」


 腕を組みいつものように大仰に許しを出したロディマスに、照れたように鼻を掻いた後でこれも大げさにお辞儀をするアンダーソン。元傭兵と商会の御曹司の友情溢れる一幕を嬉しそうな顔で眺めたバイバラもロディマスに礼を述べ、ついでに注文も出した。


「坊ちゃん、本当にありがとうっす。でも、お祝いならもう少し大人しいのが良かったっす」


「・・・、俺もここまでする気はなかったのだ」


「ぷっ。なんすか、それ」


 ロディマスの困った様子に思わず吹き出したバイバラと、それに釣られてアンダーソンも笑った。ロディマスは困ったような、それでいて少し嬉しいような顔で笑い合う二人を見守った。



 しかし次に乱入した人物により、場は一気に転換する事となる。


「ほう、噂ではロクでもない男で奇抜さが目立つ者だと聞いていたが、貴殿はそのような男であったか」


 空気が凍り付く、と言うのはこういうものかとロディマスは敏感に男の纏う厳しさを感じとり、居住まいを正した。

 そしてその感覚はバイバラやアンダーソンも同じだったようで、二人は笑いを引っ込めて口を閉ざし、起立してその男を迎え入れた。



〇〇〇



 ロディマスとバイバラたちが談笑するその部屋にノックもせずに入ってきたのは、金と見まごうほどの見事なツヤのある茶色の髪をオールバックにまとめた四十過ぎの男。

 簡素な紺のジャケットにスラックスと言う当たり前の服装ながら、仕立てがいいのかその男の持つ高貴な魅力を引き立てていた。

 さりげなくも見る者が見れば一目でわかるような服を纏い、上流階級だと全身で自己主張するその男の鋭い眼光は、ロディマスを射貫き、全てを見通そうとするかのように細かくロディマスを観察するように動いていた。


 その様子を見てロディマスは片膝をついて拝礼の態度を取った。


 ロディマスは己の直感に従いそう動いたが、同時に動揺もしていた。

 何故そうしたのか、理由が分からなかったからである。


 本能的に己よりも格上に対してへりくだる性質を持つロディマスだが、目の前の人物が誰か分からなかった。己の父、国王陛下、宰相などの国の重鎮に対して行なうこの態度を、どうして己は自然と取っていたのか。


 改めて、少しだけ顔を上げてその乱入して来た男の顔を見た。格上の顔を直視するのは無礼に当たるので、ロディマスは相手の顔をよく見ていなかったのである。

 そしてチラリと見てみれば、その顔には特徴的な形のヒゲが生えていた。

 前世的にはカイゼルヒゲと呼ばれる形のそのヒゲは、ある領主特有のヒゲの形でもあった。


「ベルナント公爵様、どうしてこちらに?」


 やっとの思いでロディマスは、その闖入者の名前を口にした。



「ひとまず私も落ち着きたい。貴殿らもかけたまえ」


「いえ、私にお話があるのでしたら、彼らは退出させます」


「そうか?彼らは貴殿の客なのだろう?」


「すでに我が意は伝えております故、これ以上は私事に当たりますのでお気遣いは無用です。貴様ら、そう言う訳だ。行け」


 ロディマスがバイバラとアンダーソンにそう告げれば、空気を読んだ二人は最初にベルナント公爵に礼をしてから、次にロディマスに礼をして、それから部屋を立ち去った。格上から礼をするのは当然であり、ロディマスを慕う彼らも今のロディマスの態度から、相手がかなりの大物だと察しての行動であった。元騎士で元傭兵のアンダーソンと、世渡り上手なバイバラのそんな最適な行動に、ロディマスは少しだけほっとした。


 話が尻切れになったものの言いたいことは言えたので、ロディマスは彼らとの件はこれで良しとすることにした。いつも思い通りにいかないので、これでも十分及第点だと判断したのである。



 バイバラとアンダーソンが退出したのを目で見送ってから、目の前にいる人物に目を移した。顔は正面を捉えつつも視線は鼻の下に置く。そのままゆったりと相手の顔全体を見るようにして視線を合わせず、睨まない。

 そうして最新の注意を払って相手の顔を正面から見てみれば、相手はまるでタカのような相貌の男であった。ベルナント公爵様と呼んだ事に対して否定をしなかった所を見るに、間違いではなかっただろうが疑問は尽きないとロディマスは内心で頭を抱えた。

 優雅に椅子に座る姿は公爵様と呼んで差し支えなく、肩や腕の力を抜いて柔らかな雰囲気を醸し出している。しかしその鋭い眼差しは、その男が只ならぬことを如実に表していた。


 ロディマスは、初めて見る義父になる予定のその公爵を見て、思った。


 ロディマスの中の勝手なイメージでは、ベルナント公爵は愚物である。王国中央では政敵に敗れ領地へと舞い戻り、領地経営が上手くいかず身を破綻させて、最後にはアリシアを不幸にさせた人物。

 まかり間違ってもこの男のような、デキる貴族ではなかったはずである。

 

 だが、そんな己の思い込みはすぐに彼方へと捨て去った。目の前にある事実を受け入れ、頭をフル回転させる。

 前情報も何もない段階で迂闊な事は言えないものの、かと言ってこのまま順調に事が進めば義理の父となる男相手にだんまりを決め込む訳にはいかず、ロディマスは何を話すか考えた。

 そして無難に、差しさわりのない話をする事にした。


 腰かけていたソファーから立ち上がり、礼をしてから自己紹介を始める。



「初めまして。私は」


「よい、分かっておる。それよりも、本題に入ろう。座り給え」


「は、はぁ」


 まさかこのデキる公爵のような人物が己の自己紹介を遮り、しかも自分の自己紹介すらせずに初対面のロディマスに話をし始めるとは全くの予想外で、ロディマスは目を白黒させていた。


「よいか?今より二2年前、我が元にある一通の手紙が届いた。その内容は、暗殺を示唆する内容だった」


「はい」


 良く分からないものの、相槌を適当に打とうと考えたロディマスに、心当たりのある話題が公爵より振られた。

 何故心当たりがあるかと言えば、未来を知るロディマスが当時それを予期して公爵に注意喚起の手紙を送ったからである。当然代筆させてあるし、ライル関連のアサシンギルド経由なので足が着くことはない。そう言う手紙のはずだった。しかし公爵はロディマスを真正面から見つめ、その手紙の主がロディマスであると確信しているかのように話し始めた。


「その手紙には、これから暗殺が起こる可能性が書かれていた。まずは妻カリンへの毒殺。次に我が息子たちの危機、そして私への暗殺に、我が娘への襲撃」


「そうなのですか。その時期はいつ頃と書かれていたのでしょうか?その手紙が虚言であろうとも、必要であれば対策を取らねばなりません。公爵様とご家族が狙われてるのであれば、こちらで対処させましょう」


 書いた本人であるのでそんなものは分かっているが、敢えて知らぬ振りをして公爵に尋ねてみた。すると公爵は一瞬だけ目を瞑り、それから鼻から息を吐いてロディマスに答えた。


「ふー、そうだな。今の話は既に終わった話だ。よって、貴殿の手を煩わせる事はない」


「左様でございますか。しかし油断は禁物でございます。もしよろしければこちらで裏の者を回して犯人を特定させますが?」


「ふー」


 またも鼻息。それも今度はかなり大きいものである。まるで何かを堪えるようなその公爵の姿に、ロディマスの心は激しく動揺した。

 そして公爵の言葉は、ロディマスをさらに追いつめていく。


「そうか。だが、不思議な事に犯人は既に捕まっているし、裏にいたゲシュタス子爵もバーロック男爵もすでに陛下直属の騎士団に身柄を拘束されている。処罰は、爵位返上並びに領地没収だそうだ。斬首ではないが、近年まれにみる重い刑だ」


「そうなのですか。我が国も中々にやりますね」


「それは、ふー、不敬と言うものだ」


「失礼いたしました」


 教科書通りの回答をするのが気に食わないのかと、ロディマスが少し捻った答えを返せば、動揺することなく公爵はロディマスを窘めた。

 そしてこの態度を見て、ロディマスは確信した。


 俺が裏で手を回したことが、ばれてる。


 内心でダラダラと冷や汗をかきながら、ロディマスは公爵の言葉の続きを待った。


「手紙を送った主の真意は分からん。もし、私に連なる者ならばどうして匿名などと言う手段に出たのか。そして、どうして陰ながら私のみならず、妻や息子たちを守ったのか」


「・・・、娘さんは?」


 ここに来て敢えてアリシアを省いた理由が、明らかにお前が手を回したんだからアリシアを守るのは当然だったんだろ?と言外に言われたようで、ロディマスも思わず反論してみた。

 しかしそんなものは公爵には通用しなかった。


「アレは大丈夫だ。元々強い娘で病も完治した。それに、今はとても頼もしい味方がいるのでな」


 そう言って一瞬だけロディマスへの眼光を弱めた公爵だが、次にはロディマスに挑みかからんばかりの形相で問いかけてきた。


「貴殿に尋ねたい。いや、想像で構わん。手紙を送った主は、一体何を考えてここまでの事をした?いや、違うな。この手紙の主は、何を欲したと思う?」


 もうここまで来たらはっきりと「お前がやったんだろ!だから吐け!」と聞かれた方がましだったと思いながら、ロディマスは公爵の言葉を考えるフリをして顎に手を当てた。

 即答出来る程度の話であったが、敢えて小難しく迂遠になるように話すにはどうしたらいいか考えた。遠回しに話すのが貴族だからと言い訳しつつ、ネコを被ることにしたのである。


「そうですね。あまりに情報が少ないのでお答えしづらいのですが、予想は三つ」


「ほう、三つもあるのか。それは何だ?」


「一つは、昔の借りを返したかった」


 ロディマスがそう告げれば、公爵は腕を組んで考え始めた。こういう態度を取ると言う事は、少なくとも彼にはあの手紙を出すに値するだけの貸しを誰かに作っていたと推測できる。

 考えている時間から、それほど多くはないのだろう。すぐさまロディマスに視線を戻して続きを促していた。それに従い、ロディマスは二つ目の意見を述べる。


「二つ目は、借りを作りたかった」


「なるほど」


 命の借りなど高いものだ。義理堅い性格だと評判のベルナント公爵に借りを作るのは悪くない選択肢である。しかも手紙が送られた当時は、すでにロディマスが領地改革に動き始めた頃である。あの頃のロディマスを正当に評価できた人物ならば、いずれアンチベルナント派から鞍替えする際の借りとして情報の横流しをしていてもおかしくはない。しかもベルナント公爵の息子連中は、未だに独身なのである。上手くいけば自分の娘が次期公爵夫人ともなれば、その程度はするかもしれない。


 しかし、である。


「そこまでの腹芸がこなせる貴族が、果たしてそんな事をするのかは疑問です」


 ペントラルの男爵連中もそうだが、基本的にこの国の貴族は腹芸が苦手である。脳筋気質からか、相手の悪口を言うのも真っ向勝負を仕出かす事が多い。そして頭がちゃんと回る貴族は主人を見る目も確かなので、こういう手に出るとは思えなかったのである。

 この事はベルナント公爵も考えていたようで、ロディマスのその言葉に即座に賛同した。


「そうだな、その通りだ」


 そして同時に、最後の三つ目は何だと公爵が目で訴えかけてきている。それを受けて頬を引きつらせながらも、ロディマスは最後の三つ目の予想を、あるいは本命を告げた。


「気まぐれ、かもしれません」


「・・・はぁ!?」


 ロディマスの投げやりなその意見に、今まで険しい顔をしていた公爵の顔がゆがみ、肩がずり落ちた。



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