123_ロディマスに襲来されたドミンゴ工房
キースやヴァネッサ、その他ロディマスは関係者との話を終えた翌日、ロディマスはドミンゴに会いに、ペントラルにある彼の工房へとラフィエラと共に来ていた。
「ドミンゴはいるか」
相変わらずその場に入って直後にあいさつもなく相手を呼び出す無礼なロディマスに、近くにいた若い作業員が振り向いた。
ロディマスが考案したツナギを着たいかにもな出で立ちに、茶色い髪でそばかすの目立つ青年と言うにはやや若いその男は、ロディマスの姿を確認して目を細め体中に視線を送り肩の男爵章を見つけた後でガンを飛ばしながら叫んだ。
「あー、誰だよテメー!親方は忙しいんだよ!」
「アレが忙しいのは知っておるわ。いいからとっとと呼べ」
「テメェ!!どこのどちら様か知らねーがふざけんな!」
「アポイントは取っていたはずだが?」
ロディマスの実家であるアボート邸に滞在中のライル経由で話は通っているはずだと、ロディマスは思わず首を傾げた。
しかしそんな様子にも構わずその男は叫んだ。
「ハァ?ざけんなよ!!親方は今、あの御高名なロディマス様のご依頼を受けて忙しいんだよ!それに貴族共の道楽には付き合わねーっていつも言ってんだろ!!」
余りの剣幕と、ロディマス本人が目の前にいるのにも気付かずに的外れな物言いで大声を張り上げるこの男に対して、ロディマスは理解が追い付かず思わず振り向き同行者のラフィエラに尋ねていた。
「何を言っているのだ?」
「さぁ?しかし中々面白い話ですね」
ロディマス本人を前に色々とおかしな事を言ってはいるが、目の前の男はそれを知らないだけである。それを怒るほどロディマスは狭量ではなかった。と言うよりも、周囲の人間の強引さを思えばまだマシだとさえ思っているので、今の話に面白さがあるなどとはピンと来ていなかった。特にあの金髪女を思えば、とアリシアには絶対に聞かせられない事を思いながら、ロディマスがラフィエラに何を感じ取ったのかを問いかければ、ラフィエラは目を瞑って指摘をした。
「何が面白いのだ?」
「ドミンゴ工房と言えば、アボート商会並びにロディマス様のお気に入りですよ。そんな所に何故貴族の方々が道楽を求め訪ねてきているのかと思いましてね。実に興味深い話です」
「そうか、それはつまらん話だな」
何やら深い事情がありそうだと思案しているラフィエラに、そう言えばこの男はずっと最前線にいたから細かな事情を知らないのだと気が付いたロディマスが、冷たく返事を返した。
その返事に驚いたラフィエラがロディマスに理由を聞こうとしたところで、ツナギを着た男が怒鳴った。
「いいからテメーら、出ていけ!」
「断る」
「ハァ!?」
「それよりも早くドミンゴを出せ」
「ハァァァァ!?だ・か・ら!!親方は忙しいっつってんだろうが!!」
再三の忠告を無視された男は激高しロディマスに掴みかかろうとした。しかしその男を、ロディマスはあっさりといなした。男の袖口を持ち下に引っ張り下げて己は体をずらして躱しただけだが、された男はそのまま体を横に半回転して地面に尻から軟着地したまま硬直していた。
軽く、トン、と言う感じで地面に座らされた男は目をキョトンとさせていた。
その顔は、後ろの騎士爵の男の苦笑と共に、徐々に羞恥に染まっていった。
「その方は最前線よりも厳しい、悪魔討伐をなされた大英雄殿ですよ。私では到底歯が立たないほど色々な意味でお強いです。どうやら腕に覚えがあるようですが、手を出さないほうが身の為ですよ?」
何やら含みのある物言いをしたラフィエラに、その男は頭を掻いてからうな垂れた。
「見た目強そうなアンタより実は強いって、護衛の意味あんのかよ・・・」
「一応、立場的には護衛のようなものですがね」
ロディマスに袖を離され、地面に両手をついてうな垂れている男に、ラフィエラは手を差し出してきた。
「ひとまず立ったらどうですか?話を聞けば、案外早く済むかと思いますよ?」
そう言われ、その男は素直にラフィエラの手を取った。
それに若干驚きつつも、ラフィエラは男を引っ張り起こした。すると男は、鼻の頭をかいていた。
「わりぃ。・・・、俺も元騎士だから自信はあったんだけどな」
「なるほど、あなたはここの門番でしたか」
「まぁな。でも親方の腕と発想にホれてこの世界に足を踏み入れたのは、俺の意思だぜ!」
などとその男とラフィエラが交友を深め始めていたその時、ロディマスは遠慮なく奥の工房へと足を踏み入れていた。
「おいドミンゴ!この前の爆弾は悪くなかったぞ!」
金属を叩く音が聞こえてこなかったので作業を中断していると判断したロディマスが勝手に中に入れば、そこにドミンゴはいなかった。
「む、ドミンゴがいないようだが?」
「あ、おい!お前ちょっと何やってんだよ!?」
慌てて走ってきたツナギの男に肩を掴まれそうになったロディマスは、ヒラリと躱して見知った弟子に尋ねた。その男は、ロディマスが一番最初にドミンゴの元へと訪れた際に番台をしていた見習いの少年が成長した人物だった。
「貴様は確か、キラミスか。ヤツはどこだ?」
「え?あれロディマス様!?ようこそおいで下さいました。それで、もうそんなお時間で?」
「もうそんな時間だ。それで、ドミンゴは」
どこにいるのか。
そう尋ねようとしたロディマスの背後で悲鳴が上がった。
「ろ、ロディマス様!?」
「ぬっ。ぐおお・・・貴様、耳元で叫ぶな」
慌てて左耳を抑えてこっそり【ヒール】を使ったロディマスに、その男は全身をガタガタと震わせながら土下座した。
「ままま誠に申し訳ありませんでしたーーー!!」
その姿を見て、ロディマスは頷いて応えた。
「許す」
「そんなあっさりーーー!?」
「面倒だからな」
「面倒だから!?えええ!?」
「これはまた・・・」
あっさりとしたロディマスの声と、それをかき消すほどの愕然としたツナギの男の叫び、そして叫び終わったと同時に一層の興味をひかれたラフィエラの呟きが工房に響いた。
なお、相変わらず人を慮るのを苦手とするロディマスは、異国である神聖国で多くを学んだ。その一つが、周囲を驚かせたコレであった。
ロディマスは兎角誤解されやすい。それは本人も認識し、直そうと一時期努力をしようとしたが、諦めた。それにかまけている間に運命の時が近づいていると思えば余計に焦り、人を気遣う余裕がなくなっていくからだった。
そこで一応神官であるマリーに相談した所、鷹揚に頷いて「許す」と言えばいいじゃないか、と教えられたのである。
そして実際にその助言を神聖国で試してみた所、普段尊大な態度を取っているロディマスの「許す」の威力は絶大で、神聖国では他国の貴族なのに寛大なお方だと一部の騎士や神官戦士には絶賛されていた。だからこそ異世界の勇者ご一行もすんなりと騎士団や神官戦士団に受け入れられたり、ロディマスが好き勝手出来た背景があったのである。
今目の前で大口を開けている土下座男はおろか、ラフィエラも口元に手を当てて驚いているように、その破壊力は自国でも健在だったようである。
「マリーのヤツめ。恐ろしい女だ。たったこれだけで人心掌握する術を知っているとはな。・・・、帰りには何か土産を買って帰るか・・・」
などと、ロディマスが的確な助言をくれたマリーと敵対しないようにと帰郷土産について考え始めると、ラフィエラが急に笑い出した。
「は、ははは!!なるほどなるほど!あなたはどうしてこう、すごいんですか!」
「はぁ?俺がすごいのは当たり前だが?」
「ぶ、ぶはははは!!」
謙虚さの欠片もないロディマスのその言葉に、上品な顔立ちに金髪と言う明らかに高位の貴族の関係者らしきラフィエラは、その上品さをかなぐり捨てて腹を抱えて笑っていた。
ラフィエラはひとしきり笑った後で、改めてロディマスに向き直った。
「お見苦しい所をお見せして、申し訳ありませんでした」
先ほどから話が進まない事に若干苛立ちつつ、ロディマスはラフィエラにおざなりに返事をした。
「どうでもよすぎて、どうでもいいな」
しかしその返事を聞いたラフィエラがまたも笑い出して、結局ドミンゴがアボート邸から帰ってくるまで収集が付かないままだった。
〇〇〇
「坊主、よく来たんだな」
「ドミンゴよ、久しいな。それで早速だが」
「いやいや坊主よ、キサンの強引さは知っとるが、さすがにその御仁を紹介してもらわねば話など出来はせんぞ」
「ああ、そうか」
そう指摘され、初めて気が付いたと手を打ったロディマスは、ラフィエラを見た。
基本、ロディマスのやることは秘密事が多い。爆弾もあれから結局国には報告していない。味方を巻き込む危険もある上に希少な雷属性を扱える人間にしか起爆させられないので、発表したとしてもロディマス以外に使い手が現れないと踏んだからである。
なお、雷属性の魔法使いはかつての転生者や転移者が残していった「電化製品」を使うのに欠かせない人材として、貴族たちから電池代わりの扱いを受けているので存在自体はしている。だからこそ、もし仮に爆弾を使う事態となれば、ただでさえ不遇な使いを受けているその魔法使いたちを特攻要員として駆り出させ死亡させるのが容易に想像できたのも、公表しなかった理由でもある。
そう言った込み入った事情も含め、内密な話が多いので、ドミンゴも確認してきたのである。
「これは、俺の義理の兄になる予定の、そんなヤツだ」
「紹介が雑じゃのぉ」
「ぷっ、ははは・・・」
慣れてはいるものの、あいかわらずなロディマスに呆れた声で返したドミンゴと、先ほどから何かと笑いの栓が緩いラフィエラが、必死になって笑いをかみ殺す中、話は始まった。
「アリシアの話からすると、相当に信頼できる男のようだ。頭もそれなりにキれるようだ。ここでの話を他には言わないだろう」
「そうかの。キサンがそう言うのなら信用しようかの」
「ああ、大丈夫だろう。どうやらこいつには「良識」と言うものが備わっているようだからな」
と、何やらロディマスが不審な物言いをしたのを聞いたラフィエラの顔が引きつった。
「え、えーと。ロディマス様。それはどのような意味なのでしょうか?」
そう問いかけたラフィエラに答えたのは、両肩を落としたドミンゴだった。
「キサンもじきに分かるんじゃの」
「何ですか、その不安をあおるような言葉は・・・」
余りにもどんよりとしたその顔を見て、ラフィエラが腰を浮かせていた。頑固なドワーフにはあり得ないその沈んだ様子に、ラフィエラはドワーフから視線を切って隣に座っていたロディマスを怯えながら見た。
「巻き込まれたのであれば、覚悟を決めるんじゃの」
「だ、だから何なのですか!?今からここで何が行われるのですか!?」
「ああ、そいつはドミンゴ。見ての通りドワーフだ。俺と旧知の仲だ」
「え?ここでこの方の紹介ですか!?」
全く空気を読まない、いや、空気を読んだからこそ、ロディマスは今の妙なネガティブオーラ漂う空気をうやむやにするために急ぎ話を進めることにした。
「まずそいつは率先して俺に絡んできたのだ。だから問題はない」
「だから何なのですか!?何が起こると言うのですか!?」
「そうかの。アンダーソンもそうじゃが、お前さんには人を引き付ける魅力があるんかのぉ」
懐かしい名前が出たものだとロディマスは顎に手を当てた。元暁の旋風副団長のアンダーソンはロディマスが王都にいる間にベルナント領アーカインの街へ移住し、獣人やエルフに戦術指南を行ない、先月にエルフと結婚したと報告を受けていた。
「そう言えば、ヤツは嫁がエルフだと言っていたな」
「まぁ今更じゃがの。バイバラも思い切ったもんじゃて」
「・・・、なんだと?」
またも懐かしい名前を聞いて、ロディマスはドミンゴを見た。するとドミンゴは驚いた様子でロディマスを見て、しまったと言わんばかりに口を手でふさいでいた。
「坊主には内緒じゃったかの・・・」
「・・・、どういう事だ?」
「え?エルフと結婚?」
話にまったく付いていけていないラフィエラをよそに、ロディマスはドミンゴを追求した。
そしてその結果、アンダーソンとバイバラがかなり前から付き合っていた事と、神聖国に行ったロディマスを心配させたくなくて身内だけで祝儀を上げていた事を聞いた。
「なんてヤツらだ・・・」
「ご事情は分かりませんが、大変にロディマス様思いのお方々なのですね」
今の話の流れから一般論的にそう考えたラフィエラに、ロディマスは怒気を含んだ声で否定をした。
「そんなわけがあるか。ヤツらはそんな殊勝な存在ではない!!」
「え!?」
ラフィエラが驚く中、椅子から立ち上がり拳を天に向けて突き出したロディマスは、己の考えを吐き出した。
「バイバラの事だ!絶対に後からドッキリなどと称して俺を驚かせようとするに違いない!!アシックスゴーゴーも何を考えている!あいつめ・・・、俺とミーシャの仲をあれほどからかっておいて、己は秘密裏に騒がれず身内だけに祝福され結婚しただと!俺なんぞ、ミーシャとの結婚式は祝祭扱いで国が仕切ると言われているのだぞ!!それなのにこいつらは・・・、到底許せんわ!!」
「はい?」
目を点にさせているラフィエラに、ドミンゴは静かに首を横に振った。
「こうなった坊主は止まらんでの。最後まで付き合うしかないんじゃの」
「おいドミンゴ!俺はこのような事を許せるような男ではない!ならば、分かるな!?」
「ええ!?」
先ほどのあり得ないほどの無礼を「許す」の一言で片づけた男とは同一人物とは思えない言葉を吐いたロディマスに、ラフィエラは唖然とした。
そんなラフィエラにドミンゴがフォローを入れた。
「坊主は情が厚いからの。こう言うのはしっかりやる主義じゃと抜かして奇抜な案を突き付けてくるんじゃの」
「まずヤツらがどういう状況か聞かせてもらおうか!」
鼻息を荒くしてすでに臨戦態勢のロディマスに、ドミンゴは呆れながら指摘をした。
「ライルにはもっと大事な話があると聞いとったんじゃがの」
「そんなものは後だ!」