121_ロディマスの帰郷
水上を走るサッカー選手ことタクヤの珍技に呆れつつ、ロディマスは彼の覚醒には何が必要かを考えた。
そして今は彼と騎士団に任せるべきだとの結論を早々に出した。
「俺が口出ししてもロクな事にはならないだろう」
そしてロディマスは教会へと戻ったが、そこに丁度ロディマスに会いたいという使者が来ていた。
「俺に用?」
「はい。私はライスティア王国所属、第三騎兵団所属、ラフィエラでございます。あなた様はロディマス男爵様でお間違いないでしょうか」
「いや、違うな」
「そうでしたか・・・。失礼ですが、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「俺はロディマスだ。だが、男爵ではない。準男爵だ」
ロディマスがそう答えると、一つ手を打ったラフィエラと名乗った騎士は、背嚢から巻物を一つ取り出した。その作法は品性を感じられ、この男がただの騎士ではない事を物語っていた。
そもそもにおいて、金髪の騎士なのであれば、どう見ても王家に連なる人間である。その事もロディマスに警戒心を抱かせるには十分だった。
ロディマスが冷たい視線を返すが、ラフィエラは気にした様子を見せずに、淡々と業務をこなした。
「申し訳ありません。お伝えする順番を間違えてしまいました。えー・・・、ロディマス準男爵爵へ、本日未明より貴殿を新たに男爵位へと任命する。ロディマス=バロン=フォン=アボートと名乗れ、との事です。こちらが証明となります」
そう言って巻物を手渡されたロディマスは、そこにしっかりと王家の印、一頭のワシと盾が描かれている事を確認した。その上で、盛大にため息を漏らした。
「はぁぁぁぁ。前の準男爵への昇格の際もそうだったが、雑な任命だと思わんか?」
「そうですね。正直私としてもこのような形での任命は初めてです。普通であれば王城へとお呼びして、陛下が直々に授与されるのですが、今回は異例中の異例ですね」
「何か、貴様に心当たりはあるのか?」
そうロディマスが尋ねると、ラフィエラは腕を組み、頭を捻って考えて、それから悩みながら答えた。
「恐らくですが、ロディマス男爵様のお力を恐れての事だと思います」
「俺の力?一般人に毛が生えた程度の俺を恐れるほど、あの王家は甘くはないはずだがな」
ロディマスの弱さはかなり有名である。最も、ただの不意打ちで暗殺できるほどヤワではない程度なのも周知の事実である。実際に何度も暗殺の憂き目に逢っているが、割としぶとく生き残っている。そのしぶとさは、裏の業界でも折り紙付きである。ヤツを殺すなら首を一撃で刎ねるしかないなどと言われているくらいである。
しかもその後のライルや父バッカスからの報復を恐れ、今や裏の業界ではロディマスはアンタッチャブルな存在となった。なお、その不可侵領域を犯した三つの裏ギルドは人知れず壊滅したと言う。
しかしそうであっても、純粋な力で言えば勇者どころかこの目の前の騎士ラフィエラと比較しても弱いというのも知れ渡っていた。
それを指摘したロディマスに、ラフィエラは首を横に振ってから自分の考えを話した。
「いえ、どちらかと言えば人脈の力を恐れたのでしょう」
「人脈?」
「ええ。この度、勇者様方を王家筋よりも早く動かされた事が決定的だったのだと思います。準男爵、一代限りの栄誉貴族が持つには強大すぎます。そこで、実際の力に見合うだけの権力を授けようとなったのだと思います」
その答えに、ロディマスは納得した。
つまり王家は、自分たち以上の伝達ルートと人脈を持つロディマスを警戒し、貴族として縛り付ける為に優遇措置をして、それを首輪代わりにと考えているのだろう。安っぽい手段ではあるが、特に王家と敵対する気のないロディマスは、もらえるものはもらっておくことにした。
「そう言う事なら、王家に謀反を働く気はない証として、男爵位、しかと拝命されてやろう」
「ははは、そう言って頂けると私も助かります」
ロディマスの慇懃無礼な物言いに、ラフィエラも思わず頬を掻きながら答えた。
叛意など元からないロディマスだが、売れる恩は多く売っておくに越したことはないと考えた。どのみち、いざとなればアリシアの実家であるベルナント公爵や、レイモンドの実家であるエルモンド伯爵を巻き込めばロディマスの立場は保証されるので、この措置はただ単にロディマスが老後にもらえる年金額が増えただけの事だった。
「この程度で安心できるとはな」
「・・・、あまり不穏な発言をしないで頂けますか。これでも王命で来ているものでして」
「気にするな。いずれにせよ王家と事を構える気はない」
「そう、ですか。ところで、ロディマス男爵様はどうして戦っているのですか?」
「唐突になんだ?」
いきなり話の流れを切って質問をしてきたラフィエラにけげんな表情で返したロディマスだが、ラフィエラが思ったよりも真剣な表情で問いかけてきていたので、真剣に返すことにした。
「ふむ。そうだな。難しい質問だが、俺は、多分、幸せな未来を掴む為に戦っている」
「幸せな未来、ですか?」
目を見開いて驚いているラフィエラに、答えるべきではなかったとロディマスはそっぽを向いた。
確かに今の発言は痛い発言である。幸せな未来のために生きるなど、当たり前すぎて誰もそうは答えないだろう。金の為、女の為。あるいは地位の為。そんなごく当たり前な回答が出来なかった事を、ロディマスは恥じた。
しかし、ラフィエラは何を感じ取ったのか、唐突に臣下の礼を取り出した。
右手を左胸に当て、左ひざをついて頭を垂れたのである。
「俺は貴様の上司になった覚えはないのだが?」
先ほどから唐突な行動が多いラフィエラを最大限警戒したロディマスは突き刺すような冷たい言葉を吐いた。しかしラフィエラは頭を下げながらこう答えた。
「試すような真似をして、大変申し訳ありませんでした」
「フン。この程度で頭など下げる必要はない」
嫌われ慣れているロディマスにとっては、疑問をぶつけられるなど日常でしかない。空気を吸って吐くくらいに、何かとロディマスは疑われる。特に初対面の者には疑われる。今いるこの教会の内部にも、未だにロディマスが何か良からぬことを企むために神聖国に侵入したと考えている者がいるくらいである。
今回の相手であるラフィエラは王家に連なる血筋であろう事が伺える。そんな国を守る立場にある身であるならば、様々な方向に手を伸ばしているロディマスを警戒して当然だった。しかもロディマスは不穏な発言が多いし、その自覚もあった。そのために、ロディマスは先ほどの質問に対して特に思う所はなかったのである。ただ、ちょっと厨二病くさい発言をしてしまった事を恥じただけだった。
ロディマスのそんな考えと言葉に対して、しかしラフィエラの反応はロディマスの予想を大きく裏切るものとなった。
「申し訳ないです、婿殿。うちの妹の元婚約者だと聞いて、つい聞きたくなってしまったのです。先ほどの質問は陛下も、父も、そして貴族としての地位すらも関係のない、身勝手な質問だったのです」
「・・・、は?」
金髪で、妹の婚約者。
この二つのキーワードに、ロディマスは思考が停止した。
「いやはや、まさかあのアボート家の次男殿がこれほどの方だとは知らず、大変にご無礼を致しました!妹は全く関係がないので、もし罰せられるのであれば私だけにして下さい」
一層頭を下げて、もう地面に額がつきそうなほど体を丸めたラフィエラに、ロディマスは辛うじてこの言葉を捻り出した。
「妹?」
確かに彼女と面影があると、ロディマスも思った。しかしもしその本人であれば、その人は今頃最前線にいるはずである。このような場所にお使いにこさせてもいい人材ではないはず。しかもここに来るくらいなら実家に戻れよとロディマスは言いたくなった。
だが、そんなロディマスの思いをよそに、ラフィエラはうつむいたままくぐもった声で名乗った。
「申し訳ありません。私は、ラフィエラ=フォン=ベルナント。あなたの恋人であるアリシアの実の兄です」
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それからロディマスは、王令により一時帰宅を命じられた事も併せて伝えられた。
異世界の勇者ご一行の教師としての役目もひと段落したところでもあったので、ロディマスとしては願ったり叶ったりだった為に急ぎ準備を整え、帰郷の途に就いた。
マリーとチヨに後の事を任せ、万が一があれば新設されたアボート商会の支部経由でロディマスに連絡を入れるようにと言い残して、ロディマスはライスティア王国ペントラルへと向かった。
道中、何度か魔物との交戦はあったものの、最前線を支える騎兵団の一員であるラフィエラにより特に苦戦を強いられることなく、順調な旅路となった。
「しかし、休憩がある度に妹について根掘り葉掘り聞いてくるのはどうなのだ・・・」
道中、確かに魔物からの身の危険を感じることはなかったが、ラフィエラのシスコン気味な質問の数々に精神的に参っていた。
そんな旅も、一か月経ち、ようやくロディマスはペントラルへと戻ってきた。
「父上、お久しぶりでございます」
「ロディマスか。ふむ、よく来たな」
「お帰りなさい、ロディマス」
すでに自分の家を持つロディマスは、アボート家の実家ではお客さん扱いである。しかしそうは言っても家族愛の深い父バッカスと母カラルには歓迎された。そしてついでにラフィエラもちゃっかりとアボート家に泊まった。
明けて翌日、ロディマスは孤児院と元ベリス工房、現在のベリス工房ペントラル店へと足を運んだ。そしてそこでベリス工房ペントラル店を任されている孤児院の院長ヴァネッサを呼んだ。
「ヴァネッサはいるか?」
「はいはい、って、坊ちゃんじゃないか。帰ってたのかい。うちの旦那なら孤児院の方にいるよ」
「そうか。貴様とも後で話がある。仕事が終わるのは何時だ?」
「昼だね。その時に食事を一緒にどうだい?」
そう誘われ、なら頼むとロディマスは言った。
本当に、軽い気持ちで言ったのである。
しかしその日の昼食は、どこかのパーティかと思うほどの人で溢れる事となった。
気を利かせたヴァネッサにより、キースや孤児院の子供たちだけでなく、隣の製粉工場で働くパックたちマッチョマンズや、ロディマスが整備資金を出したバンディエゴ村や、バンディナエ村の面々まで集合したのである。
特にバンディエゴ村は今やペントラルの第二都市とも呼べる有様で、人口も五百人を超えていた。百世帯以上が住んでいると考えれば、外壁のない村としてはかなりの規模だと言えるだろう。そんな者たちを呼んだのである。
「多すぎだろ!!」
「いやー、それだけみんな坊ちゃんの帰りを待っていたんですよ」
「キース!貴様に話があるのだ!」
「あー、ロディマス様だー!!」
「マニカ!?ぐおお!?」
キースを見つけて彼のスキル【翔馬招来】の元となった初代勇者の【天馬招来】について尋ねようと思っていたロディマスだが、現れたバンディエゴ村の美少年マニカと、孤児院の子供たちに押しつぶされ話をすることが出来なかった。
人波に揉まれ、滅茶苦茶になったロディマスが解放されたのはそれから三十分も後の事であった。