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悪魔襲撃とその退治から二日後。
ロディマス達は役目を終えて神聖国の首都へと戻ってきていた。
そして少女三人の新たな力の検証と制御方法について、マリーと意見交換をしていた。
「やはり勇者はすごいんだねぇ。でもここで素人同士が話をするより、現役の『勇者』に話を聞いた方が早かったんじゃないかねぇ」
「ヤツらは忙しい身なのでな。もうすでにここにはいない」
「私も話をしたかったんだけどねぇ」
「ミーシャちゃんも分からないって言ってたしー」
「マコルン、ちゃん付けはまずいんじゃないかな。相手は『聖女』様だよ?」
ロディマスとマリーが真面目な話をしているのに、相変わらずマコトはマイペースで、ミコトはどこかずれていた。そしてあれ以降部屋からこもって出てこないマイカと、少女三人には問題ばかりあった。
ロディマスは山積みとなった問題にため息を吐き、そんなロディマスを見てマリーは苦笑していた。
「タクヤくんは騎士団に交じって訓練ねぇ。本当に異世界から来た人たちは面白いねぇ」
「任された身としてはたまらんがな」
なお、あれ以降マコトがロディマスにアタックしてくる事はなくなった。恐らくミーシャがけん制したからだろうと推察しているが、これはこれで問題だった。
「ところでマリー、一ついいか?」
「なんだい?小声でなんて、私に告白する気になったのかい?」
「違うわ!!そうではなく、ヤツらに男の影などないか?」
今まではロディマスが最も身近な異性だった。タクヤも近いが同級生どまりだったので、ロディマスに傾倒していた。しかし今はロディマスと一線を引くようになったので、違う人間に言い寄られたり、気を惹かれたりしていないかが新たな心配として出てきたのである。
「ないけど、どうかしたのかい?」
「どうもこうも、連中は力が強すぎる。ハニートラップではないが、男に騙されて世界を敵に回すなどとあれば、目も当てられんぞ」
「君がそんな事を言うのかねぇ」
心底呆れたと言うマリーの言葉に、解せぬ、と返したロディマスの表情は真剣そのものだった。
「王国の伯爵令嬢に、同じく王国の公爵令嬢。『聖女』に、今話題のベリス工房の美人姉妹。さらには神聖国の神官。これだけの面々を虜にしておいて今更何を言うのかねぇ」
「不可抗力だ」
「おやおや、やはり天然ジゴロは違うねぇ。そう言えば私宛てにある人から手紙が来ていたのだよ。ほら、これだよ」
「唐突になんだ?」
「何ですか、それ?」
今まで二人で遊んでいたマコトとミヤコが近寄ってきて、マリーが差し出して来た手紙に興味を持ったようで、ロディマスの肩越しに覗き込んでいた。
「人の手紙を盗み見るのはマナー違反だ」
大真面目な調子でそう答えたロディマスに、マリーは盛大にため息を吐いた。
その顔は、さっきの心配が最も当てはまる男が何を心配してたのかねぇ、と語っていた。
「ああ、いいよ。読まれて困るのはそこのスケコマシの女の敵だけだから」
「なんだそれは!?言いがかりはよせ!!」
「女二人が背中に張り付いている時点で説得力がないんだよねぇ。ま、いいから手紙を読むのさね」
「何なんだ・・・全く」
そう呟きながらもマコトとミヤコを振り払わないロディマスに呆れ、マリーは視線を逸らした。
なお、ロディマスとしても言い訳したいのは、決して受け入れたからこのような姿勢を取っている訳ではないという事である。
何せ彼女らの方が力が強いのである。その為に振り払う事が物理的に不可能なのである。むしろ力加減を誤られケガを負うリスクを考えた結果、諦めただけなのである。
「ふむ・・・む?これはアリシアからか?何故貴様宛てに手紙など」
そう呟いてから読み進めると、最初は時世の句から始まり、一枚目はお堅い内容の手紙だった。そして二枚目も当り障りのない状況報告や、ロディマスについての話が聞きたいなどとあった。その内容に背後の少女二人はキャーキャーとうるさく反応していた。
だが、三枚目からは異なっていた。
「なんだこれは・・・」
三枚目以降は、論文だった。ざっと流し読みした限りでも、以前にロディマスが調べていた『勇者』や悪魔についての他、なんと魔王についても触れられていた。
「うー、難しくてチンプンカプン」
「マコロンも?私もだよ」
異世界人二人には難しすぎたようで、手紙を読むのをやめてロディマスで遊んでいた。背中に日本語で文字を書いてみたり、耳を触ったりしていた。
その一切を無視してロディマスは論文を読んだが、四枚目で手紙は途切れていた。
「この手紙に続きはないのか?」
「ないよ。しかしそれよりも気にすべき事があるんじゃないかねぇ。ほら、君の後ろとか」
「抵抗するだけ無駄だ。それよりも、本当に続きはないのか」
手紙の論文は、これから詳細が出てくるであろうタイミングで切られていた。特に悪魔や魔王についての記述はこれからが本番だという、そんなタイミングだった。
アリシアの性格的に、こんな中途半端なものを人に送り付けるとは思えないと、ロディマスは考えた。
「アリシアが無事なのはミーシャから聞いているが、これはどういう事だ?」
「それはね。私へのけん制なんじゃないかねぇ」
「けん制?」
意味が分からず聞き返したロディマスだが、マリーは肩を竦めただけだった。
「そう言えばアリシアさんって、ロディマス様の婚約者だったっけ?」
「そうだねぇ。そして公爵家ご令嬢だねぇ。今最もノっている貴族だねぇ」
「そんな人が婚約者って、ロディマス様はすごいんだね!」
「出会いは成り行きだったがな」
「きっと二人は一目惚れで恋に落ちてって・・・キャー!!」
「マコちゃん、きっと片思いから始まったんだよ」
「わーわー!すごい!私もアリシアさんに会ってみたい!!当時の話を聞いてみたい!」
などと勝手に宣う少女たちをしり目に、ロディマスはマリーに目を向けた。しかしマリーはロディマスの質問には答える気がないのか、先ほどからそっぽを向いたままだった。
「はぁ、自分で考えろと言う事か」
その呟きに頷いていたマリーに、いつか一泡吹かせてやると決意して、ロディマスは立ち去ることにした。
「本来の用件はこの手紙か?」
「そうなるねぇ」
「そうなると、こいつらの力の制御方法も、そもそもどういう力かも分からなかったな」
「無駄足を踏ませたかい?」
「いいや」
マリーが少しだけ残念そうな顔でそう言えば、ロディマスはしっかりと首を横に振って否定をした。
「少なくとも今は手加減が出来ている。こいつらの本来の力ならば、今頃俺はミンチ肉と化している。今の段階で暴走状態にないのだけは分かった」
「相変わらず、体を張って無茶をするねぇ」
「これが最も効率的なのだ」
猛獣相手に自分の体で力加減を覚えさせるようなものである。その行為を平然と行っていたロディマスに、マリーは心底あきれ果てた。
「苦労性が魂に張り付いているレベルだねぇ。よくそれで今まで生きてこれたねぇ」
その呟きを聞き、ロディマスは心の中で、しょうがないだろう、と反論した。
□□□
「タクヤの調子はどうだ?」
「ハッ!あれから順調なようです」
あの後、ロディマスはマリーの部屋に残ると言ったマコトとミヤコを置いて、今度は騎士団の訓練施設に足を運んだ。
ロディマスが普段寝泊まりしている教会本部から歩いて三十分程度の距離にある場所で、馬上訓練も出来るほどの広大な施設だった。
そこにタクヤは連日通い詰めていた。
「それで、『勇者』専用スキルは手に入れたのか?」
「まだだと思われます」
「そうか」
異世界から来た少女三人は、ミーシャの助言を受けてその眠っていた能力を覚醒させた。しかしタクヤは未だに『勇者』専用のスキルを開花させていなかった。
「とは言え、それをしないでも俺よりはるかに強いのだがな」
「何かおっしゃいましたか?」
「いや、なんでもない。それよりもこの先か?」
「はい、そうです」
ロディマスもこの施設には何度も足を運んでいる。教会で調べものばかりをしていると体が鈍るので、一日の半分は可能な限りここですごくようにしているのである。だからこの先に何があるのかも知っている。
「この先は池だろう?」
「はい。そしてタクヤ様は現在、水中戦の練習をしております」
水中戦と言っても、中に潜って戦うものではない。ぬかるんだ足場をものともしない強靭な足腰を得るために、あるいはバランスを崩さないように体幹を鍛える、そんな施設だ。当然、池と言っても深さは精々が胸までしかない。
そんな場所など、力が強すぎるタクヤにとってはないも同然だと思いながらその場所に足を踏み入れて、ロディマスは絶句した。
タクヤが、池の上を走っていたのである。
「あ、ロディマス!どうだよ見てくれよ!!」
口を魚のように何度もパクパクとさせ、ロディマスはその光景を見守った。
「すげーだろ?右足が沈む前に左足を出すんだよ!」
その言葉に唖然とした。
確かに前世の知識の中に、バシリスク種と言う爬虫類がそれを行なえるという記憶はあるが、それを人間サイズで行なうと言うのがどれ程非現実的なのものなのか。いかにこの世界が剣と魔法のファンタジー世界だとしても、あり得ない光景だった。
まるでマンガやアニメの世界のような行動をしているタクヤだが、これでもまだ『勇者』として覚醒しきっていない。その事実に、ロディマスは慄いた。
「この世界に『勇者』がいるのに、どうして異世界人を呼んだのかと疑問だったが、こう言う訳か」
拉致同然の召喚自体に納得はしていないものの、緊急時の手段として異世界人の召喚がある事は理解が出来た。
「これだけの力があるならば、確かに魔物に後れは取らなくなるな」
そう呟き、ロディマスは頭を切り替えてからタクヤと話をした。
タクヤは他の少女三人と比べてこの世界を満喫し始めているようだと思っていたが、どうやら違ったようだった。
「この動き、サッカーに応用できないかな!?」
サッカー少年タクヤは、どこまで行ってもサッカーが好きな少年だった。
「いや、無理だろ」
サッカーのどの辺りに水上を走る技術が活かされるのか分からないと、ロディマスは正直に答えたのだった。