117_『勇者』の決意
この度の悪魔討伐に同行したのは、ロディマスの事を知る人物たちばかりであった。
最もそれは一方的にロディマスを知っていると言うだけで、お互いに面識のない者たちばかりでもあった。
だが、そんな彼らでもロディマスの人となり、そして彼にまつわる噂の数々は良く知っている。良くも悪くも有名人であるロディマスの事を、特に良い方面で評価しているのが今のメンバーなのである。
そしてその彼らは、噂が真実であったことを理解した。
「ロディマス様はご無理をなさるのだな」
誰か一人がそう呟き、他の誰もが頷いていた。
現在、ロディマスは大型のテントに運び込まれ、治療を施されていた。光魔法の回復魔法を受け付けない都合、火、水、土、風の基本属性のみで治療するしかなく、完治にはかなりの日数を要する事態となっている。
話をしている彼らは、そのテントを守るように配置されているが、少なくとも地下からの攻撃はないらしいので抜剣はしていなかった。
「しかし、まさか単身で悪魔を相手に時間を稼げるとは思いもしませんでした」
「以前の悪魔狩りの報告では退治までした、と言う話だったが、実際の人物を見る限りでは、俺も無理だと思っていた」
「ああ。しかしあの人は、やったな」
「倒すには至らなかったが、それでも偉業には違いない」
元々ロディマスに対して妙な偏見を抱いていないメンバーばかりが集まっていたが、ことここに至っては、ロディマスに対して好意さえ感じるようになっていたのである。
一般人とほとんど変わらぬ身で、街一つを簡単に滅ぼせる悪魔を前に逃げず、立ち向かい、勇者が来るまでの時間稼ぎをした。悪魔の一番の脅威はあの眷属の量だが、だからと言って悪魔そのものが弱い訳ではない。それを見事に耐えきったロディマスを、彼らは否定など出来なかった。
「しかし、同時にあの無茶苦茶な噂の数々は本当だったと知れたな」
「そうだな。あの銀髪の少女、いや、『聖女』様も仰っていたが、本当に無茶をなさるお方のようだ」
「それに比べ我らはなんと、情けないのだろうか」
「本来の護衛対象に守られたのだ。しかも我らよりもよほど弱い存在に」
そうして落ち込む騎士たちを見て、異世界から来た少女三人も宛がわれたテントには入らずに、その場で思案し始めた。
「ロディマス様って、本当に、その、弱いんだね」
「うん、私たちよりも弱いかも」
「手合わせした時に、あんだけ必死だったんも分かるなー」
少女たちは、この世界の知識を覚えるための勉強の他、勇者として召喚されているので戦闘訓練も何度か行なった。そして当然、ロディマスとも練習試合を行なっているが、ロディマスは決まって手加減をしろ、本気を出すな、と終始叫んでいた。
彼女らは人間相手に本気で剣を振うなどあり得ないからと笑っていたが、今思えばロディマスにとって自分たちは、悪魔となんら変わらない存在なのだと、三人は気が付いた。
「知らなかったけど、私たち相当甘えてたんだね」
「同い年なのにね」
「ウチらよりも弱いんやし、無理せんときゃええのに」
「それでも無理しないといけないから、彼はするのよ?」
「スザンヌさん!」
「スーでいいわよ。ちょっと、いいかしら?」
〇〇〇
ロディマスが倒れた以上、この少女たちの面倒は自分が見るべきだろう。そう判断したスザンヌが、彼女らに接触を図ったのである。実際にロディマスにも気を失う直前に頼まれていたのだからと、肩を竦めながら彼女たちに話しかける。さすがにテントに呼んでお茶までする必要はないだろうと、立ったままで話し始めた。
「あのね。まず、私たちはあなたたちに謝らなきゃいけないの」
「そう、なんですか?」
「ええ、そうよ。私、これでも貴族の娘なの。だからね、本来志願者でもない平民を戦に駆り立てるのは、貴族としては三流のやる事なの。それを謝りたいわ」
「そうなんですか?」
「いきなり貴族だ何だと言われても、分からないかしら?」
確かに貴族制度のない日本から来た少女たちにとっては、今一つピンとこない話であった。これが、異世界である日本を勉強したロディマスなら、分かりやすい例えを探したのだろうが、残念ながらスザンヌにはその知識はなかった。
よって、彼女はより分かりやすい言葉を使う事にした。
「戦いたくない者を脅して戦場に立たせるなんて、貴族以前の問題ね」
「私たちは脅されてなんて・・・」
「そうやねー。ウチら、拉致されて戦わされてるんやんね」
マコトが否定しようとするが、マイカが肯定し、更に追い打ちをかける。それを聞いたミヤコが失礼なマイカを止めようとするが、スザンヌは小さく笑って答えた。
「いいのよ。それは事実だもの。そして彼、ロッディ君はあなたたちを無事に祖国へ帰したいと思っているわ。だって彼、優しいんですもの。そんな事は教会の上の人間が取るべき責任であって、彼が抱える必要はないのよ」
「そうだな。ロッディは優しすぎる。そして、自分に厳しすぎだろ、あいつ」
「レイ、見回り終わったの?」
スザンヌがそう問えば、横合いから現れたレイモンドは大きく頷いた。
あれだけ大暴れしたのに、まだ余力を残しているレイモンドに少女三人は感心した。やはり現地の人たちは鍛え方が違うのだと、そう思った。
「やっぱ軍人さんはすごいんですね」
「ん?俺は『勇者』だぞ。全然すごくないな」
そうやって否定するレイモンドを、スザンヌは窘めた。
「あのね、レイ。彼女たちも『勇者』なのよ。もっと他に言いようはなかったの?」
「あ、そっか。悪い悪い。でも俺なんてロッディと比べたらなぁ。なんて言うの?名剣と刃こぼれした剣くらいの差があるんだよなー」
「そうなんですか!?」
良く分からない例えだったものの、レイモンドがロディマスと比べて自分は大きく劣っているという発言なのは理解できたようで、マコトが驚いていた。ミヤコもマイカも同様だったようで、レイモンドの顔を見つめていた。
「俺は学生時代に思い知ったんだよ。俺の強さなんて、所詮は借りもの、いや、紛いものだって」
「借りもの?紛いもの?」
「そうさ、えーと、君」
「マコトです」
「そう、マッコン。君もそうだけど、俺たちの強さって、神様のご慈悲で支えられてるんだよ。俺の足が速いのも、剣が鋭いのも、全部神様のお陰。俺も努力はしたけど、もしこのご加護がなければ絶対に辿り着けない。そう言う力を俺は振るっているだけなんだ。君らも勢いあまって何かを真っ二つにした覚えはない?」
少女三人は心当たりがあったので、頷いた。
彼女らも、日本にいた時よりもはるかに高い運動能力を得ている。スポーツ選手と同じなどと生ぬるい話ではなく、アニメや漫画の世界の住人のような驚異的な能力を得たのだった。ただしその力を振るうと相応にお腹が減り、体中のエネルギーを一気に使ってしまう。また、素早く動くか力強く動くかはほとんど両立出来ず、いざ戦闘となると加減が困難な状況であった。
「そう言えば、何度もやりすぎるなって注意されてた」
「確かに最初は加減が分からなくて、地面ごと丸太を真っ二つにしてたね」
「私なんてすっぽ抜けた剣がお城の壁に突き刺さったよ」
「ほわーってやったら、どばーって光って、次にクレーターできとったやんな」
「それ、マイカだけだから」
しかしその力加減、特に弱くする方向に関してはロディマスに徹底した訓練を施されたので、よほどの事がない限り今はやりすぎる事が減った。そのおかげでより長く戦えるようになったのは、ロディマスになんの意図があったのか。少女たちはその真意を知らずに、それでも言う事を聞いてきた事を今知った。
「ま、急に力を付けるとそうなるよな。それが自分の力じゃないんなら、なおさらだ」
レイモンドも覚えがあるのか、ウンウンと頷いていた。スザンヌもレイモンドの暴走は身に覚えがあるらしく、ため息を吐いていた。
「レイは王都を真っ二つにしたものね」
「王都を真っ二つですか!?」
王都が何なのか分からないマコトではあるが、それでもそのフレーズだけでもやりすぎ感が伝わったようで、顔を青くしていた。
「悪魔が出たんだよ、うちの国の王都に。それでロッディが殺されかけているのを見て、力を込めたら、こう、ずばーーーって」
剣を上から下へ振り下ろすジェスチャーと、そのまま手を前方に伸ばして走り出したレイモンドを皆で眺めつつ、彼が帰ってくるのを待った。
そして彼が戻ってきた所で、質問した。
「それって、私たちにも出来るんですか?」
「まさか」
さすがにそこまでは出来ないだろうとレイモンドが告げれば、幾分かほっとした様子を見せた少女たち。その様子に、スザンヌはフォローを入れた。
「レイもそこにたどり着くまでに相当苦労したし、相応の犠牲も払っているわ」
「犠牲、ですか」
「ああ、惜しいヤツを亡くしたんだよ」
ロディマスの事である。
実際には仮死状態だが、心臓をえぐり取られたのであれば、実際に死んでいたと判断するのも間違ってはいないだろう。スザンヌも敢えて否定をしなかった。
「ロッディ君は犠牲者を出す気はないようだから、あなたたちがその力を不意に手に入れる事は少ないと思うわ。もちろん、レイのように自らの意思で手に入れる事はあるかもしれないけど」
スザンヌがそう締めれば、当時を思い出したのかレイモンドは険しい表情を取ったのちに、深呼吸をして、その次には冷静さを取り戻していた。
「話が脱線したな。確か、ロッディがいかにスゴイヤツかって話だっけ?」
「そうですけど、今の話とロディマス様は何か関係があったんですか?」
「あるような、ないような?」
「はっきりしないんですね」
すると、レイモンドは頭をかいて、それから肩を落とした。
「俺、勉強苦手なんだよ。でもロッディは滅茶苦茶勉強しまくって。多分ロッディなら今の言葉にうまく答えられたと思う。一応さっきの件は緘口令が敷かれてるから、これ以上は話せないんだ」
「ああ見えて、いえ、見ての通りロッディ君は努力家なのよ。商人だから舌も回るけど、それ相応の努力の末に得た力で、非常に頼りになるわ。それはあなたたちも知るところでしょう?」
少女たちは頷いた。良く考えればこの世界の衣服が肌に合わないと感じていた所に、わざわざ特注で作らせた服を用意したほどの人物である。根回し、財力など見るべき点は多く、こうして様々な人から高い評価を得ているのも納得の人物であった。
「それが敵わない理由ですか?」
「それもあるけど、実際に魔力を封印させた事があって、その時はロッディに誰も勝てなかったんだよ」
「魔力を封印ですか!?」
「ああ、そう言うのもあるんだよ。詳しくは分からん」
かなりいい加減なレイモンドの言葉に、しかし少女たちは怯えた。今の自分たちの力が借り物で、それを奪うような、それこそ今レイモンドが口走った魔力を封印させるような事態となれば、自分たちはか弱い少女に逆戻りである。屈強な面々に囲まれたら何をされるか分からないと、想像してしまった。
そんな迂闊なレイモンドに、スザンヌはとうとう怒った。
「レーイーーー!あなたちょっと向こうへ行ってなさい!!」
「え!?なんでだよ!?」
しかし問答無用とスネにケリを入れてくるスザンヌに、レイモンドは慌てて退散した。そしてその様子をポカンとした顔で見ていた少女たちは、困った様子のスザンヌの言葉に耳を傾けた。
「隷属の首輪と言って、魔力を抑えることが出来る首輪があるの。私には効くわ。でも『勇者』と『聖女』には効かないの。つまり、あなたたちには効かないわ」
そう告げると、あからさまにほっとした様子を示した三人に、スザンヌは後程レイモンドにお仕置きをする事を決意した。
「とにかく、ロッディ君はすごいのよ。『勇者』のような暴力じゃなくて、そうじゃない力を持っているの」
「はい、なんとなくわかります」
「そんな彼は、無茶をするの。誰かが泣いていれば、泣かないようにって。それはレイも一緒だけど、ロッディ君はそれを表に出さないわ」
「そう、ですね。言われてみればさっきもそうでした」
ロディマスはあの苦境の中、一度も周りに助けを求めなかった。むしろ『勇者』である少女三人を助けようとさえしていたのである。常識で考えればあり得なかった。
「ごく自然に守られていたけど、良く考えたらおかしいよね。守られている『勇者』って」
「ロッディ君にとっては、遠い世界から拉致された少女たち、と言うだけなんだと思うわ」
そう言われ、ロディマスの行動を振り返った少女たちは、首を傾げた。
「その割には永住しても問題ないようなくらいの知識を叩き込まれましたね」
「戦い方も、本格的やったやんなー」
顔を見合わせる少女たちに、スザンヌは思ったことを言った。
「帰るにせよ、帰らないにせよ、あなたたちが無事に過ごせるように全力で対応しただけだと思うわ。だって、ロッディ君だもの」
そう言われ、少女たちも納得してしまった。
ロディマスだから。
「面倒見がいいんですね」
「そうね。だから婚約者が四人なんて状況になるのよ。しかもまだ惚れているのが二人もいるの。とんでもない人よ」
「ええ!?ライバル多数!?」
「・・・、今のは聞かなかった事にするわ。それで、最初の話に戻るのだけど、謝ったでしょう?」
「あ、はい、そうですね」
「私はそれでおしまい。あなたたちのフォローはするけど、それまでよ。帰るまでの面倒は、さすがに見れないわ」
「そうですね。『勇者』パーティはお忙しいって聞いています」
「でも、ロッディ君の方がよほど忙しいわよ。それなのに、あなたたちの面倒を見て、更に帰る手立てを夜な夜な調べているの」
「つまり、ロディマス様の睡眠時間が短かったのは、私たちの所為なんですか?」
「そんなわけないじゃない。教会の上の人間のせいよ。彼はその尻拭いを自発的にしているだけに過ぎないわ」
「自発的に、尻拭い・・・」
その言葉だけでロディマスの性分が分かるほどのパワーワードであった。そして少女たちは納得し、何度も頷いていた。
そして気が付いた。
「そっか。情けない私たちの尻拭いを自発的にした結果が、あの時の無茶だったんだ」
申し訳がないと思うと同時に、熱い気持ちがマコトの中に流れ込んできた。
見れば、ミヤコもマイカも胸に手を当てていた。
「うん、そうだよね」
ロディマスはきっとそう、この世界における良心的な存在なのだろう。それもダークヒーロー寄りの。周囲の評価など気にせず、効率よく理性的に人々を助ける、そんな苦労を自ら背負い込んだ存在。
そう考えたマコトたちは、そんな彼にどうやったら報いれるか、考え始めた。
その様子を見て、スザンヌは安堵した。
「もう、大丈夫そうね」
「え?」
「ロッディ君に頼まれていたの。あなたたちが落ち込んでいたら慰めて欲しいって」
本当はそんな事を言われてはいないが、彼女たちがやる気を出してくれるならばそれに越したことはない。そう判断して少し話を盛ったのである。
そしてその効果は、てき面だった。
「わ、私。次はがんばります!!」
「私は今からがんばるよ、マコちゃん!!」
「ウチもやったる」
そうしてお互い寄り集まって話をし始めた異世界の少女三人を見て、スザンヌはロディマスに任されたお役目はこれで終わりだと判断して、彼女たちの側から離れたのだった。