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最近のロディマスは精力的な活動を行なっている。
まるで今までのクソガキとは打って変わって別人のようだ。
しかしあの口の悪さはどうにかならないのか。
そんな数々の噂話、ほぼ全て真実だが、を耳にしていたロディマスは、本来なら聞いて不機嫌になるはずも、今はその噂こそが自分が確実に未来を変えていると言う自信に繋がっていた。
ロディマスの心境は、まるで周りからの祝福を得た気分だった。
5年後か10年後か、未来によってその日は異なるものの、魔王復活の日、自分にとってのエックスディまでの道を着実に外れている。
そう確信したロディマスは、未来の記憶の自分が成し得なかった事を成す為に、今日も鍛錬をする。
俺はあいつらのような末路は辿らないと、強い意思を持って全ての事に当たっていた。
未来において、どのロディマスも共通して行なっていない事がいくつかあった。
その一つは、乗馬である。
未来の自分が誰一人として、馬に乗ってはいなかった。
これは元々ロディマスが幼少期に馬上と言う高所を怖がったが為だが、今のロディマスはかつてのロディマスとは同じようで異なる存在である。
ロディマスの前世であるオッサンは高所を特に怖がらないし、バイクに乗っていた経験もあり、割とすんなりと馬に乗ることが出来たのだ。
しかしバイクとは異なる馬と言う存在と、この世界の馬具の差なのか、馬を歩かせるのが精々で走らせることは出来ていなかった。
そこでロディマスは今世の鞍になくて前世の鞍にあったものを思い出して、それを目の前の男に伝えた。
「おい。今度から鐙を付けろ」
「あぶみ、ですかい?」
「そうだ。両方に足を乗せる釣り紐だ。形状はこうで、こうだ」
そう言ってロディマスが地面に描いたのは、一本の棒とその端に括られた輪である。
鞍の両側につけて、騎乗する際の助けと騎乗中の疲れ軽減の為に足を置く補助具で、このロディマスの乗馬の手助けをしていた傭兵の男の反応の通りに一般的なものではない。
ロディマスも存在自体はこの世界の書物でも確認しているが、実物は少なくとも手に入る範囲には無かった。
父であるバッカスのツテを使えば手に入る程度の、そこまで入手困難な代物ではないのだが、それを使うのは憚れらる事情があった。
「はぁ、これはまた、不格好な代物ですが、よろしいのですか?」
「貴様は黙って俺に従え」
「まぁ、坊ちゃんがそう仰るのであれば」
この鐙と言う馬具は、貴族達にはそれなりに有名だが、いかんせん格好悪いと言う理由から使われていない。
小さな子供ならいざ知らず、10歳程度となれば恥ずかしくて付けれたものではない。
まるで前世の自転車につける補助輪の様だ、と言うのがロディマスの率直な感想だった。
だが、それがロディマスにとって鐙を付けない理由にはならないのである。
ロディマスにとって大事なのは、見た目よりも、実用性であり、効率なのである。
「坊ちゃんくらいの背丈があれば、こう言うの、必要ないと思うんですけどね」
「しつこいぞ。貴様、俺に逆らうのか?」
「いえいえいえ!!滅相もありませんぜ、ヘヘッ」
何度も念押しされるほど、一般的ではない所か、否定的な意見が出てくる代物だとロディマスは知ったが、そもそも前世でバイク乗りだった認識もあるロディマスにとっては、鐙の無い馬などステップのないバイクと同じであった。
馬など目ではないほどの速度で走るバイクで、足置き場を外すなど言語道断である。
そんなのは無駄に疲れてしまいたまったものではないと、ロディマスは前世で実際にあったステップ破損時の走行、その苦々しい思い出を脳裏に浮かべて苦渋の表情となった。
「ライル、今日中に作らせろ。簡単な物だからすぐに出来るだろう。それと、調整は明日行なう。職人には貴様から伝えろ。場所は、分かるな?」
「はい、お坊ちゃま。書物の場所も、皮職人の場所も把握しております」
「よし。それと貴様は、名前はなんだ?いや、いい。とにかく出来た鐙を今日中に付けろ」
「アンダーソンですよ!!坊ちゃん、地下牢でお会いしたじゃねえですかい!?」
そう言われ、こんなヤツも居た気がするとロディマスは思い出したが、すぐさま忘れた。
「どうでもいい。これ以上俺のリソースを無駄に割かせるな、アントニー」
能力が低いから、これ以上何かを覚えるのは辛いのだと、ロディマスは言外に告げたつもりであった。
そして、そんな意味など全く汲み取ることが不可能なこの状況で、見事に切って捨てられて唖然としているアンダーソンを無視して、ロディマスは騎乗訓練を終え立ち去った。
「ア、アンダーソンですよぉ。アントニーって誰ですかい。アンしか合ってないですよ!?『アン』までしか認識してもらえなかったんですかい!?」
そんなアンダーソンの叫びなど、ロディマスには届かなかったのだった。
□□□
ロディマスは叫んでいたアンダーソンを放置して中庭へと戻り、いつもの鍛錬を開始した。
したが、すぐさま隣の館の二階を見ると、こちらもいつも通りの常連覗き魔が顔をロディマスに向けていた。
「気持ち悪いヤツめ」
目が合った途端、何故か睨まれた理不尽さに思わず悪態を吐いて、それからロディマスはランニングを開始する。
「なんとなく睨む理由は分かるが、俺に当たるな。うんこちゃんめ」
そうぼやきながら普段のコースを軽く10週走り、それから腕立て、腹筋、背筋をそれぞれ50回を5セットほど行ない、ウォーミングアップを終える。
次に左手に杖を、右手に例のショートソードを持ち素振りを開始する。
右上からの袈裟斬りを100、左上からの袈裟斬りを100。右と左の横薙ぎをこれも100行なう。
それを終えて一息ついていると、隣の館の貴族令嬢がロディマスを見て、ポツリと呟いているのが見て取れた。
読唇術など持っていないロディマスではあるが、彼女の言っている事は全くもって遺憾ながら理解が出来てしまった。
『遅すぎ、バッカじゃないの?』
あまりの物言いにカっとなり言い返しそうになったが、ロディマスは堪えた。
その堪えられた理由は、子供相手にみっともないと思っただけではなく、未来の記憶も関わっていた。
その少女、アリシア=フォン=ベルナントは未来の記憶によれば、未来のバーサーカーと化したミーシャの師匠である。
未来のアリシアは、実力は男顔負けであり、身体さえ弱くなければ英雄の器とさえ言われていた程の武人だった。
ただし家は政争に負けたド貧乏公爵家で、彼女はロディマスの知る未来では同じ公爵家のポラリス家かなんだかに9番目か10番目の嫁として嫁いでいる。
明らかな金策行為の政略結婚と、実に不運で不幸な彼女だったが、更に運悪く彼女は病の末に子供を成せない身体であったと後に判明し、捨てられる。
「だが、アレはそこで折れるようなヤワな女ではなかったな」
散々に身体を弄られた挙句に実家ごと捨てられたらしい彼女は、怒りを力に変えて元々強かった戦闘力を更に飛躍させ魔物を蹂躙した。
ただその時には既に身体が病魔に冒されており、己の命と引き換えに眩い光を放ったまるで花火のような生涯を、未来のロディマスと同じような時期に終えている。
死因は、腹部の病。
子供の頃より発病していたその病に冒され、亡くなっている。
ただしそれは結婚後に悪化したとの話だったので、今はまだ無事なのだろう。
2つ年上なので、今は12歳。
結婚は15の時なので後3年経てば、子供を成せないと判明するし、体調も一層悪化するだろう。
ここまでが、ロディマスが未来の記憶から得た彼女の情報だった。
「知ったことではない、が」
そう、ロディマスにとってはその情報も、若くして亡くなるのが確定している彼女の行く末も知ったことではなかった。
己の生でさえ危うい中で、赤の他人を救う余裕など無いと考えているのだ。
しかしながらも、それでも前世の優しげな中年だった記憶も持つロディマスは、己の余裕のなさに肩をすくめた。
「どうしようもないだろう」
ロディマスはそう呟き、今の記憶を封印する事にした。
だが、その際にある事を一つ思い出した。
「そう言えば、あいつも光属性を持つ『勇者』候補だったか」
『勇者』に関する情報の一つであり、その事実は今世に入ってからロディマスが独自に調べていたものである。
何せ未来の記憶はモノクロの映像でしかなく、声も聞こえず細部も見えないものが多い。
そこで見て分かるレベルのはっきりとした情報ならともかく、見ても分からないものも決して少なくはない。
それは恐らくロディマス本人が関わっている記憶であればより鮮明に、関わっていなければ不鮮明になるからなのだろうが、逆に何故自分が関わっていない『未来の自分の記憶』も覗けるのか、その理由はわかっていない。
「本当に謎の多い力だ。いや、力と言っていいのかさえ疑問だな。本気で呪いの類を疑ってしまうぞ、忌々しい」
しかしそれがどうであれ、一部の情報についてはヒント程度の情報しか得られず、詳細は人伝や本で探る他なかったのである。
得たヒントを元に、今世のロディマスは過去の文献を漁り、『勇者』は強力な光属性を宿した者の中から生まれる事を知った。
そして未来の記憶の中にいる『勇者』ご一行に共通しているのは、それぞれが光属性を扱うと言う事も、気が付いた。
『勇者』とその仲間たちは、共通して光属性を有している。
つまり光属性を持っていればそれだけで強く、それだけで『勇者』候補足りえる。
これが今世のロディマスが出した『勇者』の仮説である。
「『勇者』、か。そんなものに頼らねばならん世界など、いっそ滅べばいいのに」
ロディマスが『勇者』の仮説へと至った理由はとても単純で、光属性は非常に強力で、所持しているだけで身体能力が最大5割増な上に、強すぎる光魔法を扱えると言う事実からだった。
それだけに、凶悪で強力な悪魔や魔族に対抗する存在である『勇者』として祭り上げられるのは当然の話だと、ロディマスは優遇されすぎている光属性を嫌悪したが、同時に少しだけ同情もした。
光属性はただ優位なばかりではなく、その反面、他の属性を扱いにくいし、光魔法は創造と破壊を起源とする神の属性な為か、手加減と言うものがない。
「光魔法には、消すか生やすしかない。極端すぎるな。俺ならそんな力は望まんな」
しかし、先ほどからタオルを携えて待っているミーシャもまた、光属性の担い手である。
元々が半分獣人で身体能力が高い上に光属性で倍率ドンを達成したミーシャは、間違いなく現状では『勇者』候補の中でも上位に名を連ねているだろう。
そこでふと、疑問に思った。
今の自分とは異なる未来において、恐らくあのメンバーの中で最も戦闘力の高かったミーシャが何故『勇者』ではなかったのか。
それは復讐に燃えるミーシャが、光魔法なら古傷を治せるのに敢えて残していたあのミーシャが、未来の己を素手でボッコボコにしたミーシャが『勇者』と言うのはありえなかったのだろうと、今にしてロディマスは思う。
「もしそれが理由ならば、今回はどうだろうか。実は、まずい事態か?ああ、ありがとう、ミーシャ」
「・・・、いえ」
目の前のミーシャからタオルを受け取り顔を拭きながら思考する。
まず今回は、よほどの事がない限りバーサーカールートはない。
となると、今特訓している暗殺者ルートだが、これはアボート家の従者をしている限りそれ専門と言う道もないだろう。
むしろ本業はこのメイド業だと、最近はメイドが板に付いてきたミーシャに今度メイド服でも作って着させようかと密かに考えた。
だがしかし一方で、これは非常にまずい事態だとロディマスは思っている。
このままミーシャに正道を進ませると、かなりの高確率で彼女が『勇者』となってしまうのではないだろうか。
ソレに対しては一応の保険、その布石は打ってあるが、戦争が始まればそうも言ってはいられなくなるだろう。
「それはいかんな」
タオルで口元を隠しつつ、ロディマスは小さく呟いた。
その道の先にはもしかすると魔王化寸前の自分がいて、結局ミーシャにボコボコにされる未来が実現してしまうかもしれない。
それどころか、己の知る未来のミーシャ以上に強くなったミーシャに将来ボッコボコのボコボコリンにされてしまうかもしれない。
そんな未来は断固、阻止すべきであると、ロディマスは硬く決意した。
阻止する為に何をすべきかロディマスは必死になりあらゆる手を考え、ある一つの可能性を見出した。
「ヤツならば、健康にさえなれば現状では最も『勇者』に近いのか?」
女性ではあるが勝気で物怖じしない。
あの年齢でしかも病魔に冒され体力が落ちているにも関わらず、既に魔物討伐の実績もある。
そして強武器であるレイピアの使い手。
アリシア=フォン=ベルナント。
彼女の病を治せば、もしかしたらミーシャを差し置いて『勇者』となるかもしれない。
ミーシャが『勇者』となるよりも、記憶の中のいけ好かない爽やか青年が『勇者』となるよりも、ずっと心労が減るのではないか。
ロディマスはそう考え、そうしようと結論を出した。
このロディマスの選択も、今後大いに彼を苦しめることになるのだが、彼はそれを知らぬまま思考を次へと切り替えた。
後はどうやってアリシアと接触して病を治すかを考える。
治し方は、なんとなく分かっている。
それは未来の記憶の中で、同じような病にかかった者を知っているからである。
とは言え、未来の自分はその治療を側で見ていただけなので、実際に行なえるかは別だとロディマスは思案した。
そしてアリシアを治すには、接触する理由と治すだけの技術、それと自分自身の意欲が足りないと気が付いた。
想像以上に、足りないものだらけだった。
接触に関しては相手があっての事なので後に回すとして、ロディマスはまず先に己に出来る事を考えた。
それにはまず圧倒的な魔法の技術が必要だとロディマスは早々に結論付けて、昼食後に魔法の強化をすべく段取りを始めた。
意欲については、やりたくない気持ちを抑え我慢する事にしたのだった。
3/18 表現を若干変え、余計な文を一部省き、読みやすく構成し直しました。