107_覚醒する勇者と勇者と聖女
「現れたな」
ロディマスは改めて左手のトンファーを握り直す。
右手にはショートソード、これは半ミスリル製であり、持ち手と芯の中ほどまでがアポイタカラで出来ているドミンゴ謹製の作品である。
「しかし、あれにコレを突き立てるなど、自殺行為だな」
悪魔の脅威は十分にしている。それだけに腰が引けないように踏ん張るだけで精いっぱいのロディマスだったが、そんな虚勢も役に立ったのだろう。アリシアがロディマスを見て、ぐっと奥歯をかみしめたのが分かった。
「それで、どうするの?」
「人の目がないのだ。ミーシャも力を温存する必要はない、だが・・・」
角が一本だけ生えている悪魔を見て、困った事態だと考えた。
悪魔は生まれたての段階では複数の角があり、それを消費する事で眷属を増やす。そしてそれが一本になった時、進化の前兆とも呼べる段階へと移行する。
かつて未来で読んだ書物にそう書いてあったのを思い出したロディマスが、今の状況を冷静に分析する。
「放っておくと、あれが中悪魔に変貌する恐れがある」
「中悪魔ですって!!そんなの、『勇者』じゃなきゃ無理じゃない!!」
「こうなってくると、本当に騎士団の連中は「捕縛」出来ていたのかさえ、疑問だな」
つまりロディマスは、あえて捕まり人気の多い場所へ移動したのではないかと推察したのである。山岳部では悪魔成長の糧となる生物や妖精が少ないので、人里へ向かいたかった悪魔が騎士団を利用した。
「あいつらに、そんな知恵があるの!?」
「ある程度年月を経た悪魔には、そう言う特性がある。つまり、あいつはああ見えて、古参の悪魔なのだろう」
ロディマス自身も、あの場所に悪魔がいると示唆していただけで、それが生まれたてかどうかまでは考えていなかった。フーリェの西の森では確信していたが、自分が直接関わった未来にいない悪魔については、どうしても情報があいまいになる。今回はその影響が出たと言う事である。
「まったくいつも、どうしてこう予定通り、予想通りいかないのだ!!」
迫る悪魔を避け、ロディマスはショートソードを振う。当てる気はなく、ただのけん制として振られたソレを、悪魔は大げさに飛びずさり、ショートソードを睨んでいる。
「ふん、よほどコレが嫌いみたいだな」
「ご主人様!!」
「ミーシャか、よし、手甲は装備しているな」
「いつでも行けます!」
ミーシャは【獣魔招来】を使うつもりなのだろう。拳をガシガシと打ち付けて、悪魔を睨んでいた。しかしそれにロディマスは待ったをかけた。
「ダメだ。あれは強力すぎる。万が一取り逃がしてしまうと、危険だ」
「どういう事なの、よ!!【ライトスラッシュ】!!」
光属性の剣撃【ライトスラッシュ】で横薙ぎに悪魔を払いながら尋ねてくるアリシアに、一瞬だけ耳を澄ませていたロディマスは北を睨みながら答えた。
「蹄の音がする。おそらく、まだ陛下が逃げおおせていない。俺たちの役目は、陛下を無事に危険からお救いする事だ」
「こんな時だけ真面目にしちゃって!!ロディマスって、ほんと、変よ!!」
この国で暮らす以上、王族を危険に晒すのは死も同然。そんな先を見据えてのロディマスの発言も、今目の前で死の脅威に晒されているアリシアには通じなかった。
若いが故に仕方がないのかとロディマスは説得を諦め、説明もせずに指示だけを出した。
あとで恨まれるかもな、と考えながら、ミーシャにも指示を飛ばす。
「アリシアは右へ回れ!ミーシャは左だ!!俺の方は、コイツでなんとかする!!」
「無理でしょ!!」
「無茶です!!」
二人そろって同時に答え、それでも言う事を聞いて左右に展開する。その事に感謝をしつつ、確かに二人の言う通りだとロディマスも嘆息した。
あの悪魔は賢い。
そろそろ、俺のパターンも読まれてきているはずだ。
ロディマスはそれが分かっているものの、現状で多くの戦力が陛下の元へいる以上、他に打つ手がないのだと諦めた。せめてレイモンドがいればとも思うものの、伯爵家長男をこの場に連れていくことは出来なかったのである。
「恨むぞ、悪魔を捕縛しようなどと考えたバカ共を!!とは言え、もうすでに全滅しているだろうがな!!」
おそらく、ロディマスの台頭で焦ったバカな貴族たちが、研究材料として悪魔を求めたのだろう。ロディマスはそうアタリを付け、その愚かな貴族が支払った代償に呆れた。損得勘定が出来ない無能に、今、王都が、王様が脅かされているのだから。
「チッ!やはり俺を狙うか!」
最も脅威度の高い存在を狙っている訳ではないのだろうし、最も脅威度が低い相手を狙っている訳でもない。だがそれでも悪魔は隙あらばロディマスを狙う。
「解せぬ。貴様らは一体、何を考えているのだ!!」
生き物を殺す、妖精を狂わせる、と言う基本原理以外何もわかっていない悪魔に、ロディマスは罵倒を投げかける。しかし悪魔は下品な笑みを浮かべて、はしゃぎ、死を振りまこうと腕を振るうのみ。遅いのが救いだが、それでも一撃をまともに喰らえば手足くらいは優に吹き飛ぶほどの破壊力である。
油断なく立ち位置を変え、常に壁に阻まれないように動き、アリシアやミーシャと連携を取る。
アリシアが突く。横から光の筋を煌めかせ、縦に横にと重力を無視して斬撃を与えていく。しかし速度重視の為に攻撃が軽く、かすり傷さえ悪魔は負わなかった。それもロディマスの狙いどおりではあるが、短気なアリシアがいつ爆発してしまうかは分からなかった。
ミーシャは殴る。建物から飛び降り、斜めから強襲。そして重い一撃を与えた後に離脱をする。堅実な一手で確実に相手を削ぐやり方は、どこかライルの動きを彷彿とさせた。ただし悪魔もその動きに順応し始めたので、油断は禁物だった。
「まだか、まだ陛下は移動を終えられないのか!!」
大勢が動いている声が、音が響く。
おそらくゴーストとワイトの処理に手間取っているのだろう。空に時折炎があがり、水が吹き出し、轟音が鳴り響く。
派手に動いてくれている分、そちらが陽動になっているのだろう。悪魔の眷属たちが来てないのはありがたいが、とロディマスも思っている。しかしそれでも厄介な事態である。この悪魔に一太刀加えたアンダーソンは、さすが『暁の旋風』のナンバーツーだったと言わざるを得ないと、密かに感心していた。
「ご主人様!あちらの様子が!!」
見ると、光の一筋が空を貫き、消えていった。おそらくレイモンドかスザンヌが光魔法を放ったのだろう。手加減無用のその一撃は、多大な魔力を消費する。そしてその魔力に見合う以上の破壊を行なう。つまり、向こうは粗方決着がついたと予想できる。
「よし、向こうはあと数分もあれば終わる!そうしたら、反撃だ!!」
「分かったわ!でもあと数分って、大変よ!!」
その通りだとアリシアに頷き返し、ロディマスもトンファーを握り直す。しかし、トンファーから返ってくる感触が、重さが、いつもと違っていた。
「なんだ?ぬぅ、トンファーが半ばから折れているだと!」
先ほど悪魔のタックルを防いだためだろう。トンファーが折れて中の鉄心がむき出しになっていた。
今のトンファーは完全な形をしていてこそ杖として機能を十全に果たす。このように半ばから折れてしまった場合、魔法の効率は格段に下がる。そして下がった魔法の威力では、悪魔の足止めさえ出来ない。
「まず、いおお!!」
アリシアとミーシャを相手していたと思っていた悪魔が、突然足元の石を蹴った。それは寸分たがわずロディマスを襲い、ロディマスは右手のショートソードを落としてしまった。
慌てて拾い上げようとするも、それよりも先に悪魔が急接近。今の今まで見せなかった驚異的な速度でロディマスに近寄り、その首を掴み、宙に浮かび上がった。
「ぐっ、なにを・・・する・・・」
「グゲゲゲゲ!!ゲゲゲ!!」
ベロンベロンと何度も舌を出し、まるで獲物を捕まえたかのようにはしゃぐ悪魔に、ロディマスは戦慄した。
「まさか、俺を、食らう気か!?」
悪魔が人を食う。
それはよくある話であるものの、実際の所、悪魔が食らうのは人の魂に過ぎない。それは死んだ直後の魂であり、こうして生きたままを食う事など、あり得なかった。
〇〇〇
「ロッディ!!大丈夫かぁあ!!!」
レイモンドの声が響く。どうやら王様が無事に逃げきった事を伝えに来たのだろう。その点は手筈通りだったが、しかし現状は己が全く予想していない状況だった。
ロディマスは自由を奪われた状態ながらも、必死に蹴りするも、柔らかい体に阻まれ、ただもがきあがくがけだった。
「ぐ、こうなれば・・・」
レイモンドが見ている中、最悪の事態である「闇魔法の行使」を決意したその瞬間、ロディマスは己の死を認識した。
「ぬぐっ」
振りかぶっていた悪魔の右手が、ロディマスの左胸を貫いていた。
そして引き抜かれた手には、ドクドクと波打つ、心臓。
そうか、俺はここで死ぬのか。
ロディマスを手放し、大口を開けてその心臓を笑顔で食らおうとしている悪魔を見て、ロディマスはそんな事を何でもないように感じていた。
-ロディマスは加護【魔王の卵】を奪われました-
うおぉぉぉ!!ロッディィィィィィ!!!
ロディマスゥゥゥ!!!!
ご主人様ァァァアァアアアア!!
デモーン、ベイン!!
ロイヤルゥゥゥフラッシュ!!!
リザレクション!!
そしてその日、二人の勇者と一人の聖女が誕生した。
□□□
「貴様らは、やりすぎだ」
「い、いや、だってよ・・・」
「そ、そうよ!あなたが突然、その、ああなるのが悪いんじゃない!!」
「離しません」
その後、王都の被害はと言うと、王都西部から北東にかけての大きな傷跡と、同じく西部から南東にかけての大きな傷跡が残された。北がアリシアで、南がレイモンドである。
「『勇者』故か、誰一人として巻き添えで死んだ者がいないとは言え、やはりやりすぎだろう。分かってはいたが、やはり光属性は扱いが難しいようだな」
そうぼやきながら、ロディマスの腕に絡むミーシャの頭を撫でた。
この二人が『勇者』として覚醒したのならば、ミーシャはどうかと言えば、神聖教会でも特に重要視される『聖女』の認定を受けていた。『勇者』でない事は好ましいが、だからと言って『聖女』に騒動がないかと言えば、そうではなかった。
いずれにせよ、己の天敵である事に違いはない。
ただし、『勇者』になったアリシアと、『聖女』となったミーシャは、ある事を克服していた。
「あなたに触っても、もう、痒くならないわ」
「そうか、俺は山芋ではないのだがな」
そう、アリシアが言った通り、光属性特有の闇属性を本能的に嫌う効能がなくなったのである。
「ケガの功名、か」
そう呟き、本当に何もかもが予想通り進まないと、ロディマスは病室の窓から空を見上げたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。