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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
11/130

8

3/17 表現を若干変え、余計な文を一部省き、読みやすく構成し直しました。

魔法関連についても、この場で若干触れるようにしましたが、大筋では変わっていません。


 ロディマスは帰宅後すぐに、いつものように中庭へ移動した。

 それに対してミーシャは館へと入っていったが、これは別行動をする為である。


 何故別行動をするのかは簡単な話で、ライルからの提案でミーシャに一段上の指導を行ないたいと言われたからである。


 ロディマスの従者に相応しい人物に仕立て上げると意気込んだライルが、自分の持つ技術の全てを教える為に特訓を行なっていると、ロディマスも聞いている。

 それ自体はロディマスも納得済みだが、マナー関連や従者としての立ち振る舞いの他に、何故か暗殺術の訓練も盛り込まれていた事にはさすがのロディマスも若干引いた。



 未来の記憶のミーシャは戦士、それもバーサーカーに位置する戦闘術を身に付ていた。


 基本は殴る、蹴る、殴る、殴る殴る殴る、時々噛む、である。



 思い出してしまった『ミーシャに殴られ続けてボコボコになった未来の己の姿』から目を反らしつつ、狂戦士でなければ暗殺者の道しかないのかと、ミーシャの歩む道の過酷さにロディマスは心底同情した。


 だが、ライルの実力は従者としても暗殺者としても本物である。つまり任せておけばそう悪いようにはならないだろうと言うが、一応のロディマスの見解である。

 それに暗殺者は暗器を用いるので、ただの傭兵や騎士とは異なり普段は武器を見せない。

 だから常日頃は何も持っていないように見えるので平和的なのかもしれないと、ロディマスは迫り来るミーシャのアサシンメイド化と言う現実から完全に目を反らした。



 そしてもう一つの現実、手元にある買ってきたばかりのショートソードを見て、何度か振ってから呟いた。


「なぜだ?」


 そのショートソード、子供のロディマスが持つと並の剣と同等の大きさに見えるが、それを振ると非常に小気味良い音がしたのである。

 構えた時は普通の重さだと感じたソレが、振ってみると意外と軽く、結果として綺麗な風斬り音が出た。


 右上から左下へ袈裟切り、左下から少し上げて刃を水平にして左から右へ払い、右後ろ溜めから一気に突く。


 打ち、払い、突きの3連斬。



 剣の才能に乏しい未来のロディマスが最も多用していた連携であり、同時に血反吐を吐くほどの思いの末に辿り着いたその結果に、非常に自分に馴染む動作だとロディマスは素直に感心した。

 同時に、そこまでやっても自分はこの程度しかこなせないのかとわずかに気落ちして、それから未来を先取り出来たのだからまだ大丈夫と己を奮い立たせた。

 それに、才能がない上に努力でここまで辿り着いた未来の自分の事は、素直に褒めたいと思った。


 だが、その感心以上に、今はショートソードへの違和感が強かった。

 ショートソードの振りが予想していたよりも速すぎると、ロディマスが何度か試しに振ってみて出た結論であったが、その原因が今ひとつ分からなかった。


 何の差でここまで素早く振れるのか。


 今の年齢で鍛えているからなのかと考え、ありえないとロディマスはその考えを切って捨てた。

 そんな才能があったのなら、己はもっと強くなっているからだと、常日頃からミーシャにボコボコにされている自分を思い出して歯噛みした。


 そうとなれば残る原因はこのショートソードしかないのだが、その理由が全く分からない。

 切っ先を上に掲げ、右へ左へと手首を捻り確認するも、やはりどう見ても歪な失敗作である。

 中にカラクリがあるのかもしれないが、ロディマスには透視能力など備わっていない。

 見つめても、歪な己の顔が映るだけで、それを見る事でより一層の不愉快な思いをするだけだった。



 そうしてロディマスが何度も首を傾げていたら、その様子を見ていたライルが近寄ってきた。

 人の様子を見計らうのが師弟してそっくりだと言いかけて、ロディマスはさすがにやめた。

 弟子であるミーシャと仲が良い事を嫉妬したが故の嫌味だったが、当のライルが褒められたと勘違いするとロディマスが考えたからである。


 その己の空しい思いを思考の脇に捨てて、ロディマスはライルに向いた。

 その背後には、ミーシャもいた。

 ミーシャの姿を見て、そこにいるとは思っていなかったので思わず硬直したロディマスだが、その堂々とした佇まいを見て声を出すのをやめた。


 その姿はまるで主に寄り添う従者であり、その主役は、間違いなくライルだった。


 俺が主だろ、とは情けなくて言えずにロディマスが口をへの字に曲げていれば、ライルが声をかけてきた。



「お坊ちゃま、ずいぶんと変わった剣をお持ちですね」


「爺、か」


 ミーシャに気を取られていたので不意を打たれたロディマスは、中途半端な返事を返しつつ、ロディマスは差し出されたタオルを受け取った。


 どうやら思ったよりも多くの回数の素振りを行なっていたようで、ロディマスは汗だくになっていた。

 そしてタオルを差し出してきたのがミーシャだった事に少しばかり喜びつつ、やはり俺が主だったと心の中で空しい勝利宣言をしつつライルに向いた。



 ライルは無駄口を好まない。

 そもそもアボート家は効率優先なので、従者たちは必要な事しか口にしない。

 そのライルがこうやって声をかけてきた以上、この剣について何か知っているのだろうとロディマスは察した。


「爺、こいつをどう思う?」


 そう言って鞘に入ったままの方の、もう1本のショートソードをライルに差し出した。

 それを恭しく、ロディマスからすれば少しばかり大げさだと思う態度で受け取ったライルは、ロディマスの許可を得て抜剣した。


 したが、すぐさま納剣した。



「これは黒鉄を中心に、周囲に鉄をまとわせた剣ですね」


「そうか、やはり中に入っていたか」


「しかし、それだけではないですね」


「ほう?なら、なんだ?」


「ええ、しかしこれは・・・。お坊ちゃま、少々お待ち下さい」


 珍しくライルが即答しなかったので、ロディマスも特に急かすことなく待った。

 その間、前世の記憶を漁り、木刀に鉄心を入れて素振り用にしたり、あるいは木材として見た目を偽って鈍器代わりにすると言うものが存在したのを思い出した。


 だが、ライルがたかだかそれだけの為に声をかけてきたとは思えない。

 同時に、ライルが即座に回答を言わないのにも意味があると考えた。



 考えて考えて、一つの疑問をぶつける事にした。


「それは鍛冶屋でジャンクとして置いてあったものだ。店主の作だと言うが、どうにも奇妙だ。爺は、あの店の店主を知っているか?」


 すると、ライルは好々爺然とした笑顔で答えた。


「ええ、存じております。そしてお聞きしたいことも分かっております。彼はとてもいたずらが好きなのです」


「やはりか」


 何がやはりかは全く分からないまま勢いで返事をしたロディマスだが、とりあえずでもきちんとライルに合わせた相槌を即座に打てた自分に安堵した。


 ライルは自分にとって唯一の味方である。

 それはどの未来においても変わらなかった揺るがない真実だった。


 時には未来のロディマスに対して反目するかのような行動に出ていた事もあったが、それも結果的にロディマスの為だったと言うのも、複数の未来の記憶を持つ今のロディマスなら理解できるものだった。

 何故そこまで己に尽くすのかと思う事も多いライルの行動ではあるが、今はともかくその事実が嬉しかった。


 孤立無援なこの状態でもなお、味方でいてくれる存在に救われる。

 そしてその味方は、ショートソードをロディマスに返しつつ感想を述べた。


「耐久力はないですが、刃の厚みで重心を変えているので取り回しやすいのでしょう。刺突やけん制を主眼に置けば、これは良い物だと言わざるを得ません。今は鉄と黒鉄ですがオリハルコンと黒鉄の組み合わせなら、裏の人間がさぞ欲しがることでしょう」


 淡々とロディマスが辿り着けなかった真実を述べていくライルの言葉を聞いて、ようやくロディマスはライルが何に褒めていたのかに気付き、同時に自分が何に違和感を感じていたかを知った。


「強度を下げた代わりに取り回しやすくしたショートソード、か」


「ええ。あの翁も奇妙なことを考え付いたものです。やはり大旦那様のお眼鏡にかなうだけの事はあります」


 その言葉を聞き、ロディマスはその次を考えた。ライルが何故、ベタ褒めしたのかを。


 それを裏の人間が扱うとなればどうだろうか。

 きっと、真っ当な目的では使われないだろう。


「不意打ち、暗殺。これは厄介な代物だな」


 そして刺突やかすり傷であれば刃の形状に依存しないので犯人特定の手段としては使えない。しかも見た目は不出来な三流武器で、新米弟子を雇った鍛冶屋のジャンク品と見せ掛けられる。

 つまりは、毒を塗って使えば強度も波打った切れにくい刃も問題がない上に、利点だけが目立つ形となる。


 なんて恐ろしい武器をジャンク品として取り扱っていたのだろうかと、ロディマスはあの鍛冶屋が恐ろしく思えてきた。

 まさか裏社会と繋がっていないだろうなと危惧して、思わずライルに釘を刺すことにした。


「爺、これは」


「みなまで言われずとも、こちらで対処させて頂きます」


 内緒だぞ、と思わずこの奇妙な武器を金貨1枚で買おうとした事を秘密にしようとライルに釘を刺したかったロディマスは、即座に返答があったので肩透かしを食らった。


 さすがわずか5年でアボート家の筆頭従者にまで上り詰めた男は実に頼もしいとロディマスは思ったが、それは当然のように勘違いであった。

 意気揚々とその場から立ち去るライルの姿を見て頼もしさを覚えたが、後にライルがその剣の製作法を買い取ってロディマス専用にしてしまった事をロディマスが知るのは、もう少し先の話である。



□□□


 夜中、ロディマスは就寝前に今日一日の出来事を振り返っていた。

 前世の頃に行なっていたものだが、それを思い出したので実践してみたのである。


 バイバラに、鍛冶屋。

 ほんのわずかに街へ出ただけなのに、いきなり己の世界が広がったような気がした。

 そしてそれは、本当に気のせいではないのだろう。


 ロディマスの中に眠る、かつてロディマスだった者は、家からほとんど出なかった。

 だから、わずか数名に出会っただけで、これほどまでに、疲労しているのだろう。


「はぁ。とにかく今は体力を付け、人に慣れるのが最優先だな。この程度でいちいちヘバっていては、今後に差し障る」


 そうぼやくが、体力など一朝一夕では付かないし、人の慣れるのも今すぐにとはいかないので、仕方がないとは思っている。

 それに、何よりも今の自分が、剣士に対して相当な恐怖心を持っているのも自覚していた。


「今日のは精神的な疲れが主だから、焦りは禁物か。それに、奇妙な物を掘り当ててしまったのも大きいか」


 それは件のショートソードで、まさかあの歪な物体がライルから高評価を得るものだとは思わなかったのである。


「中に黒鉄、か。しかし、それならそれで、中の黒鉄を波打たせて、それを隠すように鉄で覆えばいいだろうに」


 職人の考えがいまいち良く分からず、ロディマスはベッドの中で首を傾げた。



 なお、余談ではあるが、黒鉄は鉄の上位の鉱石で、鉄と名はついているが、ただの鉄とは全くの別モノである。

 何せ電気も通さないし熱も伝わりにくいと、鉄と言う名前を真っ向から否定してる特性を持っている。


 ロディマスは当初、黒鉄に始まるファンタジー金属類をどうせ鉄じゃない金属、チタンなどの別金属だろうと考えていた。

 しかしロディマスは調べるうちに、その特性を知り、先ほどのような単なる別金属論を破棄した。


 魔力があるこの世界では、前世の物理学はあまり意味を成さない。物質も、基本的な物はさほど変わらないものの、魔力が絡んだものは完全に違う物である。


 頭ではそうと分かっていたとは言え、未だにロディマスは前世を中心に考えている自分に呆れ、では黒鉄などは一体何者かと改めて考えた事があった。



「ぬぅ。気になって眠れん。仕方がない。少し本でも読むか」


 ロディマスはベッドから起き上がり枕元にあったガウンを羽織り、ついで枕元のカンテラに火を灯した。


「【ファイア】。ふむ、きちんと制御できているな。最初はどうなるかと思ったが、魔法も案外大したことないな」


 そんな前世との差異を物ともせずに馴染んでいる己を勝手に褒めつつ、前世について少しばかり思った。


 そこで、そう言えばとロディマスは思い出した。

 前世の世界では、人が手に入れられるのは地球と言うごく限られた環境上の物質だけ。そして観測できるものもその限りであり、地球以外の環境であればより多くの原子が存在すると言う話を聞いたことがある。


 そして、地球以外の環境と言う意味では、魔力があるこの世界はまさにそうなのではないか。


 つまりこの黒鉄は、その地球にはない環境で作られた物質のひとつではないのかとロディマスは思い至った。


 改めてロディマスは、その黒鉄の特性を思い起こす。

 黒鉄は、鉄よりも硬く、重く、熱に強く、魔力と電気が通りにくい。

 完全に鉄ではないどころか、金属であるかも怪しいものの、しっかりと鉱物であり金属類に属している。


 そして黒鉄にとって大事なのが魔力を通しにくいと言う点で、その特性から対魔法の防御にも使えるのである。

 この魔法ありの世界で近接行動ばかりの剣士が未だに猛威を振るっているのは、そう言う事情があるからでもある。


 その事実に、ロディマスは思わずため息を吐いた。

 そして、吐いた息が思ったよりも白くて、ロディマスは思わず身を縮めた。



「ふむ、今夜は思ったより冷えるな。カップは、ここか。白湯でも飲むか。水差しは、なんであんな遠くに・・・。よし、カップに注ぐ際に、【ウォーター】に【ウォーム】。教本にない魔法の使い方だがうまく出来たな」


 【ウォーター】は、元となる水が必要だがうまい水をすぐに飲めるのが特徴で、前世日本人としては水には拘りたかったのである。その結果、ロディマスは特にこの魔法を頻繁に利用していた。

 そしてその魔法を注ぎ口に使用しながら、水差しから出てきた綺麗な水を空中で温めた。

 物体を温める火魔法【ウォーム】を、空中にある水に使用したのである。


「白湯と言うよりもぬるま湯だが、良かろう」


 人肌くらいの温度のお湯を飲み、魔法とはなんと便利なのだろうと、ロディマスはカップを傾けつつ優雅なひと時を味わった。



 そしてこれだけ魔法が便利なのに、それでも剣士に劣るのが、魔法使いの実情だった。


 筋力があり、黒鉄の対魔法防御を備えた金属装備を扱える剣士は、機動力がない代わりに頑強である。

 つまり装備さえ整えれば、剣士は魔法使いを易々と上回るのである。



 その現実を再認識した上で、先ほどの剣を思い出す。


 中心に黒鉄が使われていると言うが、それもほんのわずかだろう。太い針金が入っている程度であり、それ以上の太さとなると重くて扱えないと、ロディマスは悲しくもそう推察した。

 しかし、それが何だというのだろうかと、ロディマスはライルの言葉を考えた。


 黒鉄の、魔法防御や熱、電気に強い特性は関係ないのだろう。


 つまり今回で言えば、重量の方であろうとロディマスはなんとなく考えた。


「なるほどな。暗器は重すぎると持ち運びに不便だから、軽い物を選ぶ傾向にあるのか」


 暗殺者は、筋力はあるが持ち運びを優先して軽い武器を選ぶ。

 己は、筋力がないから軽い武器を選ぶ。


「なら、暗殺者の武器選びは、案外俺の求めるものに近いのかもしれないな」


 明日以降、武器を買う際はライルに相談をしようと考え、ようやく眠くなってきたロディマスは、手に持っていたカップを机に置き、ベッドに戻り眠りについたのだった。


「あ、本を読んでない。まぁいいか・・・」




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