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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第二部 王都 学園編
105/130

102_


 あの後、それ以上の話は時間がある時に、とノラリクラリと詰問を躱したマリーに、ロディマスたちは研究室から追い出された。

 結局、大きな疑問が解決しないまま、ロディマスたちは晩御飯を食べに食堂へと赴いた。


「結局なんだったのかしら」


「さぁな」


 奴隷であり従者であるミーシャは食堂では共に食べられない。

 ミーシャは持ち帰ったものを部屋で食べるので、今ロディマスと同席しているのはアリシアのみとなっている。


 ニンジン、のようなものを突きながら、アリシアがぽつりとつぶやく。


「それに、あのチヨって子は何なのかしら」


「え、チヨだって!?」


 その呟きに反応したのは、レイモンドだった。

 そして席を立とうとして、スザンヌに窘められていた。


「こら、レイ。ちゃんと食べる」


「お、おう」


「しっかり尻に引かれているな」


「何?ああ言うのが好みなの?」


「断固拒否する。それとさり気なくニンジンを俺の皿に移すのをやめろ」


「そうね、ごめんなさい。はい、あーん」


「自分で食え」


「あら、そう。うん、おいしいわね」


「それは俺の肉だ」


 何故か勝手に自分のニンジンとロディマスの肉をトレードしていたアリシアに呆れつつも、こういうのも意外と可愛く見えるもんだなと、受け入れていた。


「アリシアは、難しい顔をしているよりも、今の顔の方がいいぞ」


「え!?ちょっと、不意打ちは反則よ」


 もちろん分かっていてそう言ったのだが、その効果は冷静な口調とは裏腹に効果てきめんだったようで、アリシアの顔は一瞬で茹ダコのようになっていた。

 しかし同時に諸刃の刃だったようで、ロディマスも己の顔が赤くなっていくが分かった。


「よし、食った!!スー、あとは頼んだ!おい、ロッディ!!ん?なんで顔が真っ赤なんだ?病気か!?」


「レイ、野暮なことは言っちゃダメよ。二人はこのお休みで、きっと大人の階段を登ったのよ」


「な、なんですの!?それは!!」


「え?」

「なんだ?」

「衝撃的な事実なのに水を差すのは、誰だよ!?」


 叫び声を聞き、一同が食堂の入り口を見れば、そこには黒髪の少女チヨがいた。

 そしてチヨは大股でロディマスたちの元へと歩みより、実の兄レイモンドを押しのけて、机に両手をついた。


「チ、チヨ!?どうしてここに!!」


「お兄様はあっち行って下さいまし!!それで、今の話は、本当ですの!?」


「な、なにがだ?」


 詰め寄るチヨの迫力に思わず腰が引けるロディマスだが、体面に座るアリシアが般若の如き面構えを見せ始め、震え出す。

 しかしそんなロディマスに一切構わず、チヨはアリシアを睨んで叫んだ。


「私の運命のお方に、なんてことをするんですの!!この、泥棒猫!!」


「・・・、は?」


 アリシアとロディマスが婚約者だったのは、同級生であれば全員が知っている事である。

 そして時間帯的に、今は同級生ばかりがいる。

 そんな中で、泥棒猫呼ばわりである。


 同じ黒髪を持つレイモンドがアワアワと慌てているところも、皆の想像を掻き立てるのに十分だったようである。


「おい、あの子、レイモンドの妹じゃないか?」

「そう言えば俺、ロディマスがエルモンド領に行くって聞いたぞ」

「まさかその時あの子と・・・」

「アリシア様がおられながら、ひと時の過ちを」


「貴様ら、好き勝手言うな!!」


 ロディマスが一喝するも、ヒソヒソと悪い噂が途絶えることはなかった。


「どうしてこうなった」


 そう呟くロディマスの肩に、手が置かれた。


 左側は、スザンヌ。

 右側は、アリシア。


「ちょっとそこで、オハナシアイ、しましょう?」

「事情、説明してくれるわよね?」


 そうしてロディマスは拉致されたのだった。



□□□


「そう言う事情なのね。全く、紛らわしいんだから」


「何一つ紛らわしい事態などなかったはずなのだがな」


「その通りですわ!!私とロディマス様は運命でむすばむぐっ」


「分かったから、チヨちゃんは黙りましょうね」


 ミーシャも交え事情説明を終えたロディマスは、理解を示してくれたアリシアとスザンヌの良識人二人に感謝した。スザンヌなどは、暴走しかけたチヨの口を塞ぐファインプレイも見せていた。

 そして、意外にもレイモンドも今の話に納得したようで、頷いていた。


「そうか。それは悪かったな、ロッディ」


「誤解が解けたのであればいいが、だが、疑問もある」


 そう、ロディマスにとっての最も大きな疑問は、何故ここまでチヨがロディマスになついたか、なのである。

 いくら深窓の姫君だからと言っても伯爵家ご令嬢である。

 一目惚れした、英雄譚を聞いて憧れた、と軽く言うには、行動が重すぎる。

 少なくとも衝動的に男のベッドの中に潜り込むなど、そんな教育はされていないはずである。


「私も疑問だわ。ロディマスって、その、あまり格好良くないわよ?」


「出来る男ではあるけど、チヨちゃんの執心さは、二人の間で何かあったと見るべきかな」


「ヲイ」


 アリシアの率直すぎる感想と、スザンヌの厳しすぎる指摘に短く返したロディマスだが、しかし何か切っ掛けがあったのだろうとは思っていた。

 その切っ掛けが全く分からないので困っているのではあるが、事情を知る者は本人しかいないのだろう。

 そう思い、ロディマスはチヨの口をどうやって割らすか考えた。


「でも、ロディマスはいざと言う時、頼りになるわ。それに、命を賭けて守ってくれるわ。そんなのやめて欲しいとは思うけど、でも女としては嬉しくもあるわね」


「アリシア様も命を賭けられた口でしょうか?」


「ええ、そうよ!!でもあの時は素直になれなくて、と言うよりも胡散臭くて受け入れられなかったわ!!」


「ウオイ!?」


「でも、今は違うわ。愛しているの」


「その割に、距離感がありますわね。これは私の勝ちですわ!!」


「ちょっとチヨちゃん!ロッディ君が困っているから離れなさい」


「イヤですわスー姉さま!!ロディマス様は私の運命のお相手なのです!!近くにいるとほっとするのです!!」


「何だと?近いとピリピリするとかでは、ないのか?」


 特にアリシアやミーシャからは、今でも近いとピリピリすると言われいてるのに、ほっとすると言われた。

 これは初めてではないだろうかと、ロディマスは首を傾げた。


 すると、この事態を打破すべく動いたのは、なんとレイモンドだった。


「あー、そうか。うん、俺は分かった。そうか、ロッディもそうなんだな」


「何だが?」


「この場の全員に、一応エルモンド家レイモンドとして、口止めを命令する。アリシア様は、不要だろうけど」


「ええ、私も口外しないから、さっさと妹の暴走を止めなさい!!」


「あ、ああ。実は、チヨは闇魔法の使い手なんだ」


「な、なんだってーー!!」


 前世で言ってみたいセリフトップ10に名を連ねるこの言葉を、こんな状況で自然と口にするハメになるとは思わなったロディマスは、そっちの意味でも驚いた。



〇〇〇



「まったく、ふざけた姉妹だ」


 ロディマスは木の棒から槍を削り出す作業を行ないながら、昨日の問答について考えていた。

 昨日の話は簡潔にまとめるならば、光の『勇者』候補であるレイモンドの双子の妹チヨは、それとは対極に位置する闇魔法の使い手である。

 当然、闇魔法にいい印象を持っていない世間では受け入れらず、自身を偽って生きてきたチヨである。そして、何故か人々に嫌われやすいチヨは、一部の者に大層毛嫌いされていたそうである。


「忌々しい事だ。むう、ここはもう少し削るべきか。ふむ、バイバラのを見様見真似でやってみたが、中々悪くない出来だ」


 地味な作業が好きなロディマスは、考え事をしながらせっせと槍の形を整えていた。

 なお、この授業もマリーが監督である。


「ほう、中々良い出来だね」


「ふん、そう言えば貴様、いつになったら話をするのだ?」


「まだまだ先かな。こちらも準備があるのでね」


「阻止したくなるな」


「冗談!授業の準備だからダメなんだよねぇ」


 てっきり魔族の解放どうのについて動いているのかと思いきや、真面目に教官としての職務を全うしているマリーに、ロディマスは胡散臭げなものを見る目で見つめ返した。

 するとマリーがキョトンとした後で、頬に手をやっておどけて見せた。


「いやだよ、ロディマス。そんな熱い視線を向けられると困るよ。私も独身だからね、本気なら、構わないんだよね」


「何を言っているのだ、貴様は」


 なお、昨日の話で判明したのは、光属性は闇属性を毛嫌いする事と、闇属性同士は惹かれ合うと言うものだった。

 ただしロディマスには通用しないようで、相手が闇属性持ちだからと言って特に感じるものはなかった。


「属性の相性など、気のせいだろう」


「その通りです。私は本当にロディマス様をお慕いしているのです」


「チヨ様は授業の邪魔をしないでもらいたい」


 公の場である事と、周囲の目が厳しいので様付けでチヨを呼ぶようにしたロディマスだが、そう呼ばれた当のチヨは体をくねらせて、しな垂れかかってきた。


「いやですわ、いつも通り、チヨ、とおよび捨て下さいな」


「呼ばない」


「なぜですの!?」


「はいはい、チヨちゃんはお兄様と一緒にいましょうね」


「あ、スー姉さま!!ちょっとお待ちを、ご慈悲をーー!!」


 出てきたスザンヌに連れられていくチヨを横目に、ロディマスは何もかも面倒くさくなっていた。

 一心不乱に作業を進め、渾身の出来の槍を作成する。


「出来たぞ!!」


「おお、じゃぁそれを担いでランニングだねぇ」


「何故だ!?」


 槍を作ったのに、結局ランニングに戻ってしまった。

 この訓練メニューに、さすがのロディマスも愚痴を零した。


「いつまでランニングするのだ」


「いやいや、一日二日走った所で基礎なんて付かないんだよねぇ。これでも神聖国の戦士だから、抜かりはないんだよねぇ」


「そうか・・・、すっかり忘れていたぞ」


 魔族であってもマリーはれっきとした神聖国の戦士、この国で言う所の騎士なのである。きちんとした教育と訓練を受けているので、出している指示も的確なのだろう。

 ロディマスはそう納得し、素直に従いランニングを開始した。



 そしてこれから一か月、ほぼ同じ訓練が施され、心身ともに鍛え上げられたロディマスたちは、続く野外演習の為に野営設営の訓練を行なった。


 その野営設営の訓練も特筆すべきことはなく、大きな問題もなく進んでいった。



□□□


「それで、俺たちはどうしてこのような場所にいるのだ?」


「どうしたのよロディマス。らしくないわねぇ」


「いえ、むしろご主人様は家ではこのような感じです」


 心配するアリシアをよそにシレっと失礼なことを宣うミーシャだったが、実際の所ロディマスは面倒くさがりな上によく現実逃避をするのである。

 それを間近で見ていたミーシャからすればいつも通りであると言うのは、至って正常な評価であった。


「だがしかし、俺の聞いた学園のソレとはいささか違う気がしてな」


「そうね。正直私も驚いているわ。まさか王都北の山岳部で実習を行なうなんて聞いていなかったわ」


 そう、ロディマスたちの現在位置は王都の北にある山である。

 そしてこの山は、東へ進めば帝国へ、西へ進めばベルナント領へと続いている。

 そんな山には、当然魔物もおり、危険度は少ないとは言え、学生を放り出すには躊躇するような場所である。


 なお、ロディマスのチームは、ロディマスをリーダーとして、アリシア、ミーシャの他、スザンヌともう一名である。


「スザンヌはレイモンドの方へ行かなくてよかったのか?」


「それも考えたけど、ほら、こっちは人数少ないだろう?」


「その為にミーシャも同行しているし、問題はないと思うのだが」


「いや、魔物とかじゃなくて、チヨちゃんが暴走しないか心配でね」


「なるほど・・・」


 普通のパーティは一チーム10名で、本来なら32名しかいないので残る2名はどこかのチームに入る形となる。

 しかし余ったのが男女一名ずつであったのが災いした。

 女子は女子で10人一チームを組み、男子は男子で組んでいたのである。

 その結果、アリシアが余る事態となり、それを見かねた指導官のマイヤが女子チームを一人減らし、代わりに自分を入れたのである。


「マイヤ嬢にも困ったものだね。あまり考えなしに私を引っ張り出さないで欲しいのだけれど」


「マリー教官は災難でしたね」


 そう、そしてロディマスのチームには何故かマリーが追加されていたのである。


「チヨには参ったね。マリーさんだけズルイと何度も叫んでいたのが、いや困ったものだよ。もてる男はつらいよね、ロディマス」


「そうか」


 実家で「モテ期到来か?」などとはしゃいでいた自分をハリ倒したくなったロディマスだが、それを堪えて素っ気なく返事をする。

 しかしその返しも読まれていたのだろう。

 淡く笑ったマリーの顔を見て、己の失言を悟った。


「ロディマスにもとうとう私の魅力が伝わってしまったようだよ。さぁ、遠慮なんてしなくてもいいんだよねぇ」


「アリシアがいないのを良いことに、好き勝手言いおって!!」


 なお、アリシアは現在お花を摘みに行っている。護衛にミーシャを付けているので問題はないだろうが、これこそが男女混合パーティの最も苦となる部分だった。

 それゆえに男女別にパーティを組んでいたのだが、そんな同期の割としっかりした面を見て正直少しばかり感心した。



「あら?設営の準備は終わったのね」


「かなり前にな」


「そうなの。仕方がないわね!!」


 生粋のお嬢様であるアリシア、と言いたいところではあるものの、魔過症が本格化する前にすでに魔物を蹴散らしているアリシアなので、あまり仕方がないでは済ませたくないロディマスは、少しばかり睨んだ。

 するとその視線を受けて、アリシアもさすがにバツが悪そうな顔をしていた。


「わ、悪かったわよ。なら、こんばんは私が作るわ!!」


「ほう。そう言えば貴様は料理が出来るのか?」


「任せなさい!!」




 そう言って張り切って作ったアリシアのスープは、炭と塩の味しかしなかったのであった。




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