100_新たな教官と不思議な縁
季節は廻り、春。
あれからロディマスは精力的に活動を行ない、様々に手を広げていった。
それには一部のエルフの知識によりツルマメ亜種の栽培から加工までが可能となったのが大きかった。
ツルマメは大豆の原種と呼ばれており、その亜種は大豆にほど近い。
エルフに聞くところ、どうやらロディマスではない別の転生者からの知識により、この大豆モドキの栽培を始めたのが切っ掛けだったそうである。
ここに来て、初めて自分以外の転生者の痕跡を発見したロディマスだが、その大豆モドキ以外の有力な情報などなく、ミソやしょう油や豆腐の存在も確認できなかった。
しかしこの大豆モドキから油を作り、大豆油を大量生産できるとなったので、ロディマスは本腰を入れてエルフたちを支援した。
ここでまさかの黒トゥレントのガラス温室の栽培が役立ち、9月に植えた苗が1月に収穫可能となった。
それを一部は乾燥させて大豆モドキとして食用に、残りを油を搾って大豆油とした。
『勇者』や悪魔についても、論文を一つ、新たに作成した。
それは魔族の関与と彼らの悲劇についてである。
その論文はまたも学会に波紋を広げ、ロディマスは王都の学園の寮に着くや、呼び出しを食らっていた。
「一息つく暇もないとはな」
「あなたがまたおかしな論文を提出したからでしょ!?」
「おかしくはない。根拠も資料も十分だ」
「どこにそんなディープな資料、あったのよ」
「ご主人様ですから、今更驚きはしないと思っていましたが、さすがに私も見た時は驚いてしまいました」
共に学園へと戻ったアリシアとミーシャのその呟きに、ロディマスは鞄から本を取り出して見せた。
その本は黒い表紙に年代を感じさせる紙質と、明らかにロディマスが持つには不釣り合いな曰くがありそうな本だった。
「これ、羊皮紙ね。それも相当古い。しかもどこかで見た事あるのだけれど?」
「それはそうだろう。これも『黒の英雄』の資料だからな。単なる日記と言ってもいいほど、中身は稚拙なのだが、中々に貴重な話が見れるぞ」
「前も思ったけど、書いてある文字が読めないわ・・・」
「翻訳したものがこちらにあります」
「あら、ありがとうミーシャ。どれどれ・・・、うん。確かに日記ね。でもすごいじゃない。古文書の解読なんて、本当にロディマスはすごい学者様なのね」
「そうでもないんだが・・・」
それと言うのも、この『黒の英雄』が使っている文字は、日本語なのである。
ただしロディマスは前世の知識がある上に、神の忌まわしい加護なのか、文字は自動で翻訳されていたので最近まで気が付かなかったのである。
この資料を発見し、ミーシャに見せた所、「読めません」と言われ、初めて気が付いたのである。
「まさか『黒の英雄』も、とはな」
次々と明らかになってくる転生者の存在に、ロディマスは神の意志と言うのもを感じていた。
この分では、エルモンドの先祖には日本人のまま世界を渡ってきた転移者がいてもおかしくはない。
そう考えたロディマスは、次にレイモンドに会ったら聞いてみようと考えていた。
そして、可能であれば日本人のソウルフードである米を知らないか、尋ねてみようと思っていた。
「坊ちゃん、着きましたよ」
「む、そうか。やれやれ、気が重いが、行くか」
「今回は宰相様のご自宅だからマシよ。王城に呼ばれてみなさい。発言一つで首が飛ぶんですから、本当にもう二度と行きたくはないわ」
「そうか、すまん」
「そうよ、もっと私に感謝しなさい!!」
「すごいです、アリシア様!!さすがです」
「はいはい、頼りにしているぞ。だから、行くぞ」
「分かったわ」
そうしてロディマスたちは宰相であるグーデンスタッフ=フォン=リンベントロップ公爵の屋敷へと赴いたが、当主不在であった。
その為、一体何用で呼ばれたのかと訝しんだ。
応接室でお茶を飲み、それでは誰が出てくるのかと待っていたら、ノックが響き、ついでドアが開かれた。
すると出てきたのは、教官ことギルバート王子だった。
ロディマスとアリシアはすぐさま立ち上がり、すぐさまお辞儀をした。
公式の場ではないので最敬礼の必要はないが、それでも公爵家の中で王子と面談したのであれば当然の流れだった。
頭を下げたまま、ロディマスがギルバートに問いかけた。
「教官殿、何故こちらに」
「諸君らを呼んだのは俺だ。それは彼女を君に紹介したいと思っていたからだ」
「初めまして、ロディマス=アボート。貴殿の事は彼と、そして我が父から聞き及んでいるぞ」
ロディマスが顔を上げ、声の主を確認した所、ギルバートの隣にいたのは、妙齢の女騎士。
緑に近い黒髪に、涼し気な一重の瞳がとても似合っており、「くっ、殺せ」と言う言葉が妙に似合いそうな美女だった。これで金髪だったら完璧だった。
そんなバカな事を考えたロディマスは、再び慌てて頭を下げた。
「我が父、と仰ると言う事は、公爵家のご令嬢であらせられますか」
「そうだ。そこのアリシア嬢とは同格、と言う事になるな。とは言え、今はその身分も捨て騎士となった身だ。楽にしたまえ」
「はっ、ありがとうございます」
「ねぇロディマス。あなた、私の時とはずいぶんと対応が違うようだけど・・・」
「今は黙っていろ」
小声で何やら突っ込んでくるアリシアに、同じく小声で返事をしたロディマスだが、その声が聞こえていたらしく、その令嬢騎士は大きな口を開けて笑っていた。
「は、ははは!!なんとも面白い少年だ!やはりハワードに聞いていた通り、大胆な性格をしているな!!」
「そうだな。それに、頭もよく回るのだ」
「なるほど、そうかそうか!これはギルが推薦したのも分かるな!最初は恩人だからと持ち上げていたのかと思ったが、これは愉快だ!!」
突如二人で盛り上がり始めた王子と令嬢騎士を前に、置いてけぼりを食らったロディマスとアリシアは顔を見合わせた。
するとそれもまた令嬢騎士の琴線に触れたのだろう。
腹を抱えて笑い出してしまった。
「一体何が起こっているのだ」
「さぁ?私に聞かれても」
そうしてしばらく、令嬢騎士が落ち着くまで呆然と見守るしかなかったのだった。
〇〇〇
「いや、すまないね。最前線で戦うばかりだったから、人に対する配慮とやらが欠けていてね」
「マイヤはいつでもそんな感じだっただろう。戦いの所為にするのは良くない」
「そうだね。おっと、失礼したよ。私は王国騎士団第七騎兵団所属、つまりギルと同じ兵団の兵士長をしているマイヤ=フォン=リンベントロップだ」
「俺はロディマス=アボートです」
「同じく、アリシア=アボートです」
「ヲイ」
「いいじゃない、ですよね?」
真面目な雰囲気に戻ったと思った直後、アリシアがアボートの苗字を名乗ると言う冗談を言い出した。
そしてそれに対して同意を求めるようにギルバートに聞くが、ギルバートは腕を組んで唸った。
「うーむ、まだ婚約段階ならば、気が早いのではないか?」
「そうでもないですよ。マイヤ様もティーリスを名乗られてはいかがでしょうか?」
「グッ!?な、何故それを!?」
突如ギルバートとアリシアの間で行なわれた謎の問答に、ロディマスは首を傾げた。
なお、ティーリスはギルバートの母方の苗字であり、ギルバートの苗字でもある。王位継承権を持つ実子とは言え、国名を関する苗字を名乗ることは許されていないからである。
それはそれとして、ロディマスにとっては意味不明なアリシアの言葉も、令嬢騎士マイヤは理解できたのか、目を丸くした後、呟いた。
「驚いた。アリシア嬢は分かっていたのか?」
「それはもちろんです。そもそも、以前ロディマスがハワード様に相談を受けていた際も、共におりましたから」
「ほう、そうなのか。俺が思っていた以上に二人は親密だったのだな」
「押しかけられただけですが・・・」
盛り上がってきた三人に対して、事態を察する事が出来なかったロディマスの呟きは、誰にも届かなかった。
「いやしかし、ロディマスもやるね。あんな下着見せられたら、本気かどうかなんて疑えなかったよ」
「そう、ですか」
「なんだっけ?ぶーめらんぱんつ?」
「ああ、実は今も穿いているぞ。動くのにとても向いていてな。これは良いものだ。是非騎士団の間でも流行らせたい」
そう言って胸を張ったギルバートは、隣に座るマイヤに後頭部を叩かれていた。
下品なことを言わないようにと苦言を呈されていたが、今の言葉でようやくロディマスも理解できた。
「まさか、兄上のご友人とは、ギルバート様でしたか」
「その通りだ。その縁があり、この度は学園の教官拝命を賜ったのだが、思えば奇妙な縁だな」
「そうですね。む、と言う事は、お相手はマイヤ様で、上手くいったのでしょうか」
「見ての通りだ。ロディマスよ、個人的にとても感謝しているぞ」
「本当にね。この奥手があんな手段に出てくるとは思わなくって。本当にアボートの兄弟はいい仕事したよ」
「ありがとうございます」
これでようやくアリシアの言葉とも繋がり、理解が出来たロディマスだが、次の言葉はよく理解できなかった。
「そうだった。これを先に伝えておこう。今期からは本格的に騎士を育成しようと言う話になってな。秋冬の長期休暇はなくなったぞ。良かったな!!」
「はい?」
「次の学園開始から、私も教官として学園に通う事となった。ギル共々、よろしくな」
「は、はい!?」
秋冬の休みがなくなると、ペントラルに帰れなくなる。
そうなると、エリスやベリスと会えなくなる。
それはまずいと思ったものの、王族に加えて現貴族ナンバーワンの公爵家の決定となれば、覆すのは不可能である。
しかも第七騎兵団と言う花形騎兵団の旗印たる王子が学園に来ただけでなく、今度は同じ兵団所属のマイヤまでが学園に来る。
はっきり言えば、異常事態だった。
「何がどうなっているのだ・・・」
思わず頭を抱え込んだロディマスに、ギルバートは先ほどまでの柔らかな空気を一変させて、真剣な表情で語りかけた。
その話は、簡単に言えばロディマスが全ての原因だと言う。
「君の論文、俺も読んだぞ。あれがもし真実ならば、世界は今後、荒れる」
「そうだな。そして、帝国の動向についてもキナ臭いと思っていたが、確信が持てた。同時に解決策も分かったのが救いだったな」
「さらには、論文の証明を君自ら行なったのも、影響が大きい。まさか本当に悪魔が出現していたとはな」
「事は最前線だけでは収まらないと、思い知らされたよ。この世界は、やはり過酷に満ちている」
ロディマスが書いた論文、と言う事になっている『勇者と俺』には、特に悪魔の今後の動向について詳しく予想されていた。
エルモンド領西の魔物の森、ベルナント領西のトゥレントの森、そしてペントラル南の魔物の森に、帝国、そして神聖国。
これらに10年以内に悪魔が発生すると言うものである。
「ならば国内の戦力増強は必至。予算を組んで、新たに次世代の騎士たちを要請すべく、本格的に学園が動き始めたのだよ」
「まさかそのような事態になるとは」
「そして、次世代の『勇者』についても、神聖国から打診があった」
「何!?」
まさか他国にまで自分の論文が知れ渡ったのかと驚いたロディマスだが、その名前を聞いた途端に頭が冷えた。
「神聖国の御子、神官マリー殿がロディマスの論文にいたく感心しておられてな。ぜひ会いたいと」
「そ、うですか」
「すでに今、こちらに来ている」
「なんですと!?」
あまりの急展開に、作法も忘れ叫んだロディマスだが、王子が両手をパンパンと叩くと、執事が出ていき、呆然と立ち尽くしたままのロディマスを放っておいて事態が進み、意識を取り戻した時にはすでにマリーと言う少女が目の前にいた。
「初めまして、ロディマス様」
「あ、ああ・・・」
「大丈夫?ロディマス」
心配するアリシアに辛うじて頷き返したロディマスだが、目の前のフードを目深に被った少女に目が釘付けだった。
まさか探していた少女が、このような形で接触してくるとは思わなかったのである。
「彼女は俺やマイヤとは旧知の仲だ。信用してもいい」
「見た目がずっと変わらなくて、胡散臭いんだけど、根はイイヤツだ!」
「ちょっとマイヤ、初対面でそう言う紹介は辞めて欲しいんだよね」
「取り繕ってもすぐに化けの皮が剥がれるだけだぞ、マリー」
「分かった。その通りだねぇ。ロディマス君、こんなあいさつで悪いが、どうかよろしく頼むよ」
そう言って差し出された手を、何故かアリシアが握った。
しかし直後にお互い顔をしかめ、即座に手を離した。
あまりの早業と予想外の行動の数々に、ロディマスはおろかギルバートもマイヤも追いつけなかったようで、思わずマリーとアリシアを交互に見ていた。
すると、握った右手を振ったアリシアが、マリーを睨んでいた。
「あなた、何者なの?」
光の『勇者』候補であるアリシアがそう警戒心を露わにして問いかければ、マリーの方も負けずに睨み返していた。
バチバチと火花が飛び散りそうなほどの熱い視線を交わす二人に口出しできず、ギルバートもマイヤも、当然ロディマスも固唾を飲んで見守るハメとなった。
そしてよく見れば、今部屋にいるのが自分たちだけだと、ロディマスは気が付いた。
いつの間に人払いをしたのかと思ったロディマスだが、呆然としている間にしたのだと思い至った。
しかし、何故神聖国の神官を呼ぶだけなのに人払いをしたのか。
その疑問は、マリーによって解消させた。
「ふう、仕方がないねぇ。もう少し親密になってからにしたかったんだけど。ギル、マイ、こうなったら覚悟決めるよ」
「そ、そうだな。その方がいいだろう」
ギルバートの同意を得たマリーがフードを外す。
腰まである長い青髪に、真紅の瞳。耳がやや尖っているが、エルフほど長くはない。
一体何の種族なのかと見守っていれば、スーッと変わる肌の色。
やや青みがかかったその色は、魔族の証に他ならなかった。
「見ての通り、私は魔族だよ」
「え、えええええええええええ!?」
アリシアの特大の悲鳴の所為で、驚き損ねたロディマスだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからしばらくは学園編です。