99_論文と救世主
「ところで、あなたはなんでそんなにも落ち込んでいるの?」
告白を受け入れられ、人生順風満帆で羨ましいねと外野からはヤジを飛ばされそうなロディマスは、しかし苦渋の表情を浮かべていた。
それを心配した女性陣だったが、仕事があるエリスとベリスはアリシアの「任せておきなさい」の一言で、後ろ髪を引かれる思いをしながらベリス工房へと戻っていた。
そして改めて、目の前で気落ちしているロディマスに、アリシアは再度尋ねた。
「だから、なんで落ち込んでいるの?・・・、あー、もう!!優しくしているうちに、さっさと白状しなさい!!」
「う、お、おう。いや、なんだ・・・」
「何よ」
「今更だが、俺は今まで貴様らに随分酷いことをしてきたのだなと。あれだけ慕われていたのに、無碍に扱っていた。本当にすまなかった」
「ほんと、今更ね」
「今更ですね」
「グハ!」
未来の記憶に引っ張られ、人と親しくなることを無意識に拒絶していたロディマスのそんな反省の言葉を一刀両断したアリシアとミーシャは、しかし次には微笑んでいた。
アリシアは席を立ち、ミーシャの後ろから抱き着きながらロディマスを見た。
「あなたがどうしてあんなにも頑なだったか。私もミーシャも、知っているわ」
「何?」
「一つは、ミーシャの生まれね。ハーフのミーシャが暮らしやすい世界を作る為に、亜人と呼ばれている人たちを囲い込んでいるのよね?」
「それは・・・」
アリシアが指摘したものは、今のロディマスがこの世に生まれた時に考えたものだった。
ただしその為にエルフや獣人を集めていた訳ではないが、結果的にはそう言う土壌が生まれつつあるのは確かなのである。
それに、こういう意見を否定するのは簡単だが、それでは今までと何ら変わりがない。そう判断し、ロディマスは肯定をした。
「ああ、そうだな。俺はミーシャに幸せになって欲しいのだ。理由は、うまく説明が出来んのだが・・・」
「ご主人様・・・」
「あらあら、ミーシャったら嬉しそうな顔しちゃって。もう、可愛いわね!!」
「ひゃう!?あ、アリシア様、苦しいです」
「俺は貴様の方に疑問があるのだがな・・・」
幼い頃から一緒にいたミーシャにロディマスが思う所があったと言う話は自然なものだった。
しかしアリシアにはそんなものはないと思っていた。
だが、アリシアはそんな考えをしているロディマスなどお見通しだと言わんばかりにニンマリと笑って、こう答えた。
「そんなの簡単よ!!」
「なんだ?」
「ミーシャが、可愛いからよ!!可愛いは、正義よ!!これ以上の理由なんていらないわ!!」
異世界でまさかそんな言葉を聞くとは。
ロディマスはどの世界でも通用する真理を聞いて、一気に体の力が抜けた。
ヘナヘナと机に突っ伏して、騒ぐ二人の声をBGMに、本当に世界の全ての者たちにこれが通用するなら、この世界はきっと今よりも平和だっただろうと考えた。
「ミーシャが世界一なのよ!!」
「いいえ!!アリシア様の方が可愛いです!!エリスも、ベリスも可愛いのです!!私なんて、可愛くないです!!」
「あ、あれ?」
気が付けば誰が一番可愛いかで揉めだしたアリシアとミーシャを見て、これはこれで争いが生まれるのだなと、前世での押しメン闘争を思い出して人の業の深さにゲンナリしたのだった。
〇〇〇
この後、ロディマスは二人に改めて己の目的を話した。
ただし【魔王の卵】については口外を禁止されているので、ロディマスは己の目的を「勇者を探す事」としていた。
「それで、そうなのね。確かにあたなが何の理由もなく私を助けたとは思っていなかったけど、そっか」
「魔過症利患者自体が、光属性を持つ者が多いからな。ちなみに別の原因は闇属性の暴走だ。これは光属性を持たない者であれば、誰でもなる。エリスがそうだな」
「あら、そうなのね。なんだ、私にホレたから助けようとあんなに必死になってくれた訳じゃないのね」
「黙っていれば可愛いとは思っていたぞ」
「もう、あなたって一言多いのよ。私はいつだって可愛いわよ!」
「そうです。それと、私も光属性を持っているから、良くしてくださったのでしょうか?」
「それもあるが、ミーシャについてはそれに気づく前に、その、なんだ・・・気になっていたのだ」
「ご主人様・・・」
感動した様子でそう呟くミーシャに、最近ミーシャは何かあるとすぐこう呟くなと益体もないことを考えたロディマスは、ミーシャが入れたお茶を飲んで、むせた。
「ブッ、ごほっ!!す、酸っぱいな、これ。ローズヒップティか?」
「あ、はい。ご主人様がフーリェで売りに出すと仰られていたので、ライル様が用意しておられたものです」
「あらほんと、酸っぱいわね。でも私、この味嫌いじゃないわ」
「美容にもいいそうだからな。しかしこれは、お茶として売り出すよりも薬として宣伝した方がよさそうだな・・・」
そんなたわいない会話を繰り返しながら、アリシアの質問は徐々に核心へと迫っていった。
「元『勇者』のキース様がいらっしゃるのも、この前悪魔を倒しに行ったのも、全部繋がっているのね」
「そこまで俺は有能ではないぞ」
「どの口が言うのかしら」
ロディマスの謙遜に、アリシアはローズヒップティを飲みながら指摘した。
「私、あなたの論文を見たわ。そこには全ての属性の相関関係についてと、予見される悪魔の出現位置、そしてその兆候。そこから導き出された、『勇者』誕生の時期と、その適合者について」
「それは俺が以前調べていたものだな。勝手にライルがまとめ上げて、断りもなく識者会議に提出してしまったのだが・・・」
「そうなのね。どおりで読んでいて妙にロディマスらしくない言い回しが多いと思ったわ。それで、その論文の所為で私は一緒に学園から帰れなかったのよ。宰相様からお呼び出しを受けてね、この論文について話を聞かせて欲しいと王城に招喚されていたのよ?」
「初耳なんだが」
「帰ってきたら伝えようと思ったら、あなた、すぐにフーリェへ行ってしまったじゃない」
つまり、入れ違いになってしまったのだろう。
それならば責めるのはお門違いだとロディマスは納得しかけて、一番納得がいかない事実に気が付いた。
何故、著者である自分が呼ばれずに、アリシアが呼ばれたのか。
そんな疑問が顔に出ていたのか、アリシアがロディマスを見て話の補足をし始めた。
「あなたの論文が凄すぎたの。属性についてもそうだけど、何よりも『勇者』と悪魔に対する考察が、従来のものよりも群を抜いて奇抜で、的確で、そして、最も真実に近かったの」
「真実に?それはどういうことだ?」
「あのね、これは宰相閣下にもご許可を頂いたから言うんだけど、私が王家の血を引いているのは知っているわよね?」
「なんだ突然。それは知っているが、遠縁くらいには当たるのだろう?」
「ううん。私の亡くなられたお婆様が、前国王陛下の妹君だったの」
「なんだと!?」
思ったよりも近かった王家の血に、ロディマスは驚いた。
つまりアリシアは3代遡れば王家の家元の血が流れている、傍流などではないれっきとした王族だったのである。
「お婆様は王位継承権を放棄なさり、私のお爺様とご結婚なされたの。それでパパには王位継承権がないの。当然、パパのご兄弟である叔父様と叔母様にも、ね。そして私のお兄様たちも生まれた直後にお爺様のご判断で王位継承権を放棄しているわ。だから今、ベルナント家で王位継承権を持つのは私だけなの。私だけは、お爺様が放棄させなかったみたい」
「そうなのか。しかし、何故貴様だけは放棄させなかったのだろうか」
「本題はそこじゃないんだけど、いいわ。理由はね、王位継承権を持っていたらおいそれと結婚できないから、ですって」
「はぁ!?」
「だからお爺様は、私が成人するまで悪い虫が付かないようにって、敢えて残したそうよ」
「はぁぁぁぁ!?」
やり手の人物だったらしい前ベルナント公爵のその大胆な発想と、それに似合わぬ間抜けな動機に思わずロディマスも叫んだ。
そのロディマスの反応に苦笑しながら、アリシアは話を続けた。
「私が継承権を持つ理由はこうなの。でも、今の問題はそこじゃないでしょ?どうして私が王城に呼ばれたか、よね?」
「そうだな。いや、待てよ?そうなると、つまり貴様は王位継承権を持ち、なおかつ見事な論文を提出した俺の婚約者だから呼ばれたのか!!」
「そうよ、ご明察。正直、王城では生きた心地がしなかったわ。とある方からは、まさかお主、王位を狙っておるのか?なんて聞かれちゃうし。その場で否定して、ついでに継承権の放棄手続きもしたから大丈夫だけど、ああいう派手な動きをするときは一言欲しいわね」
「俺が意図した行動ではないのだが、部下の失態は俺の失態だな。すまなかった」
「ううん、いいわ。それに、あなたの役に立ってるって思ったら、気分もいいわ」
「そうか、ありがとう」
「どういたしまして」
予想外の所で予想外の成果と波乱を生んでいたその話を聞き、未来の記憶にはない事が確実に起こっているのを確信した。
まず間違いなく、ロディマスが死亡した数多の世界とは異なる道を歩んでいる。
だが、道筋は違えどゴールは同じである場合もある。
まだ油断はできないと、ロディマスは考えた。
「問題は、今後か」
「そうね。ああ、それと闇魔法についてだけど、あなたがその使い手だと言うのは王家も知っていたわ」
「なんだと!?」
「論文にそれとなく書いてあったからしょうがないわね。魔過症の治療法と、名前は出ていなかったけどエリスと私の治療についても書かれていたもの」
「そうか、そして魔過症の罹患者が増えるのは」
「悪魔が生まれ、『勇者』が生まれる兆し、ね」
ロディマスの言葉を引き継いだアリシアの言葉に頷き返して、この国と王家について考えた。
そもそも闇属性は忌み嫌われている属性であり、領地によっては追放処分もされる危険性がある。
獣人やドワーフなどが一切立ち入れないごく一部の領地がそうであるが、幸いにもペントラルにはそのような決まりはない。知られれば、ただ冷たい視線を返され、時折嫌がらせを受ける程度である。
そんな国なので、王家にしても闇属性を持つ者を快くは思っていないだろう。
しかしその割には、ロディマスはアリシアがその事をさほど気にしていないのが気になった。
「なぁ、アリシアよ。王家、あるいは宰相様は俺の存在について、いかがお考えなのだろうか」
「そうね。若くして優秀な学者であり、商才もある貴重な人材で、しかも将来アボートから独立する逸材。出来るなら官僚に引き込みたいそうよ。私に決して逃がさないようにと念押ししてくるくらいですからね」
「なんだと!?」
想像する事さえ出来ないほどの高評価に、ロディマスは思わず椅子から立ち上がった。
そして机に足をぶつけ、悶絶する羽目となった。
「ぐ、ぐおおお」
「あなた、慌てすぎよ。ああ、そうだったわ。これを伝えていなかったわね」
「な、なんだ・・・。ああ、ミーシャ、大丈夫だ。ありがとう」
慌てて側に駆け寄りロディマスを介抱しようとする心配性なミーシャに礼を告げて、ロディマスはアリシアの言葉を待った。
アリシアは少しばかりの間をあけロディマスが椅子に座り直すのを待ってから口を開いた。
「王家にはね、闇属性を持つ『勇者』とは異なる英雄の伝承が伝わっているの」
「そうなのか・・・。いや、『黒の英雄』が存在する以上、そう言う話は伝わっていて当然か」
「ううん、違うの」
頬杖をつき、その状態で首を小さく横に振った後で、ロディマスに語って聞かせた。
「はるか昔から存在する、『勇者』よりも古いその英雄は、かつて世界に光が溢れた時、世の中の調律を行なったそうよ。『黒の英雄』とは違うの」
「そうなのか。しかし、光が溢れたと聞くだけなら、希望に満ち溢れていそうなのだが・・・」
「希望どころか、そうなってしまったら眩しくて寝れないわよ。それに、光が戦争を示していると言うのが、王家の古文書解読者の共通の見解よ。爆発を暗喩しているとか、命が散る様を表しているとか、意見は様々らしいけど、この点は一致しているのよ」
『 かつて世界に戦いが溢れた時 』
そう言い換えれば、かなり物騒なセリフになったなと、ロディマスは素直に思った。
そしてそこで、大きな疑問にぶつかった。
「そう言うのは普通、世界が闇に覆われたと表現するのではないのか?現に悪魔が闊歩していた時代の言い伝えでは、そうなっていただろう?」
「闇の時代の事ね。でもそれは戦争と言うか、争い自体がほとんどなかったそうよ。悪魔相手に、人類が成す術もなく蹂躙されていた時代だからでしょうね。身を寄せ合って隠れ潜んでいたから、闇の時代と呼ばれていたの」
「そうなのか」
「そうなの。だから本当は闇と言う存在は、否定すべきものではないの。王家と公爵家にはそれが伝わっている。でもそれ以外の人たちには、直近にあった闇の時代の恐怖の方が色濃く伝わっている。結果、闇属性を持つ人たちは迫害を受けているの。悲しい事にね」
「そうだったのか・・・」
そしてこの話は、恐らく未来の記憶を見る限り、未来では是正される事はなかったのだろう。
暗殺された父バッカスの血を引くだけではなく闇魔法の使い手だからと執拗に追い回され、身も心もボロボロになり、挙句にその闇属性にも裏切られ、魔王降臨の餌となり、死ぬ。
散々な未来の己の末期に暗く落ち込みそうになったロディマスだったが、次のアリシアの言葉を聞いてハッと顔を上げた。
「悪魔を倒すでもなく、魔王を撃退するでもない。弱い訳じゃないけど、強い訳でもない。そんなその英雄は、ただ、世界の為にあったの。人類のみならず、動物、植物、空気も救おうとする慈愛の人。私はただ壊すだけの光の英雄である『勇者』なんかよりも、そんな存在になりたいわ」
アリシアがまるで眩しいものを見るかのような、細めた目でロディマスを見つめていた。
そして、その英雄の呼び名を呼んだ。
「その闇の英雄は、人呼んで」
『 救世主 』
タイトル一部回収。
次話からやっと学園に戻ります。(^^;A