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「ほう、これは面白い」
そう呟いたロディマスの現在位置は、鍛冶屋である。
先ほどのバイバラ工房から歩いて5分ほどの距離にある、『金の金床工房』と言う奇妙な名の工房に、ロディマスとミーシャはいた。
この国では、鍛冶屋=武器屋を指すもので、先ほどまで店内には傭兵らしき人物が数名いた。
集団心理からなのか、彼らは結構な騒がしさで武器を選りすぐっていた。
それに呆れたロディマスは店の端に寄り、乱雑に武器が積まれている一角で物色を行なっていた。
山の中からロディマスが手に取ったのは一振りの剣。
それも標準的な1mから1.5mの長さのロングソードではなく、その半分もない50cm前後のショートソードである。
この世界では魔力があるからか、ゲームの世界のような2mを超える大剣でさえも悠々と扱える剣士が存在する中で、ロディマスはショートソードを選んでいた。
リーチは力である。
ゲームとは異なり瞬間的な回復行為に乏しいこの世界において、魔物との戦いではリーチの長さは何よりも武器になる。
しかしロディマスにはショートソード以外の選択肢はなかった。
そして、隣に立て掛けてある大振りな両手剣を見て、手にあるショートソードを見て、またため息を吐いた。
いや、ため息を我慢した為に肺の空気は鼻息と化した。
フゴー、と思ったよりも重い鼻息を吹きながら近くの武器を見る。
シンプルながらも形が整った両手剣。
コレを振り回せたらまるでゲームのキャラのような活躍が可能だろう。
魔物相手も楽だろうなとロディマスは素直に思った。
一方、自分の手には刃が波打っているいかにも数打ちの失敗作らしきショートソード。
しかも刃の研ぎ具合だけでなく厚みさえまばらで、前世日本で己に馴染みのあった出刃包丁と比較すると、まだ包丁の方が強そうである。
「だが、フランベルジュのような見た目は好みだ」
ロディマスはそう呟き、ニヤリと笑った。
そして確か前世でコレに似た儀礼用の短剣があったなと、記憶を漁り名前を思い出そうとするが、思い出せずに断念した。
しかし、いざ実際に振り回す姿を想像したら、己の引き運のなさに少々呆れてしまった。
そのショートソードは、フランベルジュほどの大きな波は打っておらず、申し訳程度に刃の厚みや幅に強弱が付いている程度である。
どう見栄を張っても、これを意図して造ったとは思えないと言うのが、間近で確認したロディマスの感想だった。
「扱いが、ふむ、いや、なるほど」
それとなく適当なことを呟きながら、ロディマスは己の中の失望を覆い隠した。
つまり、飛び出た言葉は単なる見栄であり、負け惜しみであった。
なお、フランベルジュはただ振り回すだけの並の剣とは異なり、生物に対してノコギリっぽく扱う凶悪な剣である。
つまりノコギる為の長さと両手で押し引き出来るような各種持ち手が必要で、その為に鍔の部分がかなり長くなっており、まるで十字架のような形をしている。
更には生身の相手に治りにくい複雑な傷を与えると言う事で、フランベルジュの派性の中には槍のように扱うのを前提として、鍔より先の部分に持ち手を延長して作っているタイプもある。
そんな刀身の長さを活かした凶器をショートソードで再現しようとしても全く意味が無いと、ロディマスは手に持ったショートソードの不甲斐なさに気が付いてしまった。
「だが、これもまたロマンか」
取り回しのしやすさが売りのショートソードに、こんな限定的な機能しか持たせていない時点でお察しすべきだったが、背後にいるミーシャの気配を感じて、思わせぶりなセリフを吐いていた。
そしてロディマスは、振り返りミーシャを見た。
見て、また前へと視線を戻した。
荷物を抱えたまま無表情を貫く彼女が怖かった訳ではないと、ロディマスは誰に言うでもなく心の中で言い訳をした。
意識を再び眼前のショートソードに戻したロディマスは、今度は遊びで造った武器なのだろうと言う推測を始めた。
現代日本の知識を持ちマニアックな武器にも何故か詳しいロディマスであっても、どう考えても使い方が分からない。
そして一目で使い方の分からない専用武器など、こんな所においておく訳がなかった。
やはりこれはジャンク品、あるいは失敗作だと結論を出した。
しかし、素振り用ならこれでもいいだろうと結論を出したロディマスは、両手剣を見やってからもう一度、負け惜しみを吐き出した。
「ふんっ。安物が。ミーシャもそう思うだろ?」
「ノーコメントです」
「そんな台詞、どこで覚えたのだ・・・」
ロディマスは悔しくて思わずミーシャにも同意を求めたが、返ってきた返事が奇妙すぎて突っ込んでしまった。
最近特にロディマス下げが止まらないミーシャであるが、そう言う言葉を一体どこで覚えてくるのか疑問だった。
発信源は、実は傭兵の面々なのだが、まさかそこまで仲良くなっているとは知らないロディマスは首を傾げるばかりだった。
ふと、ミーシャの態度について疑問に思った。
どうしてもっと愛想よく出来ないのかと考えて、ロディマスは考えるまでも無かったと思い至った。
彼女はまだ8歳の子供なのだ。
精神的に成熟し切っていない幼子であれば、嫌いなものを嫌いと言うのは、仕方が無いのかもしれない。
片や自分は中身が元40手前のオッサンなのである。
一度はリセットされ、すでにその記憶も、抱いていた当時の思いも色あせたとは言え、それでも精神年齢は肉体年齢と比べれば不相応なのである。
自分とミーシャを比べること自体が間違っていると、ロディマスは一旦この問題を棚上げしようとした。
そこで一つ、ミーシャの己に対する厳しい態度の原因に思い当たった。
今自分が考えた通りならば、見た目と中身の違い、その違和感をもしかすると子供であるミーシャは敏感に感じ取っているのではないだろうか。
ロディマスはそう弱気に考え、ひとまずミーシャの事はやはり考えないようにした。
結果、同意を得られなかったロディマスの感情は消化されず、モヤモヤしたものが残ったまま、しかめっ面をした。
その後もロディマスの気分は晴れず、これ以外に選択肢がない以上、前向きに検討したい所存だと、何度も自分に言い聞かせた。
そして会計を済ませるべく番台へと足を運んだロディマスは、テーブルの上にショートソード2本を置いた。
かなり乱暴に置いたが、それもこれも全部神が悪いと、ロディマスはひとまずそれで落ち着く事にした。
「おい、これを寄越せ」
そうしてかなり上から目線の物言いで、店番をしていた小僧・・・ロディマスよりは年上だが・・・に声をかければ、持って来た剣を見て店番の少年は驚いていた。
さもありなんとロディマスは彼に同情した。
唐突にアボート家、自分たちのスポンサーの息子がやってきたかと思ったら、こんなおもちゃ同然の外れ武器を選んだのである。
剣士としても名高いバッカス=アボートの息子とは思えない選択に、その見る目のなさに、思わず目を見開いた小僧を見て・・・そこまで驚かなくてもいいだろうとロディマスはため息を吐き出そうとした。
しかしさすがに情けなさ過ぎるのでそれを堪えて我慢した。
結果、我慢していた息は口と言う出口を塞がれて行き場を失い、強大な鼻息と化した。
ンフー、と先ほどよりも一層気合の入った鼻息を吹いた後、ロディマスは金貨2枚を出した。
「2本だ。釣りはいらん」
ジャンク品は『どれでもひとつ銀貨1枚』と書かれていたが、その金貨が適正な代金だと言わんばかりのロディマスに対して、とうとう店員の少年は肩まで脱力して大口を開けていた。
一方のロディマスは、その少年の対応を見て、なるほど目利きも満足に出来ないなら客ではないと言う事かと、先ほどまで会っていたバイバラを思い出した。
その為かロディマスはその少年の態度にもすんなりと納得し、もう用はないといわんばかりに踵を返して番台から立ち去ろうとした。
そんなロディマスを、店員をしていた少年はやっと我に返り、ロディマスを呼び止めた。
「ちょっちょっちょ!!ちょっとお待ちを!お待ち、お待ち下さい」
相当な慌てように少し引いたロディマスは、振り返り冷たい目線を向けた。
「・・・、なんだ?」
まさかこんなオモチャに金貨を出すなんて思っていなかった故の驚きだろうと、ロディマスは考えた。
そしてそれは同時に、今回の買い物は自分に目利きの才能がないと宣伝したようなものだと、今になって思い至り、後悔した。
そもそも、今でもなんでこんなものを買ったのかと後悔していた。
ストレスによる衝動買い、と言うヤツであった。
しかし呼び止めた店員は動揺しているためか、右へ左へと歩いていた。
何かを言うべきか、言わざるべきか。
それを悩んでいる様子だった。
あるいは道に迷った熊の真似でも披露しているのだろうか。
右へ左へとウロウロする様を見て、こいつの前世は熊さんだったのか?と言う疑問がロディマスの脳内に過ぎったのだった。
「おい、だから何なのだ」
「あ、えーと、いえ。少々お待ちください!!親方ーーー!!!」
中に向かって叫ぶ少年を見て、ロディマスは少しばかり待ち、ある可能性を考え始めた。
もしかするとこの店員は、目利きの無さを指摘してくるかもしれない、と。
だがしかし、同時に失望させる切っ掛けになってしまったのかもしれないと、少しばかり危惧した。
嫌われる分には構わないと、ロディマスは考えている。
何せアボート家は恩恵がなければ道端で石を投げられるレベルの外道さで販路を拡大していたのだ。
それが今更増えた所で気にする必要はないと、開き直っているからである。
だが、失望ともなれば話は異なってくる。
好きか嫌いかだけでは、人は飯を食えない。よって人は嫌いでも生きる為にならば我慢はできる。
しかし、好きと嫌いの反対は無関心である。
失望すればその感情は無関心へと向かう。
そうなってしまったら、自分が利用できなくなってしまう。
そんな身勝手な理由から、ロディマスは失望される事を警戒した。
そして店員の言葉を待つことしばし、いい加減に諦めた店員と共に訪れた深い沈黙と工房の奥から響く金物を打つ音を聞き、ようやっと店員が口を開いた。
「あの、本当にそれなんですか?」
「ああ」
あまりに長く待たされた為か何の逡巡もなく即答し、そしてまたも「しまった」と後悔した。
何故そこでこのショートソードではダメなのかと、もっといい武器があるなら紹介して欲しいと、そう言えなかったのか。
頭で分かっていても実際に行動するのが難しすぎると、ロディマスは歯噛みをした。
しかしそんなロディマスの葛藤を他所に、店員の少年は予想外の反応を見せた。
「それ!!親方の作品なんですよ!!さすがですね!!!あ、それを選んだ方からお金は受け取れません。親方の指示なんで!!」
「・・・は?」
一気にまくし立てられたロディマスは、様々な理由で困惑していた。
見れば、ミーシャも耳がピンと張り詰めており、目を見開いて驚いていた。
レアなものが見れたとロディマスは少しばかり喜んだが、状況が全く理解できないロディマスは眉をひそめた。
しかし一方的に金貨を握らされ、思ったよりも強かった少年の握力に顔を一層しかめつつ、よく分からないまま店を出た。
褒められた時は、何故褒められたのか聞いてはならない。
それが相手の勘違いだったとしても、決して指摘してはならない。
それが、円滑な人間関係を築く上で重要である。
ロディマスは前世の記憶の中にあったその格言を思い出して、咄嗟に仏頂面を作って帰路に着いたのだった。
帰り道で一つ、ロディマスは父の話を思い出した。
アボート商会に人が集まるのは、父であるバッカスの手腕の賜物だとロディマスはよく知っていた。
その手口は非常に単純で、バッカスに付けば金になるから配下へと加わる。実に商人らしい理由だった。
そうやってビジネスライクな関係を望む者達をかき集め、彼らに甘い汁を吸わせつつも最大限利用する。
時にはヘッドハンティングを行ない、相手の商会の重役や抱えている貴族を金で奪い、ある時は合併をして吸収する。
現代日本の知識を持つロディマスからすれば普通に資本主義的な話ではあるが、この中世の封建社会並みに閉鎖的なこの国でその発想を抱き、実践してしまったバッカスは間違いなく傑物で、怪物である。
そんな彼がどうやって敵に絶望を与え、引き入れた仲間に希望を与えたのか。
学ぶべきことが多い父のそんな在り方と、最近になって大勢の人と接するようになったが故に浮き彫りになった己の対人交渉力の低さに嘆き、ロディマスの口からついため息が漏れた。
なお、最初はバッカスを転生者かと疑っていたロディマスだが、バッカスが転生者ではない事は確認済みである。
何せ自分のステータスの血縁欄に書いてあったのだ。
一見して親切に見えるその情報に、あの神々とやらはどれだけ覗き見趣味があるのだ、とロディマスは戦慄した。
本気で必要のない項目ばかりが目立つ中で、血縁と言う項目は特に異彩を放っている。
全くもって意味が分からないと、ロディマスはその時にもう少しまともな情報を寄越せと叫んだ事を思い出した。
それはさておき、そんなバッカスの息子である自分が、あの変り種を買った事が、今後果たして吉と出るか凶と出るか、ロディマスはそれが読めなかった。
それも1本金貨1枚を2本分、合計金貨2枚で買い取ろうとしたのである。
金貨1枚は、領主お抱えの農家の一年の稼ぎ程度である。1日辺り銅貨25枚から30枚程度が中流階級の稼ぎなので、ほぼ無休で働く彼らの年収はおよそ金貨1枚である。最も、彼らは地主なので実際に畑を耕すのはその下の農夫である。
そして人を使わない並の自営業的な農家であれば多くても精々10枚程度なので、365日である1年の稼ぎでは休まずに働いてもまず届かないであろう金額でもある。
そんな金貨を2枚、即座に支払おうとしてしまった。それは金遣いが荒く、また無駄遣いもする性格なのだと言ったようなものである。結果的には親方の試作品と言う事で、事なきを得たが、これが本当にただのガラクタだった場合は目も当てられない事態に陥っていただろう。
武器の目利きに関しては素人に違いない。
実戦で使う気がないのと、今は時間がないので急いだが、今後は本気で使う短剣も用意する必要がある。
だから今回は誰にも頼らずに、適当に手に取った物を買っただけだが、今後はこういうものを買う際は専門家の意見をきちんと聞こう。
普段はプライドの高さで無理だが、命を預ける武器なのできちんと意見を聞くべきだろう。
「人生、ままならんものだな」
そう呟き、ロディマスは家の中へと入っていったのだった。
3/16 表現を若干変え、余計な文を一部省き、読みやすく構成し直しました。ストーリーに変更はありません。