二話
それからフレイアと一緒に部屋に戻った。
前回同様、登校前に優帆と双葉が部屋に来た。具合が悪い、頭が痛いと嘘をついて、二人が出ていくまで息を潜めた。
聞き耳を立てていると、家の外から喋り声が聞こえてきた。その声が遠くなっていくのを確認してから、フレイアを押入れから出した。
「それじゃあこれからのプランを聞こうかな」
押入れの中で着替えたのか、俺が買ってきたワンピースを着ていた。うん、素晴らしいな。
俺は勉強机のイスに、フレイアはベッドに腰掛けた。
「プランってほどじゃない。俺に考えがあるからついてきて欲しい」
「言わないつもり? それじゃあいざって時に助けられないじゃない」
「そういうことにはならないと、思う」
「そんな曖昧な」
「頼むから見ててくれ。外で見てて、危なくなったら助けてもらいたい。けど、これから行く場所には俺一人じゃないと意味がない」
フレイアは難しそうな顔をしていた。眉間にシワを寄せて、目を瞑って唸っている。
しかし、やがてため息をついて「わかった」とだけ言った。納得はしてなさそうだけどこれでなんとかなる。
「それじゃあ行こうか」
茶色のチノパン、水色のパーカーという姿で家を出た。
ひと目を避けて、けれど極力急いで、とある場所に向かう。その間、フレイアは一言も言葉を発しなかった。会話など一切なく、まるで俺の考えを読もうとしているようにも見えた。
そして、目的地へと到着した。なんてことない、普通の一軒家だ。
「ここって……」
「フレイアは外で待っててくれ。俺が中に入ったら庭で待機してくれればいい。魔法を使って会話くらいは聞けるだろ?」
「まあできるけど。ここ、誰の家?」
「宮川清志。俺の家を襲撃したやつの家だ」
そう、前回と同じ場所だ。前よりも早い時間なのでスーツの男たちはまだ来ないはずだ。
「前回来たんでしょ? それで必要な情報は得られた。なのになぜまたここに来たの?」
「俺たちは宮川の嫁さんに殺された。それを防がない限り、同じような状況に追い込まれるはずだ。例え嫁さんを倒せたとしても、優帆が巻き込まれるという事実を回避するのは難しいだろうさ」
回避することはできるだろうが、そのためには双葉と綿密なやり取りをして、優帆を上手く誘導しなきゃならない。今その時間はなく、あの状況を摘み取るには根っこからなんとかしなきゃいけない。
「私たちを殺した相手と、一対一で対峙しようって言うわけ? 無謀にもほどがある」
「なんとかするさ。んじゃ、あとはよろしくな。俺が家に入るまでは隠れててくれ」
有無を言わさず駆け出した。玄関口の前まで走り、勢いのままにチャイムを押した。背を向けているのでわからないが、フレイアがため息をついているのはよくわかった。
「はい、早かったんですね――」
と、宮川の嫁さん、愛美が出てきた。
目が合った瞬間、愛美はハッとしながらも平静を装っていた。この時点で、彼女が俺を知っていることは明白だった。
「少し、話しがあるんです。入れてもらえませんか」
右手で胸の辺りを押さえ、左手ではスカートを強く掴んでいた。
「わかり、ました」
彼女は家に入り「どうぞ」と俺を招き入れた。
俺をスーツの男たちと勘違いしたんだろう。だから確認もせずにドアを開けた。つまりスーツの男たちと愛美の間にはやりとりがあったのだ。
リビングに通された。「お茶を入れますので座ってお待ちください」と言われたので、「結構ですから、座ってください」と返した。
愛美は渋々、ソファーの向かい側に腰を下ろした。恐れているのか、手が震えているようだった。
「俺が一体何者なのか、アナタは知っていますよね。俺の顔を見た時驚いてましたもんね」
「ええ、存じております」
「俺がここに来た理由もわかりますか?」
「それは、わかりません」
「そう、ですか。でも安心してください、俺はアナタに危害を加えるために来たわけじゃありません」
「それを信用しろと? アナタは私の夫を、殺したではありませんか」
苦しそうな顔で、絞り出すように言った。
「それは間違いありません。でも、旦那さんがどうやって死んだかは聞きましたか?」
「アナタの家に行き殺されたとしか聞いていません」
「どうしてそれを信用したのですか? 証拠もないじゃないですか。死体がどうなったのか、死んだことが事実であると、知っているというよりもわかっているんじゃないんですか?」
これが俺の答えだ。
清志も愛美もモンスターのような姿になって襲いかかってきた。おそらくは愛美もミカドのやり方を知っているんだ。
「アナタはミカド製薬がなにを作っているのか、そしてなにをしようとしているのか。製造している薬にどういう効果があって、最終的にどうなってしまうのか。アナタは、知っているんじゃないですか」
下を向いた愛美。その手には、一粒二粒と雫が落ちていった。
「知って、います。主人の死体が出てこないのも薬の効果によるもの。人でなくなってしまったことも知っています。それでも私は、アナタを許すことができないのです」
「知っていて、なんでミカド製薬の言うことを聞くんですか。信じるんですか。本当にいけないのはミカド製薬だって、アナタだってわかっているでしょう」
「嫌だと言っても意味がない。私も主人も、こうするしかないんです」
「それはどういうことですか? 聞かせてはもらえませんか?」
彼女は俯いたまま、首を立てに振った。こんなに簡単に話してもらえるとは思わなかったが、危機回避のための細い糸は手繰り寄せることができた。
「私の家は貧しく、それは大人になっても変わりませんでした。両親の会社が倒産したのがすべての原因でしたが、私ではどうすることもできません。大きく膨れ上がった借金を返せるようなあてもなかった。そんな私でも人並みに恋をして、主人と出会いました。主人にはすべてを話し、彼にすべてを委ねたのです。でも彼は私を助けると言って聞きませんでした」
「借金ってどれくらいですか?」
「およそ一億。一般家庭が返せる額ではありませんでした。倒産によって父は仕事を失っているので、一般家庭よりも経済事情は申告でしたが」
「今もその一億は残ってるんですか?」
そう言いながら家の中を見渡す。そんな借金があって一軒家を建てるというのは不可能だ。それこそ宝くじでも当てない限り。