一話
今回もまた浮遊感がやってきた。変な感じはあるし少しくすぐった。それでいてこの浮遊感が終わったあとは安堵する。
瞼を開くと見慣れた天井が見えた。ようやく帰ってきたのだと胸をなでおろす。最初こそなにがなんだかわからなかったが、俺もなんとか順応できてきたということだろう。
横にはいつも通りにフレイアが寝ている。俺が中学のときに来ていたっジャージだ。
そういえば、一番最初は二人共鎧を着てたんだっけ。でもその後一度も「向こうの世界の服装」で帰ってきたことはない。なにか法則でもあるのか。
そうやって考えたところで答えが出るわけなんてない。とりあえず双葉の部屋に行ってみよう。
フレイアを起こさないようにベッドを出て、ドアの開閉にも気を遣った。
「おーい、双葉ー」
ドアをノックしながら小声で呼びかける。しかし返事はない。
全身を電気が駆け抜けるような感覚。不安、焦燥、後悔、そういったものがストレスとなって体を侵している証拠だった。
もしかして失敗したのかと、ドアを大きく開け放つ。
が、予想に反して双葉は気持ちよさそうに眠っていた。と、その横には優帆もいる。そういえば泊まりにきてたんだったな。
「じゅ、寿命が縮んだぞ……」
壁に寄りかかってそう言った。まあ何度も死んでるくせに寿命が縮むっていうのもおかしな話ではあるのだが。
双葉の部屋の壁掛け時計は朝の五時をさしていた。そりゃ寝てても当然か。
ゆっくりとドアを閉めてから階下に降りた。
トーストを焼いてコーヒーを淹れる。トーストにはバターを塗るだけで十分だ。
テレビをつけると、どこかの専門家が鼻の穴を大きくしながらなにかを熱弁していた。
テロップには「スイス、ブラックホールの人工製造、小型化に成功」と書いてあった。
『これは本当にすごいことですよ。ブラックホールというのは無尽蔵にエネルギーを作り出すとさえ言われていますからね。新たなエネルギー資源にも、十分なりうるでしょう』
キャスターと専門家の間にやりとりがなされ、画面が切り替わって「製造する大変さ」のようなドキュメンタリーが流れ始めた。
〈スイスではブラックホールの小型化に成功。同時にブラックホールを簡易的に作り出す方法にも着手する予定であると発表がありました。その裏側では――〉
でもぶっちゃけどうでもいい。理科とかあんま興味ないし。物理とかマジでわからん。双葉はこういうのめちゃくちゃ好きだったと思うし、どこかで目にしたら割と興奮しながら熱弁してくれるに違いない。
ニュース番組は占いやら芸能情報やらと切り替わっていく。それをぼーっと見つめながらトーストをいに押し込んでいった。
「おはよー」
と、後頭部を掻きながら現れたのはフレイアだった。
「おはよう、起きるの早いな」
「それはイツキも一緒でしょ。私にもトーストとコーヒーちょうだいー」
「今用意する」
「あと頭痛薬ー」
「やっぱり痛いか?」
「うん。たぶんハローワールドでこっちに戻ってくる時、一緒に死んでないとこうなるんだと思う。と言ってもあの時は四の五の言ってられなかったから仕方ないけど」
キッチンへ行き、トースターに食パン二枚を差し込む。その間にコーヒーを淹れて、レタスとハムを用意した。冷蔵庫からヨーグルトを取り出して、コーヒーと一緒にダイニングへ。
「ありがとうな」
コーヒーを差し出すと「なんのこれしき」と、歯を見せて笑ってくれた。
焼き上がったトーストの上にレタスとハムを乗せてフレイアの元へ。同時に頭痛薬と水も持っていった。
「そういえば前回、お前はこの時間なにをしてたんだ?」
もう一度イスに座り直した。
「六時前か……サルワタリが夜勤明けで帰るところだったから、自宅までついていって、自宅を突き止めたところだったかも。ちょっと仮眠したような気もするから、その辺りかな」
「仮眠ってどこで?」
「木の上とか?」
「見つかったらえらい騒ぎだ……。でもじゃあ時系列的には、本来お前はここにいちゃいけないのか」
「そうなるけど、どういう理屈でここにいるのかとかはまったくわからないよね。例えば私のことを監視していた人がいたとしたら、その人にとっては一瞬で私が消えたことにもなりかねない」
「それはそれでなんかヤバそうだな。二重尾行とかされてたら絶対になんか勘付かれそうだ」
「――ま、私を尾行するとか、普通の人間には千年早いけどね」
「だろうな」
「で、今日はどうするの? この時間に起きてたら、具合悪いから休みますは通用しないと思うけど?」
「いいや、問題ない」
俺がそう言うのと同時にリビングのドアが開いた。入ってきたのは双葉だった。フレイアが動じていないということは、降りてきたのが双葉だとわかっていたからだろう。
「おはよう、二人共早いんだね」
「まあ、いろいろあってな」
双葉にもトースト、ヨーグルト、コーヒーを出した。
「優帆はまだ起きないよな?」
アイツは寝起きがよくない。もう少し経たないと起きて来ないというのはわかっていた。
「もう少し寝てると思うよ。ゆうちゃん、いつも起きるの遅いから」
「ならアイツを言いくるめてくれ。俺は前回同様に休むから」
「今回も休むんだね」
「やらなきゃならないことがいっぱいあるからな。特に今回はなにも考えてないまま戻ってきちまった」
そう、ルイのことで頭がいっぱいでなにも考えつかなかったのだ。それでも一応、方向性だけは考えてあったので、それを行動に移すだけという感じではあるが。
「わかった。無理はしないようにね」
「ああ、たぶん大丈夫だ。それより聞きたいんだが、お前はどこまで覚えてる?」
「どこまでって、戻ってくる前のことだよね? 夜にお兄ちゃんと歩いていて、ルイさんが現れて……あれ? なんで戻ってきたの?」
「やっぱりそんな感じか、意識はなかったんだな」
時間はなかったので、かいつまんで異世界での出来事を話した。ルイに氷漬けにされたこと、ルイに勝たなければ双葉が殺されること、そして俺がルイに負け、フレイアに殺してもらったことなんかだ。
「そんなことが……」
「向こうの世界に戻った時にどうなってるかはわからない。戻ったら氷漬けのままなのか、それとも氷が解けているのか。どちらにせよルイには勝たなきゃいけないけど」
ルイに勝って、なんとしてでもデミウルゴスの情報を吐かせたい。なによりもアイツには償いをしてもらわなきゃならない。異世界に戻って双葉の氷が解けていたとしても、俺の気が済まないのだ。
「まあそんな感じだ。一度部屋に戻るけど、あとは頼んだぞ」
「うん、こっちの方は私に任せて」
微笑む双葉の頭に手を乗せて、優しく撫でてやった。




