十八話
サイドステップからの前進。この俺の動きを止めるために左拳が伸びてくる。これをもう一度額で受ける。今回はそこまで痛くない。
アドルフの足が一瞬止まった。そこをローキック。が、これは避けられてしまった。
見逃すはずがない。ここまで勝ち上がり、ルージュを倒した男が。
三回。これはこの一瞬で俺が食らった打撃の数だ。
顔色一つ変えず、キチンとこちらの動きに対応してくる。これがアドルフという男の戦い方であり、決定力に繋がる立ち回り方なんだ。
そんなやつに正面からいっても勝てるわけがない。そんなことは知ってるんだよ。だからこの三発だって織り込み済みだ。
昨日、寝る前にフレイアに言われたことがある。
「決して目をつむるな。決して怯むな。決して、攻めの姿勢を崩すな」
だから、前へ。
一瞬で食らった三発。なんで当たったのかアドルフもわかっているはずだ。
ローキックをしながら左足を前に出し、拳を引き、体勢を作っていたからだ。
「柔の呼吸」
引いた拳は程よい位置で固定、しかし止めることなく、流れるように、背筋を利用して拳を打ち出す。
「強打」
左足は緩く構えろ。右足はどっしりと。腰の捻りを使って、力の流れを感じるように。
「ダッキング」
身体を滑らせるようにして、この一撃に集中する。
「炎よ……!」
スローモーションのように、俺の拳がアドルフの腹部へと吸い込まれていった。
そして着弾。接触部分から小さな爆炎があがった。
アドルフの身体が吹っ飛んだ。でも彼も目を開けている。まだ終わりじゃない。
追いかけて追撃をかける。
「崩激掌!」
飛び込んで掌底で顔面を狙った。
「残念だ」
が、横から伸びてきた手によって掴まれた。
刹那、景色がぐるりと反転した。
気がつけば空を見上げていて、急いで体勢を立て直すが、今度は顔面に膝が飛んできた。
一番やっちゃいけないことだった。マズイのをもらったなと思いながらも距離を取る。
大きく息を吸い込み、深く息を吐いた。
「それで終わりかな。決め打ちにしちゃ、少し弱い気もするけれど」
膝が笑う。本当に嘲笑しているのかと思ってしまう。それほどまでに、ガクガクと震えていた。
アドルフがこちらへと歩いてくる。ゆったりとしたその動作は、勝利を確信しているようにも見えた。
「降参、してもいいと思うけどね」
眼の前で止まった。アドルフは普通に立っているのに、俺は身体を屈めているものだから、見上げる角度も最初の時よりも大きい。
「見下ろすのは楽しいかよ」
「楽しくはないよ。でも、そうだな、愉快かもしれない。俺の方が強いんだという証明にもなるからね」
「きゃーきゃー言われてるが、性根は腐ってたりすんのかな」
「かも、しれないね」
アドルフの足が振り上げられた。つま先が顔面へと向かってきた。
見えてるぜ、その攻撃。
ガツンと、顔面に衝撃が走った。同時に左腕を上げてズボンの裾を掴んだ。
顔を上げると、呆れ顔のアドルフが立っていた。
ズボンを引っ張る。でもこれはただ引っ張ったわけじゃない。これが最後の一手だ。
引っ張ったのは一瞬だけ、解こうとする力を感じた瞬間に手を離した。どれだけ桿体が強くても、逆側に放った力をコントロールするには時間を有する。
爆炎が俺の足から吹き出された。
「龍・顎・砕」
爆風によって飛び上がりつつ、アドルフの顎に向かってアッパーを放った。
感触は十分。しかし飛び上がり過ぎたせいで、空中で何回転かして地面に落ちた。一応受け身は取ったが、背中から落下したのはまずかったな。
上半身を起こしてアドルフを見た。膝に手をついて立ち上がろうとするところだった。身体は震えているが、このまま立たれるとかなり面倒だ。
でも俺だって限界なんだ。アドルフの攻撃は一発一発が重かったし、それを顔面で何度も受けたんだ。その後で強烈なボディももらった。
魔力を飛ばすような力も残ってない。元々魔力が低いっぽいし、爆風を何度か起こしただけで空っぽだ。
俺も同じように、膝に手をついて立ち上がる。
「このっ……!」
そう言いながら、アドルフがにじり寄ってきた。
「そりゃ俺のセリフだ」
深呼吸を一つ。コイツは強いけど、足りない物があるのはよくわかった。
距離が近づいた。アドルフの拳が振り上げられた。その拳は弱々しく、けれど食らったら倒れるだろう。
だから俺は――。
「お疲れさん。俺の勝ちだ」
倒れるようにして体重を前へ。そのままアドルフの腹へと肩をぶつけた。
「これで、終わりにしてやるよ」
右足を、アドルフの両足の間にねじ込む。背中に腕を回し、力を込めてやつの身体を持ち上げた。
一度持ち上がれば、あとはコイツの体重が全部やってくれる。
ふわっという感覚が一瞬だけ。あとは後ろに倒れ込むだけだった。
背中から倒れ込めば、アドルフは顔面から地面に突っ込むって寸法だ。最後はプロレスみたいになってしまったが、まあこれでも勝ちは勝ちだろ。
四つん這いになってヤツを見れば見事に目を回していた。
「悪いな。こんな無様な勝ち方で」
『勝者! イツキ選手!』
その言葉を聞いた瞬間に意識が飛んだ。
最後に見たのは、三人の女の子が駆け寄ってくるところだった。




