十七話
あれから眠るまでヒーリングをかけてもらったが、朝になっても目は治らなかった。治ってくれれば楽だったのだが、耳が治ってくれただけよかったとしよう。
コロシアムに到着して控室に案内された。フレイアとメリルもついてきた。それともう一人、なぜかルージュもついてきた。
「いやいや、おかしいでしょ。なんでいるの」
と、フレイアが俺を睨めつけてきた。
「俺に訊かれても困るが?」
そう言いながらルージュを見た。
「いちゃ悪い?」
「悪いわけじゃないけどここにいる理由がわからん」
「私もアドルフには負けている。応援だと思え」
「そう言われましても」
フレイアとメリルの視線が痛いんだよな、これが。
「言い忘れたことがあったから来た、というのが本音だ」
「言い忘れたことってなんだよ。言われてすぐ実行できるほど俺は器用じゃないぞ」
「そういうんじゃない。アドルフは今までの試合で魔法を使ったことがない。それがなにを意味してるか、それはお前が考えろ」
「それって――」
「イツキさん、準決勝が始まりますのでこちらへ」
案内係の女性に言われ、仕方なく控室をあとにした。まだ心の準備もできていないというのに。ルージュが言ってたことさえも飲み込めていないのだ。
「イツキ!」
後ろからフレイアに声をかけられた。振り向くと、フレイアがドヤ顔で親指を立てていた。なので、俺もドヤ顔で親指を立てた。
会場の入口へとやってきた。指を胸の前で組んで深呼吸を一つ。
俺は万全の態勢とは言い難い。怪我は治ってないし、気持ちだってまだ整っていないのだ。それでもやらなきゃならないんだ。相手は格上だが、それでも負けたいと思ってここにいるわけじゃない。
「待ってろよルイ」
足を踏み出し、会場の中央へと歩いていった。
中央でアドルフと向き合う。身長が高いせいで見上げるような形になる。なによりも昨日より黄色い悲鳴が大きい気がする。たぶん気のせいじゃないな。
『それでは準決勝! はじめ!』
同時に重心が沈んだ。でも意味合いが違う。俺は攻めるために、アドルフは受けるために。それは、重心を下げた上で体勢をやや後ろに傾けたところからもわかる。逆に俺はやや前のめりになった。
しかし、そこで動きが止まる。
今攻めれば間違いなくカウンターをもらう。そんな気がしたから、身体が反射的に動きを止めたのだ。
胸の前で両手を広げているアドルフ。あそこには飛び込めない。両手足が自由で、なおかつ待たれていることがわかっているからだ。
彼もまた、こちらの動向を伺っている最中という感じだった。けれど視線は動かさず、一直線に俺の瞳を射抜いていた。
それもまた、動けない理由の一つでもあった。
瞳を動かせば反応してくる。そうなれば俺は後手に回ることになるはずで、防戦一方になる可能性が高い。
攻めろ。攻められる前に攻めるんだ。
短く息を吐き、つま先に力を入れる。身体を前に傾けて、体重を推進力に。一気に、前へ。
左のジャブで顔面への牽制。これは当たっても当たらなくてもいい。相手を動かすための攻撃であるから攻撃力の有無は関係なかった。
アドルフはジャブを左に避けた。だがそれと同時に左のリバーブローが飛んでくる。それを受けるため、俺は右の肘を突き出した。
が、気がつけば俺は右の方向へと吹き飛ばされていた。
横滑りしながらも踏ん張って耐えた。
左のリバーは囮で、本命は右の掌底。それが俺の肩をぶち抜いた。アドルフの体勢が崩れていなければかなりヤバかった。
臆するな、怯むな。
もう一度接近。懐へと飛び込んでいく。先ほどと同じような体勢での密着。今度はアドルフから仕掛けてきた。
なんの捻りもない実直な右ストレート。この人には悪あがきなんて通用しないだろう。
選択肢は限られてくる。避ける、防ぐ、受け入れる。
時に、一番苦しい選択肢が、一番楽な結果をもたらすことがある。
顎を引き、額を突き出す。そして右ストレートを頭で受ける。
脳みそが揺さぶられるような感覚。けれど首に目一杯力を入れていたのでダメージは最小限のはずだ。
ほらみろ、アドルフもちょっとだけ驚いてる。
受けるという選択肢を選んだ瞬間、俺の腕は勝手に動いていた。相手の右腕を砕くという使命をまっとうするため、俺の左拳が打ち上がる。
伸び切った腕の下から、俺の左アッパーがヒットした。
砕くというところまではいかなかったが、確実にダメージには繋がったはずだ。
二人の間に距離が空いた。最低でも二メートル。距離を詰めることは簡単だが、今のような攻防が続いて勝てるとは思えない。それは経験値の差とでも言えばいいのか、時間をかければかけるほど不利になる。と思ったからだ。
「まさか受けに来るとは思わなかったよ」
「そりゃどうも。右腕の調子はどうだい?」
「そこそこ痛むね」
右腕を上げた。本当に多少のダメージにかならなかったか。力をかけられる場面でもなかったし仕方ない。
飛び込んではいなされ、避けられ、防御され。けれど決定打だけは与えない。逆を言えばこちらもまともな攻撃をさせてもらえなかった。
守りは固く、けれど攻撃も鋭い。クリーンヒットなんてした日には一発でおしまいだ。
アドルフの方がレベルが高く、おそらく同レベルであってもあちらの方が攻撃力が高いだろう。あの身長、あの筋力だ。俺が勝っている部分なんてないに等しい。
拳だけじゃなく、足技もかなりのものだ。ローキック一つとっても、ちゃんと踏ん張ってないと転んでしまいそうになる。
何度目になるだろうか。俺のバックステップによって距離ができた。
アドルフが両拳を握り込んだ。今までとは違う攻めの姿勢だ。
さっきは受けに回ったが、これ以上受けに回ったら負けを認めているようなものだ。
回避も防御も、俺にはそこまでの技術はない。
ただし、当たっちゃマズイ部分だけ気をつければ大丈夫なはずだ。
守るべきは目、鼻、顎、胸、肝臓、関節だろうか。顔への強打は出血しやすい上、相手の行動を監視しづらくなる。胸や肝臓へはダメージの蓄積が動きに直結する。関節が攻撃ができなくなる。
アドルフが動いた。狙うのはカウンターだが、そう簡単にやらせてくれるかどうか。
眼の前まで接近してからの左へのサイドステップ。目で追うな、そんなことをしたら右サイドステップで切り返される。
最善の策はこちらもステップでついていくこと。これはフレイアとの模擬戦でよくやられたやつだ。
そうだ、俺はコイツよりも強い人と模擬戦を繰り返してきた。昨日今日の話じゃない。
俺は負けるわけにはいかないんだよ。意地とかそういうのはどうでもいいんだ。やらなきゃならないんだ。




