十六話
彼女たち二人の怒りは、宿屋に戻っても続いていた。なんで怒っていたのかというと「誰にでも優しくしすぎる」という理由だった。言いたいことも言えないこんな世の中で、他人に優しくするくらいはいいじゃないか。
風呂に入って食事をとり、部屋に戻ってきた。ここで明日のために運動しておくのも悪くない。しかし俺はまだ全快ではない。
部屋でやることは一つ。みんなにヒーリングをかけてもらうこと。それだけだ。
フレイアが顔を、メリルが全身を癒やしてくれる。その間に明日の対戦相手の情報を整理することにした。
名前はアドルフ=ジャレット。長身ではあるが無駄な筋肉がついていない、スマートな体型だった。それでいて必要な筋肉はついているから、フィジカル自体はかなり強いんだと思う。今日アドルフが戦った相手には、明らかに力で押してくるような巨大なやつもいた。でも、アドルフは体当たりに対しても力負けしてなかった。エンハンスの練度がめちゃくちゃ高いだけかもしれないけど。
なによりもいけ好かないのは顔がめちゃくちゃいいこと。あれは男でも「ほぅ……」と言いたくなるほど美形だ。それでいて強いとか勘弁して欲しい。
「アドルフのこと、考えてるの?」
フレイアが穏やかな表情でそう言った。
「よくわかったな」
「難しそうな顔してたからね。どっちかというと気に食わないって顔だけど」
「まあそうだな、気に食わないな。特にあの面」
「かっこよかったよねー。鼻は高いし、堀は深いけどガッツリって感じじゃないし。顎も細いし目はぱっちり。イツキにはない部分だよねー」
「おいやめろ、憎しみで凹みそうだ」
「冗談冗談。イツキにはイツキの良さがあるよ」
「そんな純粋な目で見ないで……」
両手で顔を覆いながら「惚れてまうやろ」と呟いた。満面の笑みで言われたら誰だって心が持っていかれる。ちょろいと言われても構わないって思うだろう。そう、男なら誰だってそうだ。
「アドルフのレベルは98。イツキのレベルは、昨日今日の戦闘で82になった。覆せないほどのレベル差ではないけど、アドルフだって手加減はしてくれないでしょうね」
「ルージュを相手にしていた時ほど考えることは多くはないと思うんだ。アドルフはスタンダードなタイプに見えたし」
「スタンダードな戦闘スタイルってことは、打ち崩すのが難しいっていうことになる。無理矢理崩そうとすればリスクが増える。スタンダードなタイプには、スタンダードに上から叩くしかない。というのが通説」
「なんだよ通説って」
「技量で相手を上回れってこと。まあ、イツキには無理そうだけど」
「知ってるよ! だから対策を考えてるの!」
その時、ドアが四回ノックされた。
「はい、どうぞ」
ドアが開いて入ってきたのは、今日俺と戦ったルージュだった。
「すまんな、治療中に」
「いやそれはいいんだけど、どうしたんだよこんなところに。仇討ちか……?」
「そ、そんなことをするような卑怯な人間ではない!」
戦っている時はわからなかったが、たぶんこの子はいじられキャラだ。間違いない。
「ごめんごめん。で、どうしたんだよ。再戦ならノーセンキューだぞ。次やったら絶対勝てない」
「やけに自信がないんだな。どちらかというと自信過剰なくらいかと思っていたが」
「んなわけあるか。自分よりレベルが高くて戦い慣れるような相手だぞ? 元々勝てると思ってやってない。一発勝負でだけ生きるような戦法を選んでるんだよ」
「なるほどな。じゃあ次は大会が終わった後だな」
「まあ、時間があったらな」
「で、ここに来た理由なんだがな、次の対戦についての話だ」
「次って俺の対戦か?」
「そうだ。相手はあのアドルフだからな」
「あのってどういうこと? 有名人?」
「アドルフは今回で十回目の出場になる。ただ優勝は一度もない。なんというか、この大会に出るためにレベル調整をしてるようなヤツだからな」
「あの爽やかからは想像できない情報きちゃったな……」
「この大会は、大会中にレベルが上がっても棄権になる。だからレベル98で止めてるんだ。もう意地なんだろうな、ここまで来ると。でもそれも今回で終わりだ。終わりだから一層気合が入っている」
「俺よりも高レベルで場馴れしててイケメン。勝てる要素がないじゃないか……」
「それでいて今までのような戦い方は通用しないぞ。一度だけの勝利のため、リスキーな戦い方をしても勝てないだろうな。そのリスクを軽快に踏み抜いてくるのがアドルフという男だ」
「その口調だと戦ったことあるのか」
「一度だけ。二年前だな。まあ私は負けたんだが、インファイトに持ち込んでもいなされるだけ。距離をとってもちゃんとついてくる。面倒なヤツだったよ」
「距離を詰めてもだめ、距離をとってもだめ。じゃあどうしたらいいんだよ」
ルージュは「ふむ」と言って顎に指を当てた。
「気力、しかないだろうな」
「お前助言しに来たっぽいこと言っておいて最終的な着陸地点が精神論かよ。救えねぇな」
「だまれだまれ! 年上の言うことはちゃんと聞いておくものだぞ!」
「年、上……?」
「私は今年で二十二歳だ」
「この、身長で……?」
「身長より先に胸を見て言うんじゃない! 悪かったな貧相で!」
喚くルージュ。頭を叩かれる俺。ちなみに俺の頭を叩いたのはフレイアとメリルだ。顔を見てみたが頬を膨らませている。これはまた説教だな。間違いない。
「で、年上のお姉さんは精神論を語りにきたんですか」
「なんなんだいきなり真面目になって……。アドルフの弱点を教えてやろうと思ったのに」
「それを早く言ってくださいよ姉御。一生ついていきます」
「手のひら返しが酷い。もっと上手くやれ」
「そういうのいいから、弱点早く教えてくれ」
「現金な男だな。まあ隠すことでもないから言うが、アイツは戦い方が丁寧すぎるんだ。狙いは完璧だが、攻撃する場所には視線を向けるし、フェイントに関してはすぐに視線を反らす。だから狙いも分かりやすい。防御も回避も難しくはないんだ」
「そんなクソみたいな弱点がわかってても倒せなかったのかよ」
「ああそうだ。なぜなら、その他の精度があまりにも高すぎるからだ。狙いが分かっているから防御をする。でも攻撃力が高いからこちらも次の行動に移行するのが遅くなる。回避をしても、それを見てからすぐに次の手を打ってくる。言っただろう、距離をとってもついてくるんだよ。身体能力が高く、かつ意識力が高いんだ。いろんなことを意識して戦っている。それゆえにスタンダードに強いんだ」
「勝ち目ねーじゃん。終わってんじゃん」
「それがそうでもない。つまるところお前がその精度の上をいけばいいわけだ」
「一長一短じゃできないじゃん」
「なんでもかんでもできないって言うな。やるんだよ。必要なのは意識だ。意識しろ。相手はこうくるかもしれない。こうしたらこう反応してくるかもしれない。そういうことを常に意識しろ。一日でアイツのレベルを上回ることはできないんだから」
ルージュはそれだけ言うと、背を向けてため息をついた。
「それじゃあ私は帰るから。私に勝ったんだからアドルフにも勝ってちょうだい。せっかくなんだし、できないとは言わないでやってみなさいよ」
彼女は「それじゃあね」と言って出ていってしまった。難しい人なんだと思うが、優しい人であるのは間違いなかった。
「話は終わったかな?」
ニコニコしながら、フレイアとメリルが顔を覗き込んできた。俺は無言で立ち上がり、床に正座した。
この笑顔がお説教タイムの始まりだということは、今までの経験でよくわかっていた。
結局、一時間以上お説教された。体は癒やされていくのに心が削られていく。いや、これさえもご褒美だと思えば心も癒やされていくのでは。
そんなことを考えながら、俺は正座し続けた。




