八話
反対側の門に近づくにつれ、門の前の人だかりがどんどんと大きくなってきた。
到着すると、雑談に混じって大声が聞こえてきた。怒鳴り声からすると口喧嘩なんだろう。この人の群れは町の人間じゃない。牛車や馬車を連れた行商人がほとんどだ。仲違いが起きてもおかしくはない。
「どうしたんだ?」
最後尾の行商人に声をかけた。小太りの中年男性だ。指輪とか腕輪とかネックレスとかピアスとかいろいろジャラジャラつけてる。成金って言葉がよく似合う。
「いやね、森を抜けたいんだけど軍警が警備をしてくれないのさ」
「それはおかしくないか? それも軍警の仕事だろ?」
「いやなんかな、軍警が警備をしないというか、軍警がそもそもいないんだよ。どうやら国からの配給が途絶えたとかで」
「飯を食いに他の町へ、ってことでいいのか」
「それだけじゃないさ。消耗品の全てが配給によるものなんだ。この辺は水の質も悪いから、生活に必要な水や食料、薬やティッシュも当然。酒やタバコなんていう趣向品なんかも流通しない」
「金も、か」
「そういうこった。駐留している軍警が全員で他の町にいっちまったんだ。まあそれだけならいいんだが、森に大きな熊が出たらしい。冒険者なら問題ないかもしれないが、俺たちみたいな商人じゃあねぇ……」
商人は顎に指を当てて片方の眉根を下げた。行商人がここを通過できなければ商売にならない。普通の町ならこんなことにはならないだろうけど、そもそもメイクールは客がいない。金がない。特産品なんかもなさそうだし、逗留したところでデメリットしかない。
だが、今はこの町に留まるという選択肢しか与えられない。
「それなら冒険者と一緒に行けばいいんじゃない?」
俺が思考を巡らせていると、フレイアが小さくそう言った。確かにそれならばなんの問題もない。普通の動物なら、いくら凶暴でもモンスターよりは弱いだろう。
「それがな、こういう時に限って冒険者が少ないんだ。一番前の商人くらいならなんとかなるだろうけど、商人に対して冒険者の数が合わない」
「親切な人に何度か往復してもらうとか?」
と、俺が言うと、商人は首を横に振った。
「そんなヤツはいない。少なくともこの町には。往復してくれるヤツがいたとしても、俺たち商人は金を要求されるだけだよ。しかも多額のね」
「そんなこと――」
俺が「そんなこと、やってみなきゃわからないだろ」と言おうとした時、フレイアに口を抑えられた。小さくてちょっと冷たい彼女の手が、俺の唇に触れている。
「それならばここに泊まるしかないと思う」
「夕方まで待ってみても軍警が来ないようなら、ここの宿屋に泊まることにするよ」
「うん、そうした方がいいと思う。行こう、イツキ」
手が離れた。今度は手を握られた。彼女はどうしてこういうことを自然にやってしまうのか。男にとってそれがどういう気持ちを誘発するのかわかってない、みたいな感じに見える。
グイグイと引っ張られる。俺よりもレベルが高い、つまり力が強い。そりゃ身体ももってかれるわけだ。
でも問題なのは引っ張られることじゃない。まったく逆方向へと進んでるのが問題なんだ。
「おい待て待て」
手を振りほどいて足を止めさせた。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃねーだろ。なんで来た道を戻るんだ? 前に進むなら向こうだろ?」
牛車や馬車の群れが並ぶその先を指差す。しかし、フレイアは納得がいかないという顔をした。
「おかしい」
「おかしいって、なにが?」
「私たちが来た門、南門は開いていた。でも向こうの北門は閉まっている。門は軍警が管理しているから、どちらかが開けば両方開いているのが普通。私がメイクールを最後に通ったのは十日前、その時はなんともなかったからその後で軍警が撤退していった」
「でも門が開いてるってことは数日前にってことはないだろ。今日昨日の話になる」
「まあ、それでも私たちには関係ない。防壁を登って上を歩く」
「いやいや唐突すぎるでしょ。森の中を行くとか方法はいくらでもあるだろうし」
「カラナ森林の別名は迷いの森。一度入ったら最後と言う人もいるくらい。だから皆メイクールを通るの」
「なぜそんなところに町を作ったのか。それに迷いの森なら、メイクールから出るには少し森の中を歩かなきゃいけないんだろ?」
「後ろも前も木ばっかり、みたいな状況にならなければ大丈夫みたい。知人に迷いの森に入って出てきた人がいる」
「お前の知人っていろいろとヤバそうだな……」
俺がそう言った時、フレイアはハッとしたように南門の方を見た。
「門が、閉まっていく」
「軍警の管轄じゃなかったのかよ……」
「やっぱりおかしい。異常事態と言わざるをえないわ」
もう一度手を握られた。彼女にとっての全力なのか、物凄い速度で風を切っていく。身体能力に差があるんだから勘弁して欲しい。
あっという間に東側の防壁にたどり着いた。だがどうにも様子がおかしい。壁が若干光っている。
「壁の向こうから障壁系の魔法でも使われているとみるべきか。この町を大きな魔法陣が覆っているのかも」
「冷静に分析してていいのかよ。これ、結構ヤバイ感じなんじゃないのか?」
「なによりも分析と理解は必要よ。この感じだとメイクール全部が魔法で覆われてると思っていいだろう」
「なあ、魔法ってそんなに広範囲に展開できるもんなのか?」
「できないことはない。でも、それができるのはきっと魔女クラスだし、魔女でないのなら数多くの人員が必要になる」
「じゃあ人数さえいれば、こんな大きな町を覆うこともできるってことか。つか魔女ってなに? その言い方だとめちゃくちゃ強いの?」
「魔女とはジョブの一つだ。けれど、その席は四つしかない。魔法を主体とする基本ジョブ、応用ジョブを全て取得。なおかつ魔法を全部取得。その上で特定のジョブとそのジョブに関するアビリティ全取得。で、魔女継承の儀を行うことで魔女になれる」
「あー、頑張ってもどうにもならないやつじゃんそれ……」
「うん、条件を満たした上で魔女に見初められないといけないから。東の魔女アリサ=ドウエン、西の魔女クラウダ=ラシュフォード、北の魔女セラ=アンノーン、南の魔女ナンナ=エシュワール。覚えなくてもいいけど、覚えておいたほうがこの先苦労しないかもね」
「俺とは別次元の存在だな。それは置いておいて、今はこの状況をなんとかしようか」
「なんとかすると言われても、ね」
フレイアにつられて空を見上げた。防壁の外から黒い布みたいなものがせり上がってきた。メイクールの中央へと向かっていき、数分と待たずに町を完全に覆ってしまった。
黒一色の町に怒号や悲鳴が響き渡る。特に目が慣れていないのでパニックを起こしているのだろう。
どうしようかと腕を組んだ時、目の前に光が灯った。フレイアが魔法で光の玉を作ったのだ。ちょうどこぶし大くらいの大きさだ。