十話
全試合が終わり、俺たちは宿屋に戻った。暗くなるにはまだ少し時間がありそうだ。
フレイア、メリル、双葉とともに昨日と同じ場所へと向かった。
やることは昨日と変わらない。イコールボコボコにされるということ。俺よりも高レベルの二人が相手なのだ、当然と言えば当然である。
レベルは一つだけ上がった。モンスターと戦った時よりもレベルの上がり方が悪い。人と戦うからなのか、知り合いと戦うからなのかはわからないが、レベル上げには向かないみたいだ。
「いやー、違うんだよ。こうじゃねーんだ」
仰向けに寝転がってそう言った。
そう、俺がやりたいのはルイの対策であって、ただただボコボコにされたいわけじゃねーんだ。
「仕方ないんじゃない? 対策もなにもすぐに終わっちゃったんだし」
「それもう何も言えねーじゃねーか」
「今はとりあえず速さに慣れることじゃないかな。ルイは膂力でガンガン来るっていうタイプじゃないし、私とメリルの速度に慣れればなんとかなるんじゃない?」
「そういうもんなんかね」
「私はそう思うけどね。私はそろそろ帰ろうと思うけど、イツキはどうする?」
「もうちょっと休んでく。さすがに立てないわ」
「そ。じゃあ双葉とメリルは?」
フレイアが二人に向き直る。
「私はお兄ちゃんと一緒に帰ろうかな」
「じゃあ、私はフレイアさんと帰ろうと思います。ゲーニッツさんに頼まれてたこともあるので」
「じゃあ行こうかメリル。イツキとフタバは遅くならないようにね」
そう言って、二人はテルバの方へと戻っていった。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫じゃないです」
双葉がしゃがみこんで、俺にヒーリングをかけてくれた。腕、脚、腹と、手が当てられた部分が温かくなって痛みが引いていった。痛みが引いていくのと同時に、少しずつ眠気がやってきた。温かいのもそうだが、朝早くに起きて、戦って、観戦して、最終的にはボコボコにされて、眠くなるのも仕方がない。
それから少しストレッチをして立ち上がった。まだ身体は痛む。でも日が落ちて暗くなり始めてきている。俺はいいが、双葉は早く帰さなければ。
「ありがとうな。これ以上暗くなる前に帰るか」
「そうだね、フレイアさんたちも心配するだろうし」
森の中を歩いてテルバへ。こうやって二人だけで歩くことも久しい。
「最近はどうだ、上手くやれてるか?」
「なにそれ、話すことがない親子みたいな入り」
クスクスと双葉が笑う。
「言い得て妙だな。でもほら、環境が違う場所で長くいるわけだろ? 体調とかもそうだし、精神的に不安定になってないかなってお兄ちゃん気になってるわけだよ」
「うーん、特に問題はないかな。フレイアさんも優しいし、他の人たちも優しいし。お兄ちゃんはまだ弱いかもしてないけど、仲間が強いとそんなの気にならないしね」
「すげーボディブローきたなおい」
「でも本当のことでしょ」
「うーす」
この感じでいくと、俺は自分の尊厳を守るために強くならねばいけないらしい。
でも、双葉が上手くやれてるなら問題ない。この世界に引き込んだのはたぶん俺だし、俺のせいで双葉が傷つくのだけは避けたい。もう無理な部分はあるけど、避けられる部分は極力避けたいのだ。
その時、右側の茂みが揺れた。
目端で捉えつつ、双葉を守るように立ちはだかる。
「そう身構えないで欲しいですね」
茂みから出てきたのはルイだった。
「お前かよ、ビビらせんなって……」
「こんなところで危ない人なんてそんなに現れませんよ。そんなに、ね」
一陣の風が駆け抜けた。俺の脇をすり抜けた風は、距離を取って数メートル先へ。
「なにしてんだよ、ルイ」
腕で双葉の首を締めているルイが、いやらしくニヤリと笑った。
「なにって、見てわかるでしょう? キミの妹を人質に取ってるんですよ」
「人質ってなんのだよ」
「ボクはね、キミと真剣勝負がしたいんですよ。そのためにはやっぱり、大事なものを奪いのが一番かなと思いまして」
「そんなことしなくても真剣勝負くらいならしてやるよ。だから双葉を離せ」
ルイはぐいっと、腕に一層力を込めた。苦しそうな双葉が、更に顔を歪めた。
「口約束は好きじゃないですよね」
「双葉を――」
一瞬で脚部を強化、ルイへと駆けていった。
「いい目をするね」
が、サラッと躱されてしまった。
「てめぇ!」
「だから彼女は人質です」
ルイが双葉の身体を離す。双葉の周囲の空気がキラキラと光り、次の瞬間には双葉が氷漬けになっていた。全身を包む厚い氷。驚いた表情のまま、双葉は氷の中で止まっていた。
氷の塊がゴロンと地面に転がった。
「ボクのAスキル、フローズンクローズ。溶けない氷で対象を包むことができる能力です」
「今すぐ元に戻せ!」
「それはできません。元に戻すのは、キミがボクに勝った時だけです。ちなみに言っておきますが、無理矢理氷を解かそうと思っても無理ですよ。解けない氷なので壊すしかない。でも壊せば砕ける。ボクにしか解除できないんですよ」
こんなふうに無理矢理勝負をしかけてくるとは思わなかった。
「もしも俺が負けたらどうするつもりだ」
「この氷はボクの意思によって、解かすことも砕くこともできるんですよ。当然、キミが負けたら砕きます。中にいるフタバさんは死んでしまいますね」
「俺が勝った場合、氷を解かしてくれるって保証もないじゃねーか」
「そのへんはちゃんとしますよ。言ったでしょう? 真剣勝負がしたいだけなんですよ。この氷は差し上げます。ボクと戦うまで、大事に保管しておいてくださいね」
俺に背を向けて歩き出した。後ろから強襲するということも考えたが、この状況でそれを考えないようなヤツじゃないと思った。
「ああそうだ。キミの仲間たちを使って、解除を強要するのも反則ですからね。そうなったら一瞬で砕きますから」
そう言い残し、ルイはテルバの方向へと消えていった。
地面に転がる氷の塊を見下ろした。
しゃがみこんで抱きしめる。冷たいが、氷というにはそこまででもない。
考えることはいろいろある。双葉にも謝っても謝りきれない。でも、今ここで謝ったところで返事は返ってこないのだ。
フレイアたちに協力してルイに解除をけしかけることはできないが、相談することはできる。
悲観するのはもうやめよう。謝るならルイに勝ったあとだ。そしてルイを倒すならフレイアたちの力は必要不可欠。
そして最終手段は、フレイアにまた殺してもらうことだ。そうすればすべて水に流れて、また今日からやり直せる。
深呼吸を一つして、双葉を抱きかかえて立ち上がった。何倍あるんだろうかと考えながら、氷の塊を抱えたまま脚を動かした。
宿に戻って二階へ。フレイアが部屋から出てくるところだった。
「イツキ、それ、どうしたの……?」
「説明は全員がいるところでする。全員集めてもらえるか?」
フレイアは目を閉じ、やや間を置いてから「わかった」と言った。そして、ライセンスを使って全員を呼び出した。
その間、俺は氷の塊を抱きしめることしかできなかった。




