六話
「レベル77か……ギリギリって感じかなー」
「なにがギリギリ?」
「この大会はレベル100以上の出場は禁止、だからレベル99までしか出ることができない。で、イツキのレベルが77。レベル差20くらいなら、搦め手と戦略で勝ちは拾える。特に一発勝負なら尚楽になる。でもレベル差が20を超えると途端に難しくなるんだよ。搦め手を使う前に力でねじ伏せられてしまうというかなんというか」
「だからギリギリ勝てるか勝てないかってことなのか」
「そういうこと。テルバについてから模擬戦をするなりダンジョンに潜るなりして、最低でもレベル80にすればぐっと優勝に近づくけど」
「なら模擬戦頼むわ」
「おっけー。勝つ気なんだね」
「やるからには優勝だろ。俺も試したいこといろいろあるからな」
結局、メリルを救う時には戦闘がなかった。戦闘に関しての構想はあるけど、それを発揮する場面がなかったのだ。
「メリルと双葉ちゃんはどうする?」
「私は見送らせてもらおうかな、と思ってます。その、観客席で応援をしていたいので……」
「私はまだレベルが低いし、殴り合ったりっていうのが苦手だからやめておこうかなって思います。それと私も応援の方が性に合っているというか……」
「なるほど、うんうん、いいことだ」
フレイアが何度も頷きながら俺の方をチラチラと見てくる。なんなんだよいったい。
「じゃあテルバについたらイツキを鍛えるか。その時はメリルもよろしくね」
「はい、それくらいなら問題ありません」
「双葉ちゃんも一緒についてきてくれるとありがたいかな」
「私にできることってありますか?」
「イツキの傷を治す」
「あー……はい、わかりました」
女性陣はこれからの方向性が決定したらしい。俺はどれだけボコボコにされて、どれだけ治療されれば明日を迎えられるのだろう。
そうこうしているうちに霧の森を抜けることができた。黙々と歩き続けたゲーニッツには感謝をしておこう。
森を抜ければテルバがすぐ近くにあった。近いと言ってもまだ数分は歩かなきゃならなそうだけど。
テルバは大きく、距離が離れていても見える。そのせいで近くに感じるというのもあるだろう。
雑談をしながら歩けばあっという間だ。
「ありがとうございました! この恩はどこかで返させてもらいますね!」
ルイが去り際にこちらを見た。細い目の奥で、黒い瞳がキラリと光る。口を弧に歪め、笑っているようにも見えた。
流通都市テルバと呼ばれるその都市は、今まで見てきた町からは想像できないほどに賑やかだった。馬車や牛車だけじゃない、白黒写真でしか見たことがないような超旧式の車やバイクなんかも走っていた。乗っているのはスーツ姿のオジサマやオバサマたちなので、相当な高級品なのだろうと想像に難しくない。
都市の中央には大きなドーム。あれがコロシアムと呼ばれる場所で、普段は賭け試合などが行われているという。
年長者組に宿の予約を任せ、俺たちはコロシアムに向かった。そう、明日から行われる武道大会のエントリーだ。年長者組は宿の予約をしてから、次に船の予約をしに行くらしい。俺たちはエントリーを済ませてから観光をすることにした。
コロシアムにはたくさんの人がひしめき合っていた。これ全員がエントリーするのか、と考えると少し頭が痛い。
エントリーはこちら、という看板が見えた。看板を掲げるバニーガールのところに行くと、順番待ちを促された。
最後尾に並び「バニーガール……?」と言いそうになるのをぐっと堪えた。
「これ全員参加とか、大会の期間とか大丈夫なのかよ」
「その心配はいらないよ。一次予選で十分の一以下まで落とされるから。そこから五人一組でバトルロイヤルが二次予選、その後でようやく本戦。本戦からは一対一のトーナメントって感じだね」
「予選を超えられるかどうかがわからなくなってきたぞ……」
「大体はコロシアムの地下にある地下迷宮にあるアイテムを取ってこいとかだけどね。先着で人員を絞る。バトルロイヤルは純粋に力が強い人が上るからなんとも言えないかなー。周りと協力するのもありだけど、裏切られたら終わりだしね」
「武器の使用は禁止、魔法も下級しか使えないから、身体強化でのゴリ押しが一番早いのか。毒とかも使えないよな」
「使えないね。本当に肉弾戦メインになると思う。だから魔術師とかも相当不利。まあ、そうだな、あんまり気負わない方がいいよ。力が正義、みたいな大会だから」
「それ言われると元も子もないな……」
列が少しずつ進み、ようやく俺の番が回ってきた。
ライセンスを見せて、名前を書いて、親指で拇印を押して、注意事項などが書かれた紙を渡されて終わり。待った割には思いの外早く終わってしまった。
武器の使用禁止などはルイが言っていた通りだし、注意事項なんかは「まあこれは常識の範囲だよね?」みたいな感じだった。
どうやらこれは一次予選用らしい。勝ち抜けば二次予選用、本戦用と注意事項が配られるようだ。
一次予選は、フレイアが言っていたように地下迷宮に潜るという内容だった。モンスターを倒してクリスタルを持って来いという内容。それだけじゃなく、地下五階に設置されているスタンプ台で、この紙にスタンプを押してこいと。
先着百名が通過。ちなみに参加人数はニ千人を超えていると書いてある。しょっぱなから結構辛い内容だ。
朝七時集合、一次予選はお昼まで行われ、一時からは勝ち抜いた者たちでバトルロイヤル。一日目が終わるのは午後六時予定とのことだ。一日で予選を終わらせちゃうのすごいな。
なぜかと言えば、俺はこの大会が始めてだから、地下迷宮に関しては手探りなのだ。手練の人たちについていくという手段もあるが、それだとモンスターが倒せない。対策を練らないとダメかもしれない。
もと来た道を戻って、噴水の前にやってきた。ゲーニッツからの連絡はまだない。
「ノド乾いちゃったね。なにか買ってくるよ。なにがいい?」
「それなら俺が行くけど?」
「一応怪我人でしょ?」
「お前だって病み上がりだろうが」
「私は大丈夫だって。ほらほら、なにがいいか言いなさいって」
押し問答してても一時間くらい続きそうだ。ここはフレイアの好意に甘えよう。俺よりもお金持ってるだろうしな。
俺がグレープ、双葉がオレンジ、メリルがアイスコーヒーを頼んだ。
「おや、イツキくんじゃないですか」
フレイアが人混みに紛れてすぐ、後ろから声を掛けられた。
「ルイか。エントリーは済ませたのか?」
「うん、済ませたよ。さっきコロシアムのところでも見たけど、やっぱりイツキくんも出るんだね」
「俺も自分の実力を試したいからな。他の連中は高レベルだったり興味がなかったりだから出るのは俺だけなんだ」
「そうなんだね。予選、頑張ろうね」
「ああ、お互いにな」
去り際に、また黒い瞳が光った。悪いやつには思えないがなにかが引っかかる。なにを考えているのかがわからない。頑張ろうと本心で言っているのか、含みがあるのかさえもわからなかった。
「お待たせー」
そこでフレイアが戻ってきた。紙で作られたお盆に乗せられた紙カップが四つ。ベンチに座って小休憩を取った。




