五話
そんなことをしているうちにゲーニッツたちが遠ざかっていた。俺たちはその背中を追って、霧の森へと足を踏み入れた。
霧の森という割には、まったく霧は出ていなかった。気候にもよるのだろうか。
「歩きながらでいいので、少し訊いてもらえますか?」
メリルが口を開いた。おそらくデミウルゴスについての話だろう。
「おう、言ってみろ」
「ありがとうございます。デミウルゴスについての情報を話しておいた方がいいと思ったのですが、実は私はそこまで知りません。なので、知っている限りを話そうと思います。デミウルゴスには五人の幹部がいることをご存知ですか?」
「ええ、それは知っているわ」
ゲーニッツが相槌を打たないことを察したのか、メディアがその役割を引き受けたようだ。
「孤児であった私を拾ったのはアシモフなのですが、アシモフは幹部の下である幹部補佐にあたります。本来ならば、幹部補佐の下には支部官がいるのですが、私たちは幹部補佐直属の私兵のような扱いでした。古いお城のような場所に閉じ込められて、外壁は協力な魔法で障壁を張られていたので外には出られませんでした。外に出る時は目隠しと耳栓をさせられていたので、どこにあるのかもわかりません」
「その目隠しや耳栓を外すことは不可能だったの?」
「できることはできるのですが、ズラしたり外したりした者はその場で殺されます。それが怖くて、みな従順に従っていたのです。正直なところ、私は有益な情報をもたらすことができません」
「なるほど、それを気にしていたのね。いいんじゃないかしら、情報を持ってなくても。アナタがここにいるのは、そこにいる低レベルの冒険者が勝手にやったことだから」
メディアが俺を見た。そうすると、ゲーニッツ以外の視線が集中した。
「おいこっち見んなよ。照れるだろ」
「褒めては、ないんだけどね。そうね、あまり気にしない方がいいわ。ここにいる人たちはそんなこと気にしてないし。そこの兄妹だって、元々はフレイアが連れてきた馬の骨だから。裏切りさえしなければ、皆アナタの味方よ」
「あ、ありがとうございます!」
「精々精進なさい」
それきり、メディアがこちらを向くことはなかった。このパーティーの中では、メディアが一番大人で、決定権のようなものを握っているんだろうと改めて思った。
進み続けて二十分ほど、気がつけば霧が出始めていた。
かと思えばみるみるうちに濃霧へと変化。数メートル先さえ見えないほどの霧が辺りを覆っていた。
軽く背中がひっぱられた。首だけで後ろを見ると、双葉が不安そうに服を掴んでいた。なにも言うまいと首を元に戻した。
かと思うと、両手がキュッと握られた。右にはメリル、左にはフレイアだ。
「どういう状況だこれは……」
「こういうの慣れてないでしょ? 不安かなーと思って」
と、フレイアが微笑む。
「私はその、外の世界そのものが経験不足でして……」
と、メリルが泣きそうな顔で言う。
嬉しいけど、気恥ずかしさの方が上回ってしまっていた。徐々に上がっていく体温と、それに伴って
「俺の手汗は大丈夫なのか」という思考が頭の中をぐるぐると回っていた。
「止まれ」
先頭のゲーニッツが片手で俺たちを制する。
目を凝らして見てみると、霧の向こうに人影が見えた。それはこちらに歩いてきているらしく、ゆらゆらと揺れながら影を濃くしていた。
そして、その人物が俺たちの前に姿を現した。銀色の髪の毛と糸目、身長や年齢は俺と変わらないだろう。薄めのマントに身を包み、荷物はリュック一つという出で立ちの人物だった。
「ああよかった。迷い込んでしまって、どうやって出ればいいのかわからなかったのです」
髪の毛は短めだが、細身でやや声が高い。喋り方や装備から見ると男なのだろう。
「ここに迷い込む? 霧の森を知らないとでも言うのかよ」
「知ってはいたのですが、ここまで霧が深いとは思わなくて……テルバに用事があったのですが困り果ててしまって……」
「で、俺たちについてきたいと?」
「はい! そうです! お邪魔はいたしませんので、なにとぞボクを連れていってはもらえないかと」
好青年、という言葉がピッタリだ。タイミングと調子が良すぎるところを除いて、だが。
「お前らはどう思う?」
「ボクはどっちでも」
「私もどっちでもいいわ」
年長組は割とテキトーな返事だ。
「困っているなら助けた方がいいと思うけどね」とフレイア。
「私には決定権がないと思うので……」とメリル。
当然のことながら、俺と双葉は二人で「以下同文」としか言えない。
ゲーニッツは頭を掻きながらため息をついた。
「俺が先頭、お前はその後ろからついてこい。グランツとメディアはコイツから目を離すな。それでいいならついてこい」
「わかりました! ありがとうございます!」
謎の好青年がパーティーに加わり、再度霧の中を歩き始めた。
青年の名はルイと言うらしい。こちらも簡単に自己紹介をした。
それから会話らしい会話はなかった。俺たちはメディアたちの後ろなので、距離的にもお喋りをするには少し遠いのだ。
「ルイはなぜテルバに?」
そこでメディアが質問をした。俺も気になっていたことだ。
「テルバでは明日から武道大会が行われます。そこで実力を試そうかと思って」
「テルバ武道大会ね」
「そうです。下級魔法以外の使用は禁止、武器禁止、殺害禁止、レベル99まで限定の武道大会です。ボクはレベル98なのでちょうどいいかと思いまして」
「大会に出る前に、霧の森の攻略法を探しておくべきだったわね」
「そう言われるとなにも言えません……」
テルバ武道大会か。
ライセンスを取り出してレベルを確認した。レベル77と表示されていた。最近確認していなかったので詳細は不明だが、現実世界で戦った経験値などが重なったのだろう。
「なあフレイア」
「ん? どうしたの?」
ちなみに今も手は繋がれたままだ。
「武道大会って俺にも出れる?」
「なに、出たいの? 賞金とかも大したことないよ?」
「俺も自分の実力を試しておきたいんだよ。それに戦うだけでもレベルは上がるだろうしな」
「出れるとは思うよ。勝てるかどうかはわからないけど」
フレイアが身を乗り出して俺のライセンスを見た。頬と頬がくっつきそうな距離は、俺の体温を更に上昇させた。花の香りが鼻腔をくすぐって、フレイアの女性らしさを見せつけられた気分だ。




