十一話
朝起きてもフレイアは帰って来なかった。
さすがになにかあったのでは、と考えざるを得ない。
ライセンスからメッセージを送ってみることにした。同時に、スマフォで双葉に「具合が悪い。休むからあとよろしく」とだけメールをした。
俺の予感が正しければ、学校に行く前に双葉と優帆が部屋に来るはずだ。なにをするにしても、まずはそれをやり過ごす必要がある。
布団の中に入って横になる。階段を下りる二つの足音。その十分後、二つの足音が階段を上がってくる。ノックが二回。
「はいよ」と俺が応えると、ゆっくりとドアが開いた。
「一葵、大丈夫?」
心配そうな顔をした優帆が顔を出した。
「ああ、とんでもなく具合悪いってわけじゃないし、一日休めば大丈夫だ。たぶん風邪だと思うし、あんまり近づかない方がいいぞ」
「帰りになにか買ってくるからゆっくり休んでよ」
「心配かけて悪いな」
いや、本当は嘘をついてすまない、という気持ちの方が大きい。
「うん、ちゃんと休んで、明日また学校行こうね」
パアッと明るい笑顔になって、優帆が階段を降りていった。
「お兄ちゃん、フレイアさんどうかしたの?」
「帰って来なかった。連絡も取れない」
「探しに行くんだね」
「そうするしかねーだろ。マスクもするし、サボったのがバレないようにだけしとく」
「うん、わかった。くれぐれも無茶はしないようにね」
「おう、優帆のことよろしくな」
「じゃあ行ってきます」
「いってらっしゃい」
双葉もまた階段を下っていった。
玄関のドアが閉まった音を聞いてから私服に着替えた。マスクをして、少しだけ厚着をした。こうすれば体格も少しだけごまかせるだろう。
「それにしてもアイツら、登校の準備早すぎないか……?」
そういえば優帆の化粧がかなり薄かった気がする。双葉は元々すっぴんだけど。それでも二人共可愛い部類に入る。実はかなり美人に囲まれて生きているのでは。
そんなどうでもいいことは置いといて、ライセンスとスマフォと家の鍵をポケットに入れた。
リビングに行くと朝食が用意されていた。トーストとスクランブルエッグ、ウインナー二本にヨーグルトだった。飲み物はカフェオレだ。ちなみに俺はブラックコーヒーは飲めない。苦いから。
それらを胃に押し込んでから家を出た。そこでもう一度ライセンスで連絡を入れてみた。すると、すぐに返事がきた。
「お腹減った……っておい、心配させといてそれかよ……」
メッセージにはフレイアの現在位置情報が添付されていた。その情報を頼りにして、俺は駆け足で目的地へと向かった。
「あ、来た来た。おーい、こっちだよー」
公園のベンチから立ち上がり、フレイアが手を振ってきた。
「こっちだよじゃねーだろ、一晩中どこにいたんだよ」
「ホントにごめん。調査が長引いちゃってさ」
「さすがに長引きすぎだろ」
「ホントは六時くらいには終わってたんだけどさ、あの時間に帰ったら起きちゃうかなって」
「そういうのはいらないから、頼むからちゃんと帰ってきてくれ。心配なんだよ。眠れなくなるほどじゃないけど」
「ちょっと、最後のやついらないでしょ。普通は眠れないほど心配だとか、食事も喉を通らないとかあるじゃないの」
「それでも心配は心配なの。とにかく、次からはちゃんと連絡するように。この前フレイアが言ったことだろ?」
「優帆ちゃんのことで頭がいっぱいかなーと思ってさ」
「一理あるけどそれとこれは別。次からは頼むぜ?」
「りょうかいしましたよーっと。それじゃあご飯食べに行こうか。駅前にあるレストラン行ってみたいなー」
「ここから駅って歩いて二十分くらいかかるじゃねーかよ……」
「まあまあ、こういうのもデートだと思ってさ」
と、俺の腕を抱き込むフレイア。何度もされているというのに慣れない。顔も近いし妙にいい匂いがする。一日風呂に入ってないんじゃないのかよ。女の子というか、コイツの生体は神秘に満ちている。
「お前と出かける時ってだいたいデートだと思うんだけど」
「私とのデート、イヤなの?」
「イヤじゃ、ないけど」
上目遣いで見るんじゃない。心臓がどうにかしてしまいそうだ。
「なら決まり! 調査の結果とかは家に帰ってから話すからさ、それまでは男女のデートってことで」
「飯食いにいくだけじゃねーかよ」
「それでもデートはデートよ。傍目から見れば立派なカップルじゃない」
「それ以上言うんじゃない」
「なんで?」
「……しいから」
「ん? なんて?」
「ニヤニヤしてんじゃねーよ! 恥ずかしいからっつってんだよ!」
「かわいーんだー!」
「ほっぺを突くんじゃない!」
とか口では言うが、内心相当嬉しいと思っている。当然だ。こんな可愛い娘にこんなことされて、嬉しくない男なんかいないだろう。
結局駅前まで腕を抱かれたままだった。少々歩き辛かったが、そんなことがどうでもよくなるくらいに柔らかかった。そう、柔らかかったのだ。男は皆柔らかい物が好きなのだ。
レストランでは「どれだけ食うんだよ」と言いたくなるくらいに、フレイアはたくさんの料理を頼んでいた。飲み物は水だけだったが、ドルチェまで頼むというのはさすがであった。
家に戻って、フレイアは風呂へと直行した。玄関から上着を脱ぎだすものだから目のやり場に困ってしまった。
彼女が風呂に入っている間にコーヒーを淹れた。部屋に運んで待っていると、フレイアがバスタオルで髪を拭きながら入ってきた。同じシャンプーを使っているというのに、髪が長い女の子が使うとここまで破壊力があるのか。
バスタオルを肩にかけたフレイアが対面に座る。テーブルの上にライセンスを置き、神妙な顔つきになった。
「それでは結果を報告します」
やや間があって、咳払いを一つ。
「昨日私が追ったのは二人。製薬三課課長のイシグロ、男。検査部部長のサルワタリ、女。魔法で五感を強化して、二人が呼ばれているのを聞いたから間違いないとは思う」
「二人も追ったのか。っていうか同時にそんなことできないだろ」
「あー、それがね、イシグロは日勤だけどサルワタリは夜勤だったの。だから帰れなかったんだけど」
「夜勤組か、それならまあ仕方ないか。で、結果は?」
「二人共黒。特にサルワタリの方はいろんなことを知ってると思う。イシグロは上から言われて行動してるって感じだったけどね」
「イシグロは命令されて薬の製造をさせられてるんだろう。サルワタリの方はどんな感じだ?」
「頻繁に誰かと電話してた。地下がどうとかって言ってたかな」
「あの大きな工場の地下、か。大手製薬会社だけあって警備も厳重。どうやって入るかな」
「しばらくはサルワタリを張ることにする。だから夜は帰れないかな」
「あんまり無理すんなよ。今日はもう疲れたろ、ゆっくり寝ろよ」
「うん、ありがと。そうさせてもらうよ」
あくびを一つ。のそのそと地面を這ってベッドに潜り込んでいった。
「髪の毛いいのか?」
「起きてからー」
「ボサボサになっても知らんぞ」
「そしたらお願いー」
それだけ言って、すぐに寝息が聞こえてきた。お願いってなにをだ。俺に髪をとかせというのか。
「うむ、悪くない」
ってバカか俺は。
フレイアに近づいて寝顔を見た。幸せそうな笑顔で眠る彼女は、いつもの頼りになる彼女ではなかった。こういう顔をずっとしてくれればいいが、今はそうもいかないだろう。ミカド製薬とは早めに決着をつけたいものだ。




