十話
家に入るとカレーのいい匂いがした。リビング、というかキッチンの方から双葉と優帆の楽しそうな声がした。さすが我が妹、無事に優帆を懐柔したか。
いよいよ問題は俺の方、というところまできてしまった。いや最初から俺だけの問題か。
自室に戻ったが、フレイアはまだ帰ってきていないようだ。
スウェットを手に取って風呂場へ。俺が帰ってきていることは双葉も気付いてるだろうし、風呂くらいは許されるだろう。
さっと風呂に入って、リビングのドアの前に立った。二度、三度と深く深呼吸をした。
ノブを捻ってドアを押し込んだ。
「ただいま」
「おかえり、お兄ちゃん」
そう言ったのは双葉だったが、俺の前に立っているのは優帆だった。
一瞬だけビビってしまったがここで逃げるわけにもいかない。双葉が仲立ちをしたという時点で割りとお察しだ。
「よ、よお」
「お、おかえり」
「た、ただいま」
お互いに目をそらしてしまう。
「お前も手伝ったのか」
「カレー? うん、そうだけど」
「そうか、そりゃ、楽しみだな」
「なによそれ、別に誰が作ったって一緒よ。それに双葉が一人で作った方が、たぶん、美味しいわ」
「でも二人で作ったんだから、実際はどうか別にしても美味しく感じるだろ」
「アンタは、ホントに……」
眉間にシワを寄せたかと思ったら、今度は背を向けられてしまった。
「あの、さ。昨日のことなんだけど、悪かったと思ってる」
「別に謝ってもらわなくてもいいわよ」
「それでも、なんていうか、言い方が悪かったなって。ごめん」
「……私も、ごめん」
「なんでお前も謝ってんだよ」
「なんていうかさ、こう、サッと水に流せなかったなって。もっと大人にならなきゃなって、そう思ったの。幼なじみだけど家族じゃないし、恋人でもないし」
「そこまで気にしなくてもいいんだけど……」
「一葵がそういうなら気にはしないけど」
「そうしてくれると助かる」
優帆が顔を横に向け、横目で俺を見た。その口元は笑っていて、一応仲直りはできたと思っていいだろう。
「イチャイチャしてないで運んでもらってもいいかな?」
と、双葉が割り込んできた。
「いや、別にイチャイチャはしてねーから」
口に出して言われるとちょっと恥ずかしくなって来るじゃねーか、やめてくれよホント。
仲直りも済んだということで、そこからはいつも通りの日常に戻っていった。優帆とも普通に会話できるようになったし、もうちょっと周りに気を遣おうという気にもなった。 胸の中でできたモヤモヤが解消され、これで気持ちよく眠れそうだ。
夕食が終わり、三人でゲームをして、テレビを見て、十一時を過ぎたあたりで寝ることにした。今日もまた優帆は泊まっていくらしい。だが、パジャマ姿の優帆が家にいることには慣れない。
自室のドアを開けるとカレーの匂いがした。優帆が風呂に入っている時に俺が持ってきたものだ。
一応テーブルの上に置いておいたのだが、結局手付かずのまま放置されていた。
ラップをかけてあるので、そのまま皿をキッチンへと持っていった。帰ってきたら温め直してやるか。
十二時過ぎまで待ってみたが、結局フレイアは帰って来なかった。
読みかけの文庫本に栞を挟み、机の上にそっと置いた。
窓の鍵は開けっ放しだ。帰って来ても勝手に上がって、勝手に風呂に入って、カレーを食べて寝るだろう。
ライセンスを見ても連絡は入っていない。無事であるならそれでいいが、連絡くらいは欲しいなと本気で思った。
基本的にフレイアとは一緒だった。だから離れている時間が長いと不安になる。これも慣れが必要だ。
たよりがないのは良い知らせ、と自分に言い聞かせることにした。
布団を被って目を閉じた。次に目を開けた時、彼女が目の前にいてくれればそれでいい。ただそれだけを望んで眠りについた。




