三話〈フレイア〉
フレイアと双葉は一葵たちが本来通るはずだった道を進んだ。エンハンスで身体を強化しているため、普通の人間が走るよりも数倍の速度で駆けていく。
魔力感知で注意深く周囲を警戒。その状態で民家の屋根の上を渡りながらあの男を探した。
「前回、人間をモンスターに変える銃を扱っていた男はそこまで強くなかった。むしろあの男だけだったら双葉ちゃんでも倒せるはずよ」
「誰かがモンスターになるのは極力防ぎたいんですけど、もしも誰かがモンスター化してしまったら私はその男の人を倒します。モンスターの方はよろしくお願いしますね」
「まあ、そうなっちゃうよね」
「すいません、フレイアさんに負担かかっちゃうみたいで……」
「いや、私もそうするつもりだったから。でも問題なのは、たぶんあの男はイツキの家に向かって人々をモンスター化させていたってこと。少しだけ前の時間よりも早く出たけど、それで被害をゼロにできるとは思えない」
「そう、ですね」
前回戦った場所を通り過ぎた。そのまま直進を続けると、大通りの前で一台の車が止まった。黒塗りの大きな車。そこからあの男が降りてくるところだった。
「なんとか間に合った……!」
フレイアが屋根から降りて男の元へ。双葉もその後を追った。
「双葉ちゃんは少し遠くにいて。男から見えない位置に」
「わかりました」
屋根から降りている間に車が走り去り、男は一人になった。男の前で止まり、フレイアは睨みをきかせた。
「おや、私になにか御用ですかな?」
男がネクタイを直しながらそう言った。涼やかな顔で目を細め、口にはわずかに笑みを浮かべている。
「用事があるなんてもんじゃないさ。それにアナタは私の顔に見覚えがあるでしょう?」
「ふむ、アナタがどこまで知っているかはわかりませんが、アナタは私のことを知っていると見える。一体どこで知ったのやら……」
男はそう言いながら、迷いのない動作で胸元から銃を取り出した。
「そうするだろうと思ったわ」
しかし、フレイアは目にも留まらぬ速さで男の手首を掴んだ。左手で銃口を横に向けさせたまま、またも男を睨みつけた。
「アナタは何者ですか?」
それでも涼やかだった。まるで何事もないかのようだった。
「さあ、何者かしらね」
腕をグイッと捻りながら背中に回った。落ちた銃を右手で拾ってポケットへ。その状態のまま男を押しながら歩き小道へと入った。
民家を囲う塀に男を押し付けて、男のジャケットやスラックスのポケットを漁る。
「なにも出てきませんよ」
「過剰なくらい気を使ってるのね」
「当然じゃないですか。こういうことも想定されています。いや、ちょっと違いますね。すでにアナタたちが妙な動きをしていることを、私たちは知っているのですよ」
「だから自分たちの情報を知られないようにしてるって?」
襟元にキラリと光る何かを見つけた。それを右手の指先でつまみ上げる。ボタンのような見た目の、見たことがない機械だった。
「フレイアさん、それたぶん盗聴器です。壊してください」
双葉に言われ、指先に力を込めた。それはパキりと、真っ二つに折れ曲がった。
「盗聴器ってなんだ?」
「遠距離で会話とか聞こえるようにする機械、ですかね。たぶんフレイアさんたちの会話も聞かれてます。いつ仲間が来るかわかりません」
「そう、それならさっさと片付けちゃいましょうか」
「このまま、上手くいくと思わない方がいいですよ」
と、男が割り込んできた。
「それを決めるのはアナタじゃないでしょ?」
「そう、私じゃない。しかしアナタたちでもない。私を見つけたまではいいかもしれません。ですが、物事というのは常に平行線で動かすものなのです。時間とは待ってくれない。光陰矢の如しとはこのことですよ。私だけを見ていて、本当に大丈夫なのですか?」
「それはどういう意味よ」
「そのままの意味ですよ。これからたぶんその意味がわかるでしょう」
次の瞬間、小さな銃声がした。どこからか放たれた銃弾は男の頭を直撃。銃弾はフレイアの頬を掠め、双葉の髪の毛を少しだけ落とした。
男の身体から徐々に力が抜けていく。男の腕を離して、すぐに自分と双葉の周りに障壁を張る。
「正面か。人の気配はしなかったけど……」
追うか追うまいかと思ったが、男の話が気になった。なによりも双葉のことが気がかりだった。
双葉は少し前までは普通の学生、普通の少女だったのだ。
彼女を見ると、目を大きく開け、唇を震わせていた。
男の死体を遮るように立つ。
「見ない方がいいわ。あと、悲鳴を上げるのもやめて欲しい」
双葉が自分の口に両手を当て、必死に悲鳴をこらえていた。
「だ、大丈夫です」
思った以上に強い少女なのかもしれないとフレイアは思った。そうでなければ、男が撃たれた瞬間に大きな悲鳴を上げていることだろう。
「それよりもあの人の話、もしかしてモンスターを増殖させてる別の人がいるってこそじゃないですか?」
瞳は潤んでいるが、双葉は気丈に話を続ける。
「その可能性は高いわね。それが事実ならイツキの方が心配よ。行きましょう」
「でも、撃たれたあの人は……」
「いいのよ、放っておきましょう。ミカド製薬の社員がなんとかするでしょう」
「ミカド製薬って、あのミカド製薬ですか?」
「そっか、いろいろありすぎてまだ説明してなかったわね。この世界ではミカド製薬が人々をモンスターに変えようとしてるみたいなの。仮定でしかないけど、たぶん確定だと思う。今まで何度かモンスターと戦ったけど、ミカド製薬の社員証とか出てきたし」
「じゃあこれは組織ぐるみだと?」
「そういうこと。その話はまたイツキとした方がいいわ」
「そう、ですね。でももしかしたら一人二人ではないかもしれません。ここからはふた手に別れましょう」
「双葉ちゃん、それ本気で言ってるの?」
「大丈夫です。一般人になら私でも負けません」
一度目を閉じ、いろいろと思考を重ねていく。
確かに双葉が言うことはもっともだ、と。これ以上被害を増やすわけにはいかず、今日を乗り越えなければまた同じことが繰り返されてしまう。前に進むには、やれることは全てやらなければいけない。
それになにかあれば逃げさせればいいと考えた。
「なにかあればすぐに逃げて。それができるのなら戦力を分けるわ」
「大丈夫です、自分の力量はわかってますから」
「よし、じゃあここで別れましょう。双葉ちゃんはイツキを追って学校に行って」
「わかりました。フレイアさんはどうするんですか?」
「町の中を満遍なく見て回る。それから学校の方に行くわ。くれぐれも無理はしないでね」
「はい、お互いに」
そう行って、二人は背を向けた。逆の方向へと歩き出した。フレイアは屋根の上へと飛び、双葉はそのまま学校に向かった。
屋根の上から町を見下ろした。
この町で起こっていることは、ひいては世界を変えうる事象に発展する。その可能性に身震いした。
それが恐怖からくる身震いなのか、それとも武者震いなのか。それを考える前に、フレイアは自嘲気味に微笑んだ。そして、屋根を飛び移りながら町を駆けていった。




