五話
拓けた場所へと足を踏み入れた。リアがフラッシュフィールドで洞窟内に光を放った。拓けたその場所の全体が明るくなる。強い光で少々目がくらんでしまった。
少しずつ目が慣れて、ゆっくりと目蓋を開いた。そこには、前回アンを殺した巨大スライムがいた。距離は五十メートルほど先。今は憎い気持ちを抑えろ。連携を取ることだけを考えるんだ。
「あれが、ブラックラバー……」
沈み込んだアンの声が響いた。囁くような声でさえ、静かなこの場所ではよく響く。
ぐにゅぐにゅと蠢くブラックラバー。身体は茶色で酷い臭い。半透明の身体の中には、モンスターの死体に人の死体、武器や防具が浮いていた。死体は全て白骨化していた。
ゲーニッツが一歩前に出た。
「いいか、俺たちの役目はメディアが術式を完成させるまで、メディアにヤツを近づけさせないことだ。ブラックラバーはなんでも飲み込む。そして一度体内に取り入れた生物はものの数分で白骨化する。絶対に取り込まれるなよ」
各自が真剣な眼差しで話を聞き、その眼差しのまま頷いた。
「それじゃあトップは俺とフレイア。ミッドが双子。バックスがグランツと兄妹だ。グランツは少々面倒かもしれんがなんとか頑張れ」
「まあ、やるしかないんでしょ? 大丈夫だよ。予想よりもイツキの動きはいいし、トップとミッドでなんとかしてくれるだろうしね」
グランツがこっちをみてウインクした。男からのウインクとかなんも嬉しくないんだが。
「術式が完成したら全員私の後ろへ。一度術式が完成してしまえばブラックラバーは手を出せないから」
メディアが澄ました顔でそう言った。
ゲーニッツとフレイアが顔を見合わせたあとで駆け出した。フレイアが最後にこちらを見て笑ったような気がしたけど、たぶん気のせいじゃないんだろうな。
「なあリア。トップとかミッドってなんだ」
と、耳打ちした。なぜリアなのかと言うと、フレイアとはちょっと離れてるし、アンは文句言いそうだったからだ。
「こういう集団戦の場合、フロント、ミドル、リアの三つのポジショニングをとっていくの。フロントはトップ、ミドルはミッド、リアはバックスとも呼ばれるわ。フロントは盾であり鉾である。ミドルはフロントの撃ち漏らしを排除したり、トップの補助が中心になる。リアは全体の回復や補助がメインで、主に指揮官が陣取る場所。これからたくさんの人と戦闘をする可能性があるのならば覚えておくといいわ」
「さすがリア。分かりやすかったぜ、ありがと」
「いえいえ、気になって戦闘に集中できなかったと言われて死なれても困るから」
「ああ、そういう」
基本的には淡白なのね。あとはリスクヘッジを忘れないと。
「さ、準備をして。アナタは妹も守らなきゃいけないんだから」
「確かに。気遣い痛み入る」
「口調」
「悪くないだろ?」
「ええ、嫌いじゃないわ」
微笑んだリアが、アンと一緒に飛び出していった。
「バックスとは言ってたけど、実際ボクはキミたちのお守りだ。せいぜい怪我がないようにだけしてくれよ。後で文句言われちゃうからさ」
「大丈夫だよ。ヤツの攻撃はすでに見たことがある」
「そりゃ頼れるね。じゃあ妹のことはちゃんと視界に入れといてよ。フタバは初めてなんだろ?」
「そうだな。双葉は俺が守るよ」
「そうしてくれ。キミがフタバを守るなら、キミのことはボクが守ろう」
「うわー、めっちゃいい笑顔。悪くないけど」
話はここまでだ、と言わんばかりに刃物が飛んできた。ブラックラバーが飛ばしてきた物だ。
「お兄ちゃん!」
「大丈夫だ。俺がちゃんと守ってやる」
そうだ、命を賭けてもな。
ブラックラバーの戦闘方法は、自分で飲み込んだ武器や、食った人間の骨を飛ばしてくる。たまに自分の分身を飛ばしてくることもあるし、それが自立することもある。でも戦闘力はほとんどないし、たぶんブラックラバーの呪いが解ければ動かなくなる。
あの時よりは強くなったし、相手の動きはわかっている。それならば対処は難しくない。戦っている場所も前回と一緒なのだ。
飛んできた武器を弾き、骨を弾き、茶色い物体を弾き。双葉も覚えたての魔術で立ち回れてる。逆に俺はほとんど魔術が使えなかった。とんでもなくしょぼく、火の玉を出しても一メートルくらいしか飛ばない。だから戦い方は変わらない。
こうしている内にブラックラバーの身体はどんどんと小さくなっていった。
そして、メディアが手を上げた。術式が完成したということだろう。彼女の身体は光に包まれ、とても神聖なもののような気がした。
全員揃ってメディアの後ろへと退避した。ブラックラバーはがむしゃらにいろんな物を飛ばしてくるが、メディアが張った障壁を破れないでいる。
「いくわよ。目を閉じてなさい」
彼女の身体から光が頭上へと上がっていく。
思い切り目を閉じた。目蓋を透過する強烈な光。それが十秒、二十秒と続いて、そして収まった。目蓋を開けようとしても目の前がチカチカして上手く開けられない。
「大丈夫? イツキ」
フレイアの声がして、無理矢理目を開けた。目蓋がピクピク痙攣したような感じがする。
何度か瞬きをすると、目の前のフレイアが微笑んでいた。その向こうにいるブラックラバーは跡形もなく吹き飛んでいた
「俺が見た未来だと、倒したはずのブラックラバーが小さくなって追ってきたんだ。分裂したヤツは?」
「全部消したわ。ブラックラバーは、そうね、スライムの死霊なのよ。物体であり物体ではない。その身体を繋ぎ止めるのは呪いの一言。その呪いを断ち切ったのだから、分身であろうとも行動は不可能よ」
そう言った後でメディアがため息をついた。高レベルの冒険者であっても、今の術を使うのはかなり消耗するのだろう。
「じゃあ終わったってことか」
思わず地面にへたれ込んでしまった。勢いよく座り込んだので尻が痛かった。でも、その痛みなんてどうでもよくなるくらいには安堵していた。
「そんなところで座り込まないで。これから帰らなきゃいけないんだから」
右手を差し出してきたのはアンだった。
「アナタのお陰で事件は解決しました。死者を出さずに」
左手を差し出してきたのはリアだった。
「いや、みんなのお陰だよ。こういう未来を待ってた」
アンの右手を左手で、リアの左手を右手で掴んだ。立ち上がり、二人を抱きしめた。
「よかった、本当に、よかったよ」
本来死ぬはずだったアンがここにいて、俺を見限ったはずのリアが手を差し出してくれた。
「ちょ、ちょっと」
「まあまあ、こういうのも悪くないじゃない」
二人共、きっとわかってるんだ。俺がなぜこうしているのか。自分たちの生存を俺が喜んでいると、知っているんだ。
二人の身体を離すと、二人が俺の涙を拭ってくれた。泣いてるなんて気が付かなかった。
「行くわよイツキ。帰ったら報酬でパーっといきましょう」
今度はフレイアが手を差し出してきた。俺はその手を取って、彼女と一緒に歩き出した。
そして、俺は自分の気持ちを確信した。
俺はフレイアのことが好きなのだ、と。運命共同体。それだけじゃない、彼女の手が俺の気持ちをいつでも救ってくれる。あの笑顔が導いてくれる。今はそれだけでいいと思った。何度死んでも、彼女だけは守りたいと、そう思った。




