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それでも俺は異世界転生を繰り返す  作者: 絢野悠
〈actuality point 2〉 One loss
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最終話

 外は暗かった。宿泊している部屋に戻ったものの、誰一人として会話をする者はいなかった。フレイアたち〈蒼天の暁〉もアルの話を聞いたからか、俺に話しかけようとはしなかった。


 上に戻ってすぐに警察が動きだした。リアが連絡したんだろう。あの黒いスライムを退治するために、たくさんの人間がダンジョンに送り込まれているみたいだった。


 なぜアルは笑っていたのか。リアはなんであそこで俺を連れて逃げたのか。彼女たちがなにを考えているのかわからない。


 ふと時計を見た。九時をすぎていた。


 フレイアに食事に行こうと誘われたが、どうしても食欲がわかなかった。


 暗い部屋で一人、頭を抱えてしまった。けれど、今一番しなきゃいけないことはわかった。


 部屋を出てある場所に向かった。この村にある派出所だった。


「イツキ……?」


 机に向かって書類を書くリアがいた。怖いくらいに平常で、泣いたあととかはまったくない。掻き乱した様子さえもなく、逆に不思議に思う。


「俺はお前に言わなきゃいけないことがある」


 俺がそういうと、彼女はイスをクルッと回転させた。目と目が合う。けれどやっぱり無表情で、なにを考えてるのかはわからない。


「謝られても困りますよ」


 心の中を読まれたような気がした。


「でも、俺のせいでアルは……」

「そうじゃない。アルはちゃんと職務を果たしました。警察官として一般人を守るという職務。彼女の中にある正義を行使しただけに過ぎないのです」

「お前はそれでいいのかよ? メイも、アルも、お前を置いていなくなっちまった。しかもアルは俺を守って死んだんだ。それで、いいのかよ」

「そう、ですね」


 彼女はため息を一つ吐いた。


「アナタを恨んでいない、といえば嘘になります。当たり前です。アナタがいなければアルは死ななかった。でもそんなことを言っていても始まらない。彼女は自分の命を捨ててアナタを守った。メイを殺した犯人を捕まえるよりも、警察官としてアナタの命を優先したのです。それに時間はもう戻せない。ああすればよかった、こうすればよかったと考えるのは無駄ではない。でもそれは未来を良くするためのものであって、過去を悔やむためのものではありません」

「恨んでないなら罵倒してくれよ、その気持をぶつけてくれよ。そうじゃなきゃ、俺の気持ちが収まらねーんだよ」

「そんなことをしても意味はありません。今はあのスライムを駆逐すること、そしてメイを殺した犯人を探すこと、それが大事です」

「なんでそんなに冷静なんだよ。なんでそんなに、落ち着いてられるんだよ……」

「悲しくないと、本気でそう思っているんですか?」


 そう言いながら、彼女はニコリと微笑んだ。そして、一筋の涙を流した。


「アナタが私をどう思っているのかよくわかりました。だから、もう二度とここには来ないでもらえますか? しばらくは顔も見たくありません」


 またイスを回して机と向き合った。そしてペンを動かし始めた。そんな彼女に、これ以上なにも言えなかった。


 派出所を出た瞬間、嗚咽を噛み殺した彼女の声を聞いた。悲しくないわけがないのだ。三つ子の姉を二人亡くした。一番キツイのは間違いなくリアなのに、俺はなんてことを言ってしまったのか。


 なにもせずにノコノコとまた部屋に戻ってきてしまった。俺がやったのは自分の気持をただただ吐き出して、人の感情を、人の考えをぶち壊しただけだ。


 床に腰を下ろす。このまま横になってしまいたいくらいだ。


 俺は双葉の死体を見て泣きじゃくった。こんなのは嘘だと世界を否定した。リアだってそう思っていたに違いない。妹を亡くした俺が、姉を亡くしたリアを否定すること自体がおかしいんだ。


「なんでそれに気が付かねーんだよ……!」


 拳を床に叩きつけた。自分の馬鹿さ加減に怒りしか湧いてこない。


「イツキ?」


 顔を上げると、ドアを僅かに開けてフレイアが覗き込んでいた。


「ああ、ごめん。うるさかったかな」

「ううん、大丈夫」


 フレイアは部屋に入り、静かにドアを閉めた。


「あまり自分を責めない方がいいわ。仕方がなかったのよ、あのスライムの特性も理解してなかった。普通のスライムのように、核を破壊すれば終わると思っていた。それは私だけじゃない、みんなそう思っていたから、普通のスライムと同じように戦った」

「でも、核でさえも分裂した」

「そういうこと。今頃は警察官たちが駆逐していることでしょうね。だからもう大丈夫よ」


 彼女は静かに近付いてきて、俺の隣に座った。


「大丈夫じゃない。アルが、死んだ」

「そうだね」

「アイツが警察官になったのは、アイツの妹を殺した犯人を見つけるためだ。それなのに俺を助けて死んだんだ。なにやってんだよ。自分の目的があるのに、なんて俺を助けるんだよ」

「正義感が強かったから、こうなるのも当然だったのかも」

「アイツが警察官になったのは正義感が強かったからじゃない! 妹の仇をうつためだろ!」

「それは違うんじゃない?」

「なにが違うんだよ!」


 彼女の温かな手が俺の左手を包んだ。


「最初はメイのためだったのかもしれない。仇をうつことも大事だったんだろうけど、警察官としての彼女もまた嘘偽りがないアルだったのよ。だからアナタを助けた」

「そんなの、納得できねーよ……」


 涙が出てくる。出会って一日と経っていない。でも、彼女の心に触れてしまった。彼女の良いところも悪いところも知ってしまった。俺は間違いなく、人間として彼女のことが好きだったんだ。アルもリアも、人として好意を持ったんだ。


 そんな人が目の前で死んだ。俺のせいで。


『時間はもう戻せない』


 その時、リアの言葉を思い出した。


 顔を上げてフレイアを見た。


「その顔、なにか良くないことを考えてるわね」

「ああ、良くないことだろうな。一つだけ、頼まれて欲しいんだ。身勝手でクソみたいなお願いだ。聞いてくれないか」

「なにを、して欲しいの?」

「俺を殺して欲しい。最悪なことに俺は自殺をするだけの勇気がない。それに自殺して、誰かに助けられたりなんかしたら本末転倒だ。もう一度眠っちまったらそこがセーブポイントになる。死に損なって、眠って、セーブポイントが更新されたら意味がない。でも助けたいんだ。アルとリアを助けたい。頼む、殺してくれ」

「自殺をする人間に勇気なんてない。あるのは諦めと、ほんのちょっとの勢いだけよ。死ぬことが勇気であると思ってはダメ」


 そう言ってフレイアが立ち上がる。


「私とアナタはもう引き返せない。強力な縁で結ばれてしまったと、私はそう思ってる。一蓮托生とはよく言ったものね」


 俺の頭に手のひらを当てた。


「一瞬で終わらせてあげる」

「ごめんな、こんな胸糞悪いことさせちまって」

「お互い様。私だってこのままでいいとは思ってない。だから二人で抱えていくの。過去を変えるなんて悪魔の所業。それを抱えて生きていく。だから私はアナタを殺す」

「だから俺は、殺される」


 右手を差し出す


「手を握っててもらえるか?」


 自分でもわかるくらいに震えている。これから死ぬってわかってるんだ、怖いに決まってるじゃないか。俺は死にたくなんてないんだから。でも死ぬ以外の方法が思いつかないから、どうしようもないって、そうやって受け止めていくしかないんだ。


 俺の手をとったフレイアの手も、なぜか少しだけ震えていた。


「さよなら、またね」

「ああ、じゃあな」


 目蓋を下ろした。最期に、心の中でフレイアに謝った。俺にできることなんてこれくらいしかないからだ。


 顔面が少しだけ温かくなって、熱くなったかと思えば、一瞬で意識が途絶えた。






【to the next [expiry point]】


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