八話
そして特になにかを用意することもなく、町を出て、平原を歩き、あっという間にホープヴァリー洞窟にやってきた。
「いやいや、端折りすぎじゃない?」
こう、あるだろ。新しく出会った女の子たちとの会話とか、これから仲間になる人たちとのやり取りとか。
まあ、なかったんだけどね。
ここまで来るのに、会話らしい会話はフレイアとだけしかしていない。蒼天の暁には他にどんな人間がいるのかとか、ゲーニッツやグランツやメディアはどれくらい強いのかとかそんなところだ。
ゲーニッツの話をする時に妙に嬉しそうで、それが若干癪に触ったくらいなものだ。
「じゃあ行くわ。先頭はグランツ、次に私とリアが、次にイツキ。後方はフレイア、メディアよ。問題は?」
「ボクが先頭か、まあメディアに任せるわけにもいかないし妥当かな。よし、それでいこう」
進行順が決まり、俺たちは洞窟の中へと入っていく。俺が真ん中なのは一番レベルが低いからだろう。でも、アルがそれを配慮してくれたのだとしたら、彼女は結構いい子なのかもしれない。
洞窟の中は真っ暗、ではなかった。
「光ってる……?」
「このホープヴァリー洞窟は世界的に見てもヒカリゴケがとても多く繁殖している洞窟なの。鍾乳洞としても非常に長く、多くの冒険者が経験値とクリスタルを求めてやってくる」
まじまじと洞窟内を見ているとフレイアが解説してくれた。博識かよ。
「それが、今できなくなっていると」
「そういうことね。どういう状況かはわからないんだけど、深く潜ればわかるでしょう。それよりも今回の報酬をまだ聞いてなかったわ」
フレイアの声に反応したのはリアだった。顔だけをこちらに向けて口を開く。
「報酬は三百万ギーム、成功報酬制。レベル100の高難易度ダンジョンであること、政府が管轄するダンジョンという場所であること、敵が不明であること、いつも助けてもらっていること。全部含めて三百万ギーム」
「クエストの報酬で三百って高いのか?」
「高めですね。クエストというのは政府が発行するものですが、普通ならば不確定要素があるクエストなどありません。敵がわかっていないことや懇意にしていることを省けば、報酬は百万程度に減ってしまいます」
円に換算した場合百万円でも結構いい値段なんだけど、命がかかっていることも報酬には含まれているんだろう。
「敵がわからないってのがかなり問題だよな。下手したらレベル200のモンスターとかが出てきても不思議じゃないわけだ」
「いいえ、それは有りえません。ここはレベル100のダンジョン。つまり最高でもレベル100までのモンスターしか出現しないのです。逆を言えば冒険者もレベル100以上なのです。だから余計に冒険者が失踪するというのが不思議なのです」
「普通のモンスターだったら冒険者は帰ってくるからか」
全員ではないにせよ、数名は帰ってきてもおかしくない。
「つまるところ、強い冒険者とかがその他の冒険者を殺してる可能性があるってことだな」
「そういうことです。万が一レベル100を超えるモンスター、それこそレベル200なんていうモンスターが出たら大問題です」
「もしも出たらどうするんだ?」
「上に報告します。それくらいしかできることがないので」
「目の前に強いモンスターが出た場合、逃げ切れるのかが気になるんだけど」
「対峙してみないとわかりません。どんなモンスターかにもよります」
「でっすよねー」
プイッと前を向いてしまった。なんだろう、機嫌でも損ねちゃったかな。
「うーん、気をつけねば」
「なにを?」
意気揚々とフレイアが横に並んだ。
「いや、リアってちょっと扱いが難しいのかなって。今だってなんかよくわからないけど怒らせちゃったっぽいし」
「あー、それは勘違いだよ。リアは感情を表に出すのが苦手なの。それに別に怒ってるわけじゃないわ。恥ずかしいのよ、長く人と話すのが苦手だから。お喋り自体は嫌いじゃないみたいだから気に留めなくてもいいし、もっと話して上げた方が喜ぶわ」
「喜ぶ、かなぁ……」
「喜ぶ喜ぶ。イツキはこれから蒼天の暁に入るし、政府とのやり取りも多くなる。そうなれば確実にヒュンタイク姉妹と話す機会も増えるから。さっきも言った通りお喋りは嫌いじゃないからね」
背中がトントンと叩かれた。なぜか妙に心地よく感じてしまう。
「おーけー、もうちょっと頑張ってみるよ」
「その意気よ。そっちの方がイツキらしいよ」
今度は強めに背中を叩かれた。こちらはバシンバシン、って感じだ。
痛いんだけど、ちょっとうれしい。出会ってそんなに時間がかかってないのに、俺のことをこんなにも気にかけてくれる。他人に心配されるというのは煩わしい時ももちろんあるけど、身を案じてもらって嬉しいことの方が多い。この世界にきてその嬉しさをようやく実感したような気がする。
まあ現実世界でも双葉の心配とかは歓迎だったけど。優帆の心配は心配というよりもただのお節介だったいしな。
「急に遠くなんか見つめて、またなんかいやらしいことでも考えてた?」
「考えてないから。ちょっと、現実世界でのことをな」
「なるほど、余裕がある時はそういうのも必要よね」
それ以降、彼女は俺の隣を歩き続けた。ゴツゴツとしていて足場が悪い段差でも、急勾配の上り坂でも、当然下り坂でも。ダンジョンというものに免疫がない俺を支えてくれて、できる女は違うななんて考えてしまった。
「なあ、フレイア」
「うん?」
「俺さ、あの時は気が動転していてわからなかったんだけど。現実世界から異世界に戻ってきた時、俺は私服じゃなかったよな? お前が着てたのも俺が買った服じゃなかった」
「ええ、確かに」
「そうなると「着ていたものごと転移してくる」というのは間違いってことになる。でもポケットの中の物は持ってこられた。理屈がわかんねーんだ」
「うーん、まだ三回くらいしか死んでないんでしょう? それにこっちに来たりあっちに行ったりで、法則を見つけるのはまだ難しいんじゃないかな?」
「まあ死ななきゃいいだけの話といえばそうなんだがな。そうすれば考える必要もなくなる。いろいろあるから考えなきゃいけないわけだしな」
「でも現実世界には戻りたいんでしょう?」
「そりゃ、本来いた世界に戻りたいって思うのは普通だと思うし。双葉のことも、友人のことも大事だし。でも俺、こっちのことも気になってて」
いかん、言いたいことがまとめられない。
「いいよ、無理しなくて。世の中って難しいよね。だからゆっくり考えていこうよ。私も協力するから、ね?」
背中がさすられた。静かに、ゆっくりと、なだめるように。
「ありがとう。じゃあ、これからもよろしくってことで」
「ええ、もちろん」
歯を見せて笑う彼女は、こんな暗い洞窟の中でも輝いて見えた。




