最終話〈深山双葉〉
お兄ちゃんとゆうちゃんを見送ってから家に戻った。それから上下黒い服に着替えてから家を出る。自分自身にステルス系の魔法をかけて、だ。
向かった先はミカド製薬で入手したある人物の住所だった。
フレイアさんとお兄ちゃんがミカド製薬の薬物製造拠点に向かった時、確かに私はミカド製薬の本社に向かった。けれど私の目的はある人物の現状所在地であった。ミカド製薬の本社にウイルスやワクチンがないであろうことは見当がついていたからだ。これもまた魔女クラウダの助言だった。
ミカド製薬から離れた場所にある一軒家の前に立って二回ほど深呼吸をした。ずっとこの日のことばかりを考えていた。こういう日が来るのだと、ずっと言われ続けていたからだ。
日本家屋という風格ではあるがちゃんと押しボタン式の呼び鈴がついている。それを押し込むと、ピンポーンと小さな音が鳴った。
室内からトントントンと足音が聞こえてきた。じきにドアが横にスライドして、中から若い男性が顔を出す。見たことがある顔だった。
「はい」
整った顔立ちと華奢に見える体躯。文学青年のような言葉が似合う男性だった。
「こんにちは」
「はい、こんにちは。どちら様ですか?」
この男をこんな会話をするとは思わなかった。
「深山双葉と言います。貴方は――」
そしてこの名を口にするとは。
「留川累さん」
「そうだけど」
それを聞いて、胸ぐらを掴んで室内に押し込んだ。後ろででドアを閉めて、累を床に押し倒す。
「な、なんなんだよ!」
「言ったところで理解できないと思います」
少しだけ拳を引いた。
「それを決めるのはボクだろう!」
「そうですね。でもその必要はないんです。だって貴方はここで死ぬから」
「なにを――」
その拳を少しだけ開いて、掌底を累の胸に叩き込んだ。
「ぐふっ……」
累は目を見開いて、目や鼻や口から出血していた。
「なん、で……!」
私の服の裾をぎゅっと掴んでいた。けれどそこまで力は入らないみたいだ。
目をギョロッとさせて私を見つめているが、私は言葉を発するつもりは微塵もない。彼を殺すことは決まっていたことだから。
「さようなら」
私はそれだけ言って、もう一度胸に掌底を打ち込んだ。
累の体が大きく跳ねた。その後、ゆっくりと累の呼吸が止まった。服の裾を掴んでいた手がするりと落ちて、私はそれを確認してから立ち上がった。
私は靴を脱いでから家に上がり、奥へ、奥へと進んでいった。
一部屋ずつ見回って、最後の部屋でようやく見つけることができた。
部屋の中心で座布団の上に座ってテレビを見ている老人がいた。老人と言うには少しだけ若いかもしれないが、正直私にはどうでもいい。
「留川依一」
彼はこちらに振り返り、諦めたように微笑んだ。
「なにか用かな」
「もうしわけありませんが、貴方と言葉を交わすつもりはありません」
そう言って、私は駆け寄って彼の首を掴み上げた。
「キミは、なにものだ……」
「答えるつもりはありません。累さんにも言いましたが、これから死ぬ人間になにを言っても無駄なので」
右腕に力を入れると依一の首がポキリと折れた。
力を抜くと依一の体が地面に落ちる。ここで、ようやくため息をつくことができた。これでようやく終わらせることでできた。
そう、これでお兄ちゃんが主人公だった話はおしまいだ。この世界には平和が訪れて、お兄ちゃんもそうであるように、私の周囲にいる人たちも幸せに生きていかれるはずだ。
たとえば私だけがこの世界に取り残されようとも、それでみんなが幸せならばそれでいい。
そんなことを思いながら留川家をあとにした。太陽が眩しく輝いていて、これからの人生を祝福しているようだな。そんなふうに思いながら家路につくのだった。




