十七話
そんな優帆を放って、俺は双葉に向き直った。
「どうしてなんだ? なんでこんなことしたんだよ」
「最後にこれが必要だったから」
「最後……?」
どこか違和感があった。まるでこの状況を予期していたみたいな、そんな言い方だったからだ。
「お前、誰だ?」
「私は私だよ。深山双葉で、お兄ちゃんの妹」
しかし雰囲気があまりにも違う。双葉であることは間違いなさそうだが、なにかが違うような気がする。
「でも、お兄ちゃんがそう言うのも無理はないかもね」
「どうして?」
「私だっていろいろあったんだよ。現実世界と異世界を行き来するなんて普通じゃ考えられないじゃない? 危ない目にもたくさんあったし」
「確かに、な」
俺もたくさん死んだがフレイアや双葉も何度も死んでいる。その過程で精神的に強くなった可能性も否定はできない。
「それでも私が双葉だって信じられない?」
「信じてないわけじゃない。ただ、なにかが違う気がするんだ」
「だとしたらお兄ちゃんはすごい人なんだと思うよ。ちょっと遅いけど」
「お前、さっきからなんかおかしくないか?」
「なにがおかしい?」
「なにがあったのかちゃんと言えよ。俺が知ってる双葉だってんなら説明できるだろ」
「そうだよね」
双葉が下を向いた。
「でもね、こうするしかなかったんだよ。こうしなきゃ救えない命があったんだよ。大事な、大事な命が」
「だからわかんないんだよ! お前がなにを言ってるのか! はっきり言ってくれよ! お前はなにを知っててなにを隠してんだよ!」
双葉の肩をつかんで顔を上げさせた。それでも双葉は優しそうに微笑んだままだった。
「お兄ちゃんはお兄ちゃんの物語の中では主人公だよ。でもね、この世界から見たら主人公にはなり得ないんだよ」
「お前なにを――」
次の瞬間、体から力が抜けていく。
「どう、なってやがる」
膝から崩れ落ちて、気がつけば四つん這いになっていた。頭がクラクラして、今すぐにでも意識が飛んでしまいそうだ。
少しずつせり上がってくる頭痛と吐き気を飲み込みながら、なんとか双葉を見上げた。まだ微笑んでいるのを見ると、これは双葉がやったことなんだとわかる。
「どうして、こんなことを」
「必要だから。お兄ちゃんもゆうちゃんも」
「優帆もだって?」
周囲を見渡せば、すでに優帆は地面に倒れていた。それなりにレベルが高いであろう俺がこうなんだ、おそらくレベル1や2である優帆に耐えられるわけがない。
「薬か?」
「違うよ、こういう魔法」
「なにが目的なんだよ」
「お兄ちゃんとゆうちゃんにはこれまでの出来事を忘れてもらわなきゃいけないんだ」
そこで、なぜか悲しそうな顔になる。
「忘れるって、もしかして全部か?」
「異世界のことも、なにもかも」
「それまでの記憶はどうなるんだよ。記憶喪失にでもするつもりか?」
「できるだけ代替用の記憶に差し替えるつもりだよ。それに、向こうとこっちを行き来しているせいで感覚がおかしくなってるけど、お兄ちゃんがスキルを取得してからそこまで時間が経ってない。だから無理矢理記憶を作るのもそこまで難しくないんだ」
「そんなこと、お前にできるのかよ」
やばい、そろそろ腕の力も抜けてきた。ガクガクと震えて、今にも突っ伏してしまいそうだ。
「私がほとんど戦闘で役に立たなかったの、覚えてない? 少しずつレベルも上がったのになんで役に立たなかったのか考えたことなかった?」
「戦うのが、嫌いなのかとばかり」
「それもあったけどそうじゃないんだ。こういうスキルを取得するために、戦闘に関係するスキルを切るしかなかったんだ。そうしなさいって、あの人に言われたから」
「あの、人?」
限界だった。腕も脚もいうことをきかなくなって、そのまま地面に倒れ込んでいく。全身が地面に吸い寄せられて、俺はうつ伏せのまま動けなくなってしまった。
「最後に教えてあげるね」
双葉が屈んだ。
「あの人っていうのはね」
顔が近づいてきて、耳に顔が近づけられた。
吐息が耳にかかる。
「魔女、クラウダ」
刹那、俺の視界が真っ暗になった。
何故か頭を撫でられて、けれど抵抗もきずに、沼に沈んでいく感覚だけが全身を包み込んでいた。
ただただ気持ちがよかった。
「ばいばい、おにいちゃん」
最後に、頬に冷たいなにかが当たる感覚があって、その直後に俺は意識を失った。




