十六話
この戦いにおいて、RPGみたいに強力な力を持ったボスなんて存在しなかった。でも間違いなく俺は主人公みたいな立ち位置にいたはずなんだ。だって俺じゃなきゃこんなことはできなかったから。
ため息をついて空を見上げた。気がつくと、涙を流していた。
そこまででもないと思っていた。知らない世界に来たわけじゃないし、言葉も通じるはずだし、大切な人たちはちゃんと守れた。でも、やっぱりこんな結末で納得しろって言われても、そう簡単に納得なんてできやしない。
「会いたいな」
そうやって口にした瞬間、なぜか優帆の顔が浮かんだ。そこはフレイアだろ、なんて思いながらもう一度ため息をついた。
その時だった。目の前に、見知った顔が現れた。
「やっと見つけた!」
ソイツは大きな声を上げた。
「なんでここにいるんだよ」
「それは私のセリフだって。どこよここ」
ソイツとは紛れもない、幼なじみである優帆だった。
「言ってみれば過去の世界だけど」
「過去? なんでそんなところにアンタがいるのよ。で、なんで私までそんなところに来ちゃったわけ? っていうか過去? ホントに?」
だいぶ混乱しているのか頭を抱えて右往左往し始めてしまった。
「とりあえず落ち着け」
優帆の肩をつかんだ。自然と優帆の顔に目がいく。頬が赤く染まっていて、それになんか可愛く見える。
視線が絡み合うと、お互いに顔をそむけてしまった。
「わかった、落ち着くから離して」
「お、おう」
気まずい雰囲気になりながらも俺たちは少しだけ距離をとった。
「状況の確認をしよう」
「そ、そうね」
「どうやってここまで来たんだ?」
「なんかよくわかんないけど注射されたら不思議な力が使えるようになった」
「注射? 誰に? もしかして無理矢理誰かに打たれたのか?」
一歩前に出ると、優帆はまた顔を赤くして一歩後退った。
「ちょ、ちょっと落ち着いてよ」
ついさっきとまったく逆の状況になってしまった。
「で、誰に打たれたんだ?」
「双葉よ」
「双葉……?」
どういうことだ。双葉はこのウイルスがどんなものであるか理解しているはずだ。それなのに優帆に投与した。アイツのことだからなにか考えがあってのことだと思うが……。
「注射されて、能力を身に着けてここに来たんだよな?」
「そうだけど?」
「双葉、なんか言ってたか?」
「私じゃないとアンタを助けられないとかなんとか。注射さえすればあとはなんとなくわかるとかも言ってたかな」
「なんとなくってどういうことだ?」
「時間跳躍ができるって言ってた。で、跳躍先がなんとなくわかるだろうからそこに飛んでくれって。そうすればアンタがいるから、アンタと一緒に帰ってくればあとは心配いらないって言ってたわね」
「双葉がそんなことを……」
「とにかく、訊きたいことがあったらあとは自分で訊きなさい」
そう言って、優帆は右手を差し出してきた。
「帰りましょう」
「まあ、それもそうだな」
このまま俺の予想だけで双葉の行動を決めつけるのは良くないし、意味もない。
俺が優帆の手を取ると、優帆は顔を赤くしながらぎゅっと目を閉じた。
次の瞬間、目の前に白い光が広がった。
一瞬の出来事だった。気がつけば俺は森の中に立っていて、さきほどと変わらず優帆と手をつないでいた。
「すまん」
慌てて手を離すと、はなんだか少し怒った様子で「別に」とだけ言った。
「おかえりなさい」
声がした方へと向き直ると双葉がいた。なんというか、今まで見たことがないような優しくて大人っぽい笑みを浮かべていた。
「お前、優帆にウイルスを注射したのか」
「そうだよ、これしか方法がなかったから」
「方法がないって、優帆がモンスターになったらどうするつもりだったんだ」
「モンスターってどういうこと?」
優帆が服の裾を引っ張る。
「双葉がお前に打った注射はな、運が良ければ特別な力を身に着けられて、運が悪ければ化け物になるっていう代物なんだよ」
「え? どういうこと? モンスターとか言われてもよくわかんないんだけど」
「詳しいことはあとで話す。今は双葉と話を済ませたいんだ」
不貞腐れたように頬を少しばかり膨らましていた。




