十五話
俺の膝がルイの鳩尾に食い込んで、ルイの口から空気が漏れた。そしてその場で崩れ落ちて、胸を押さえてのたうち回っていた。
近づいて見下ろした。ルイは上手く呼吸できないでいるが、それでも瞳はまだ死んでいなかった。
「おま、え……!」
「悪いな、俺の勝ちだ」
ルイの太ももにを思い切り踏み抜いた。バキッと、骨が折れる音がした。
「ああああああああああああああ!」
「こんなもんで、お前が今までやってきたことが精算されると思うなよ」
「こんなことをしてただで済むと思うなよ……!」
「ああそうかい。そこで一生騒いでろよ。それができたらだけどな」
深い深呼吸を三回ほどしてから、右手を握り込んで魔力を込めた。
「なにをする気だ」
「決まってるだろ、そんなもん」
拳を高く振り上げた。
「や、やめろ……!」
「言ったろ。俺の勝ちだって」
ここでコイツを殺さなきゃいけない。殺したいわけじゃないが、コイツを生かしておいていいことはない。二度と未来に帰れなくても、過去の世界でなにをしでかすかわからないからだ。たとえば五体満足でなかったとしても、俺の中でコイツを生かしておくという選択肢は存在しなかった。
「殺すの?」
「当たり前だ」
「妹も悲しむんじゃないかな」
「それでもやらなきゃいけない時ってのはあるんだよ」
拳が空中でピタッと止まる。
「じゃあな、クソ野郎」
そう言って、思い切り拳を打ち下ろした。
俺の拳がルイの胸に当たった。次の瞬間、肋骨をぶち抜いて、心臓さえも貫いて地面さえもヒビを作った。
「みとめ、ない」
ルイの口からは黒々とした血液が溢れ出す。それでも死ぬことを知らない瞳は、次第に動くことをやめ、やがて光を失った。
「次の人生があれば、もっとちゃんとした人生にするんだな」
もう一度拳を強く握り込んで炎をまとう。その場でルイの死体が燃え始め、俺はそこでようやく腕を引き抜いた。
強めに燃やしたはずだが、レベルが低いせいでそこまで燃焼速度が早くない。そのせいなのか、ルイが燃えていくのを見て今まであったことを思い出していた。
フレイアと出会って、双子と出会って、双葉と合流して、メリルと出会って、いろんな人を助けて、助けられて、そうやってここまでやってきた。デミウルゴスとの諍いも現在と未来とでかなり面倒なやりとりが続いた。
「長かったな……」
少しずつ、少しずつルイの体が黒くなっていく。ひどい匂いがしていたが、どうしてかその場を離れることができなかった。勝ったことによる余韻だと思いたかったが、胸にあるささくれのようなものは、きっとそれだけが原因でできたじゃないんだとわかっている。
「さて、これからどうするかな」
そう、俺はこの時代に取り残されたのだ。
まだ燃え続けるルイから離れてフレイアの元に向かった。
フレイアを抱き上げて脈を確認する。脈を確認するまでもない。すでに冷たくなっていたからだ。
「ごめんな」
頬を撫でるが反応してはくれなかった。
自然と涙が出てきてしまう。大事にしたかった。これからも一緒にいられるかもしれないなんて思っていた。けれど現在に戻るとか未来に残るとかの前に、フレイアはいなくなってしまった。そして俺も帰れなくなった。
「またどこかで会えたらいいな」
でもこのままフレイアを残しておくことなんてできない。
だから俺は、その場でフレイアを燃やすことにした。本当はそんなことをしたいだなんて思ってない。でも、この過去の世界に残しておくことはできないから。誰か知らない人たちの目に晒し続けるなんてこともしたくないから。
燃え盛るフレイアの体を見つめながら、俺は涙を流し続けた。
そうしているうちに、ルイもフレイアも灰になった。
一度、ここがどこなのかを確認するのもいいと、虚無感を押し殺して歩き始めた。
この過去の世界で生きていかなきゃいけない。それならばいろいろと必要になるはずだ。この世界では戸籍もないので、俺は完全に一人きりで生きていかなきゃいけなくなった。両親も双葉も、優帆も友人たちもいないこんな世界で、俺は一人で生きていく。その時は、不思議と涙は出てこなかった。
ルイがこの世界に飛んだのは、おそらくこの世界にウイルスの原型となるものがあるからだと思う。となると、ルイの父親である留川依一がすでにウイルスを作り始めている時代だ。現在の依一が何歳かは忘れたが、そこまで遡っているわけではないと思う。適応しようと思えばできるが、結局この世界は戸籍がなきゃできないことの方が多すぎる。
悲しいわけじゃない。辛い気持ちはある。でもなんというか、今は達成感の方が大きい気がする。




