十二話
気がつけば、森の真ん中に立っていた。少し遠くに見える家屋は全部木造で古めかしい感じがした。明治か大正か昭和か、さすがにそこまではわからない。だがおそらくそれなりの時間を超えて過去にやってきた。
そうして今の状況を理解した俺は周囲を見渡す。俺がここにいるってことはフレイアだって近くにいるはずだ。そして二メートルくらい先にフレイアが倒れ込んでいるのを見つけた。
「フレイア!」
急いで駆け寄って抱き上げる。ぐったりとしていて全身が弛緩している状態だった。一応脈はあるみたいだが息はしていない。少しずつ、ほんの少しずつだが脈が弱くなっているのを感じた。
覚悟はしていた。最初からこうなるってわかっていて、それでもフレイアに時間跳躍を頼んだんだ。
「追ってきたんだね」
後ろから声がした。
「当たり前だろ」
フレイアをそっと地面において立ち上がる。そこで地面がアスファルトではなく土であることに気がついた。
「お前を殺すためだからな」
十メートルくらい先にルイが立っていた。あざ笑うかのようにニヤリと笑顔を顔に張り付かせて。そしてその右手には四肢を切り落とされたフレイアのクローン。
「倒す、じゃなくて殺す、なんだね」
「お前がそのつもりだったら俺も覚悟しなきゃな」
「そんな怖い顔しないでよ。ボクとキミの仲じゃないか」
フレイアのクローンを横に放り投げた。ドサリと地面に落ちるのと見て胸が苦しくなった。
「そんなふうに扱われるために生まれたんじゃない」
「キミはまだまだだね。キミがどう思うかはキミの自由だし、彼女が作られた理由も作った人の自由だよ。でもね結果がこうなってしまったら受け止めるしかないじゃないか。「つもり」だとか「ため」だとか、そんな言葉に意味はない。なにかがその場所に定着するのはそうやって定められてるからさ。それが結果として現れてる」
「それをお前が決めることそのものが間違いだ。結果がすべてだなんて思考も感情もない言い分で納得できるわけがない」
長く細く息を吐いた。
「だから、お前をこのまま野放しにはできない」
拳を上げて構えた。
「勝てるわけないのに」
そう言いながらもルイも重心を下げた。
心臓の音がうるさかった。本当に俺の体の中にあるのか不安になるくらいの大きな音で、呼吸もどんどん荒くなってきた。
「やってみなきゃわからないだろ。それともお前の方が自信ないとか? こんな低レベルのヤツにも勝てないのか?」
俺とルイのレベル差は最低でも100近くあるはずだ。気を抜いたら拳一発で吹き飛んでしまう。一撃で体がバラバラになってもおかしくないと思う。だから俺はルイにワクチンを注射することだけを考えなきゃいけない。
「挑発だけは一人前だね。そんなキミに敬意を払って、少しずつ痛めつけてあげることにしよう」
次の瞬間、ルイが目の前まで迫っていた。ピリッと、左腕に電気が走ったような感覚があった。
「くっ……!」
急いで左半身に魔力を集中してその場を離れた。
「遅いね」
逃げられただろう、そう思ったのに左腕が強烈な衝撃によって吹っ飛ばされた。
意識が飛びそうだった。その痛みで涙が出てきて、けれど一瞬で痛みがなくなった。その代わりに酷い火傷を負ったみたいに熱くなる。
「あああああああ……!」
幸いにも左腕はまだ繋がっている。一応力も入るし肘も曲がる。でも握力はほとんどなくて、握りこぶしを作ることは難しい。
「ほらね、これがレベルの差ってヤツだよ。なんてことない一撃だけど、キミにとっては脚を止めるほどのダメージになる。これを繰り返したら、わかるよね」
わかる。でも、だからこそ俺はまだ死ななない
アイツの感情が手に取るようにわかった。俺に対して油断しているのはもちろんだが、少しだけ怒っていて、完全に慢心しているわけではない。おそらく警戒心がまだ解けていないんだ。
でも攻撃するために近付いてくるのはよく理解できた。
「そうやったいたぶるのは趣味なのか?」
「嫌いじゃないね」
「優越感に浸れるからか」
「優越感に浸って征服欲を満たして快感を貪る。最高じゃないか。選ばれた者だけが許される境地だとボクは思うよ」
「どうしてこんなふうに育ったのかね。父親はどうやって育てたんだか」
父親の話を出すと眉尻がピクリと動いた。
「父は関係ない」
「そうかい。だといいな」
一瞬だけムスッとしたがすぐに笑顔に戻った。アイツにとって現在の俺は虫や家畜と同じはずだ。だから見下して、平静を保つことにしたんだ。
間違いなく父親となにかしらの確執があったんだろう。でも今までのルイの態度からして父親である依一を憎んでいる感じではない。父親が作ったウイルスによって侵された未来を守ろうとしているところを考えるとむしろ尊敬しているように見える。それでも父の話を嫌がるということは、考えられることは一つしかない。
しかし憶測の域を出ず、最悪は逆上させる可能性もある。おそらくはまだ口に出すべきじゃない。
「次はどこを狙おうかなーっと」
そう言ったあとでまた消えた。俺が知っているルイならば近くに現れて殴ってくるはずだ。自分が一番「相手をいたぶった」ということを実感するために、脚ではなく手で攻撃してくる。そういうヤツだと俺は知っている。




