十一話
本当にそれでいいのかわからなくなる。というよりもどうしていいかがまったくわからない。
「はっきり言っておくけどウイルスもワクチンも未完成品。ルイの能力をどれくらい下げてくれるかもわからない」
「でもこれしか方法がない」
「そういうこと。はい、腕出して」
俺が左腕を出すとフレイアは躊躇なく注射針を腕に突き刺してウイルスを注入していった。
「もとやり方があるだろ……」
「私は医療従事者じゃないの」
「それでも――」
そう言いかけた時、心臓が一際大きく脈打った。
胸をかきむしりながら膝から崩れ落ちた。全身を熱いなにかが駆け巡っていくような感覚。血管が筋肉の内側でのたうち回っているみたいで、むず痒くて、張り裂けそうな痛みを伴っていた。
バタバタと四肢を動かす俺をフレイアが懸命に押さえつけてくれていた。
数分経ち、痛みが収まってきた。呼吸を整えて地面に座り、ライセンスを取り出して内容を確
認する。
レベル:34
Aスキル:レプリカエモーション
相手の感情を察知することができる。
相手の感情を共有できる。
Pスキル:ホローワールド
相手の能力をゼロにする。
範囲は手の平、一日一回限定。
「スキルが、変わってる……」
もう一度ハローワールドさえ使えればチャンスはあった。戻ってやり直せばいいのだから何度でもチャンスは訪れる。だからウイルスを差し出された時に「なんとかなるのかもしれない」と思ってしまった。
結果はどうだ。もう二度とやり直しはきかない。今までのようにやり直せばいいなんて考えはできなくなった。
「レプリカエモーションにホローワールド、か」
「レベルも低い。これでルイに対抗できるのか?」
「わからない。でもやるしかないんだよ。私とイツキでこの世界を変えるしかないんだよ」
頭をフル回転させて考える。やることは多くない。順序だってわかってる。ただ単純に難易度が高いのだ。
ルイの後を追って時間跳躍。
ルイにワクチンを打ち込んで無効化。
あとはルイを殺すだけだ。
二つ目の課題の難易度が高すぎるのだ。ルイのレベルは100を超えているため、近づくことさえ難しいはずだ。近付いたところで一撃で殺される可能性だって十分ありえる。ルイの攻撃力が低かったとしてもレベルの差はどうすることもできない。
「でもどうやって? 10レベルが違うだけでもキツイのにどうやって戦うんだよ。ワクチンを打つ暇だってない」
「それは私がなんとかする」
「なんとかって……」
「言ったでしょ、すぐに死ぬわけじゃないって。死ぬ前にちゃんと一矢報いるつもりでいるから安心してよ」
彼女が明るく笑った。その笑顔に胸が締め付けられる。これから死ににいくというのに、不安に駆られる俺を励ましたのだ。
小さく深呼吸して、両手で頬を思い切り叩いた。
「よし、行こう」
「そうこなくちゃ」
フレイアが俺の手をとった。キュッと、強く握りしめてくる。
「私はね、イツキのことが好きだよ」
なんて言いながらはにかむ。
「俺も好きだよ」
俺も強く手を握り返した。
「でもね、きっと最初からこうなることは決まってたんだ。私とイツキが出会ったその時からね」
「わからないだろ、そんなこと」
「少なくとも私にはわかってたよ。だって、イツキは私を見ていながら、私のずっと向こうをいつも見てたような気がしてたから」
「そんなことない。俺はキミのことが好きだよ。本当なら、ずっと一緒にいたいと思ってる」
そんな彼女は、これから俺の目の前で死体になる。
「キミが死んでいくのを見るなんて、俺には耐えられない」
「大丈夫、大丈夫だよ。時間がすべてを解決してくれるから」
「忘れるってことが言いたいのか?」
「当たらずとも遠からず。クラウダが言ってたんだから間違いない」
「1億年生きてれば忘れられるだろうな」
そんなことを言って笑いあった。
「心配しないで。大丈夫、大丈夫だから」
諭すように言って、彼女は俺を抱きしめた。周囲の地面から光の粒が舞い上がってくる。
「アナタにはアナタの、私には私の人生があったんだよ」
背中を叩かれると涙がこみ上げてきた。
決して結ばれることがない二人だった。目的は同じはずなのに、生きた時代が違うというただそれだけの理由だ。
それだけの理由は、二人の仲を引き裂くには十分な理由なんだ。時の流れというのは誰にも平等だから。抗えない「真理」を前にして、俺たちは結局屈することしかできないんだから。
俺もフレイアの背中に腕を回した。
「またどこかで出会えたら、その時は――」
そこまで言いかけた時、目の前が真っ白になった。
目を閉じていても開いていても白い世界。息はしているはずだ。眼球は動いているはずだ。手足も動かせるはずだ。けれど意識とは正反対に体からの応答がない。今俺はどこにいてなにをしてるんだろう。そう思った瞬間、急に現実が体に定着した。




