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それでも俺は異世界転生を繰り返す  作者: 絢野悠
〈expiry point 7〉Count down
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九話

 そこで俺は気づかなければいけなかったのだ。後退した俺をルイが追ってこないことをおかしいと思わなきゃいけなかったのだ。


 距離を離したところで気がついた。ルイの手に注射器が握られていることに、だ。


「なんだよ、それ」

「これか? これこそが俺の切り札であり、この世界に来た理由でもある」

「切り札? 理由? どういうことだよ」


 ルイがニヤリと笑った。価値を確信しているような笑顔を見ていると胸糞が悪くなってくる。


「わからないようなら言ってあげるよ」


 注射器を地面に捨てたかと思ったら、その注射器を強く踏みつけた。


「この世界にはワクチンが存在する。それは知ってるよね」

「もしかして今のがワクチンなのか?」

「そうだよ。このワクチンはウイルスを中和する効果がある、つまり中和剤としての効果も持っているわけだ」


 少しずつ、少しずつだが体から力が抜けていくようだった。


 俺はウイルスに汚染され、適合したからこそ魔法を身に着けて、ハローワールドを取得した。ワクチンを打たれた今、俺は、その力を失う。


「絶望してるところ申し訳ないんだけどね、この世界で作れたワクチンが未来で作れないと思うかい?」


 ルイが言うように、未来の世界はありとあらゆる技術が発展した世界だ。荒廃しているように見えるが、科学技術という意味ではこの世界とは比べ物にならない。


 そうやって考えて、とんでもない矛盾に気がついた。


「この世界で作れるものが未来で作れない理由がない」


 魔法の手を借りているかもしれないが、クローン技術をほぼ完璧なものに仕上げた技術が根付いている。その世界でワクチンが作れないなんてことはありえないのだ。ウイルスそのものは人の中にあるのだから。


「そうだよ。ワクチンは作れる。この世界にあるよりもずっと完全なる、ウイルスの効果を完璧打ち消すワクチン兼中和剤が」

「じゃあなんであの世界にはまだ魔法があるんだ?」

「まだあるんじゃない、あれが普通になった世界が未来なんだ」

「魔法やスキルを消すことができない、ってことか?」

「あの世界にはすでにウイルスが蔓延し、そもそもそのウイルス込みであの世界が形成されている。世界が存続するのにも必要で、人が生きるのにも必要になっているのさ。だからワクチンなって作ったって意味がない。あそこの空気は、ウイルスが混じっているようなものだからね」

「それすらも中和するワクチンくらい作れるんじゃないか?」

「それができたら良かったんだけどね、どうやらそう簡単にはいかなかったみたいだ。まあボクが作るわけじゃないから詳細はわからないけど」


 この言葉だけでも「ルイにはワクチンやウイルスを作る力がない」ことは理解できた。おそらくルイは父親と違ってそういう方面での知識はないらしい。


 それは別として、ルイがこの世界に無理矢理にでも来たかった理由はわかった。性能が落ちても、ウイルスを中和するワクチンが効果を発揮する状態が必要だったのだ。ワクチンそのものが必要だったわけじゃない。


「過去じゃないとワクチンが機能しないからここまで来たってか」

「そうだよ。この世界じゃないとキミのスキルを無効化できないからね。キミのスキルさえ無効化できれば簡単だ。もう一度過去に戻って未来を改変すればいい」

「もう一度って、またフレイアのスキルを使うつもりかよ」


 フレイアはマザーの能力を完全には受け継いでいない。不完全だから時空転移すればその命が奪われる。


「そうだよ。すごく便利だからね。でもキミは簡単に偽物を使わないだろ? いや、使えないんだ。今まではキミが死ねば偽物も蘇生する。でもキミのスキルが使えない今どうなる? 今キミを殺せば、この世界はどうなると思う?」


 ルイが右腕を俺の方に向けた。一番、いい笑顔だったと思う。


 ルイの手から放たれた光弾がまたたく間に目の前に接近していた。終わっただとか死んだだとか、そんなことを考える間もなかった。


 はずだった。


 俺の体が衝撃で横に飛んだ。ブレる視界の中で光弾が通り過ぎていくのが見えた。


 俺は尻もちをついているが、俺の上には誰かが覆いかぶさっていた。この甘い匂いは覚えがある。


「フレイア……?」


 彼女が顔を上げた。額から汗が垂れて俺の服の上にポタポタとシミを作った。


「大丈夫?」

「俺は大丈夫だけどお前は? っていうかなんでここに?」

「こっちにもいろいろ事情があるんだよ」


 まるで予期していたようなタイミングだとは思った。でもこの状況でその部分を言及している時間はない。


「時間を掛けすぎたかもしれないね」


 ルイはそう言ったあとで森の中へと消えていった。


「追わないと」


 立ち上がって走り出す。しかし思ったよりも速度が出ない。今まで魔法に頼り切っていたツケが回ってきたということか。


「いくよ」


 そこでフレイアが俺の小脇を抱えて走り出した。


 森の中をどんどん進んでいくが、小脇に抱えられているせいで葉っぱや枝が腕や顔に傷を作る。文句を言うわけにもいかないのでルイに追いつくまでは声を出さない方がいいのかもしれない。

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