七話
前回戦った時は手応えがあった。俺の方が強いっていう手応えだ。しかし今はそれがない。気迫というか気配というか、そういった類の「具体性のない感覚」において俺とルイの差がないように感じられるのだ。
「ボクだって遊んでたわけじゃない」
腹を蹴られて距離ができた。踏ん張って耐えるが予想よりも脚力があったせいで十メートル以上も蹴り飛ばされてしまった。
ルイと戦うには距離を取られてはいけない。できるだけインファイトでケリをつけないと負ける可能性があるからだ。
「キミは不思議に思わないのか?」
ルイが構えを解いた。
「なにが?」
「ボクが生きていることに対してだよ」
「そういえば自殺したとかなんとか……」
もう一つ、フレイアのクローン数体が拉致されたという情報もあったはずだ。だがルイの遺体は間違いなく存在していた。フレイアのクローンを拉致して、彼女のスキルを使ってこの時代に来たのならば矛盾する。
「未来はね。思った以上にありとあらゆる技術力がこの時代よりも上にあるんだよ。世界が一度破壊されたことで荒れているようには見えるけど、その実魔法のおかげで凄く高度な技術がある。見た目は良くないかもしれないが、この時代から比べたら間違いなく未来なんだよ」
「だからどうした。そんなことはわかってる」
「わかってないね。そこの出来損ないを見てくれよ」
もう人ではなくなったフレイアを一瞥した。
「そこの出来損ないがクローンだとしたら、ボクがクローンでないといい切れる?」
「そういうことか」
「ああ、そういうことさ」
ルイはクローンである、と。
「つまりお前も誰かのクローンで短命ってことか」
「クローンであることは間違いないが短命っていうのは間違いだ。ボクは完全なるクローン体。完全体なんだから出来損ないとは価値が違う。その代わりに量産は不可能に近いから、クローンのストックは二体が限界だ」
「完全体?」
「そうだよ。ボクは――」
今まで見たことがない、醜悪な顔でルイが笑った。
「留川累のクローンさ」
聞いたことがない名前だった。
「トメガワ、ルイ……」
「そう、この地球を変異させたウイルスを作った留川依一の一人息子だ。ウイルス生成を手伝った、いわば第一人者と言ってもいい人物だよ」
「そのクローンがお前か。留川依一ってのはなんでもできるんだな。ウイルスからクローンからなんでもありだ」
「そうだよ。そもそもクラウダが使っているクローン技術はボクたちから盗んだ物だ。だからこそ中途半端になったみたいだけど。クラウダは完全体を作ることができなかった。スキルも中途半端で短命だ。テロメアの調整に正確なアプローチができなかったせいだよ。ああ、テロメアっていうのがわからないかな? まあ、説明しなくてもいいよね。どうせ近いうちに死ぬわけだし」
いろいろツッコミどころはあるが順序というのがある。
「お前は自殺したけど他のクローンが出てきた。そしてそのクローンがフレイアのクローンを拉致した。これは間違いないよな?」
「そうだよ」
「そしてフレイアのクローンを使ってこの時代にやってきた」
「本当ならもう少し前に戻ってキミを殺したかったんだけどね。あの出来損ないの力じゃ限界があるらしい。何体もクローンを使ってようやくここまでやってきた。この時代にも用事はあったし、問題ないと言えば問題ない」
「でも俺には疑問がある。お前は俺と戦ったことがあるルイなのか?」
「答えはイエスでもノーでもある。出来損ないと一緒でさ、記憶のコンバートを行うんだ。だから死ぬ前の記憶があるんだ。出来損ないとは違って性格や趣味趣向も全部同じに作られている。だから完全体なんだ」
きっと完全体であることを誇りに思っているんだろう。そもそも、それだけ完璧ならクローンかどうかもわからない。ただただ老いないように体を入れ替えているだけだ。
「そんな完全体様がどうして過去に戻らなきゃいけなかったんだ?」
「決まってるだろう? キミを殺すためさ」
「俺を殺して未来を守る、か」
「そうだよ。【破滅の子】を殺すのはデミウルゴスの最終目的でもあるからね」
ルイはついに構えをとった。
「じゃあ、目的を果たさせてもらおうかな」
なんて言った。
「勝てると思うのか?」
「やってみなきゃわからないけどきっと勝つよ。ボクがこの時代にいるのだって、キミに勝つのが目的なんだから」
「お前はいつも自信満々だよな。だからいいんだけど」
「鼻っ柱をへし折るのが楽しいかい? キミも大概いい性格してるよ」
「ちげーよ。そこまで自分に自信を持ってるなら、俺だって手を抜く必要がねーだろうが。ちゃんとぶっ潰してやれるだろ」
俺も拳を上げて戦闘態勢に入った。そして、お互いに飛びかかった。




