一話
目を開けるとボロ屋の天井。再び現実世界に戻ってきた。何度目なんだとか思わないでもないが、もうここまで来ると回数なんてどうでもよくなってくる。
コーヒーの匂いがして体を起こす。フレイアが朝食の準備をしてくれているみたいだ。朝食といっても大したものはないんだろうけど。
「おはよう、よく眠れた?」
フレイアがコーヒーカップと菓子パンの袋をテーブルに置いた。。
「まあ、それなりに」
菓子パンの袋を開けてかぶりついた。パンそのものはパサパサしていたが中のカスタードクリームは甘すぎず、流し込んだコーヒーと合わせるとちょうどよかった。
すぐに双葉も起きてきたので、図らずして三人で朝食をとることになった。一応テレビなんかもあるみたいでニュースを見ながらもくもくと菓子パンを食べる。ニュースでやってる内容は、おそらく現実世界では普通の内容なんだろう。でもあっちにこっちにと行き来しているので酷く久しぶりに感じた。それにまだ化け物の件は公にされていないみたいだ。
コーヒーも飲み終わり、三人で顔を見合わせた。
「これからやることはわかってる?」
フレイアが低いトーンで言った。
「目的は前から変わってないだろ? ミカド製薬をぶっ潰すだけだ。その前にウイルスをなんとかする必要はあるんだが……」
「あとは齊間景の方も対策が必要でしょうね。あれはただの人間だし普通に対峙すれば腕力では負けない。問題は景に近づくのが難しいというところかな」
「前回催眠ガスでやられたからな。それに近づくのに失敗するとまた薬漬けにされる」
「ようはやり方を間違えなければいいってことだよね?」
そう言ったのは双葉だった。
「なんかいい作戦でもあるのか?」
「作戦っていうほどのものじゃないけど、私達はそもそも普通の人とは違うんだよね。腕力もそうだし魔法も使える」
「まあ人間じゃないからな」
どちらかと言えばモンスターに近い存在なわけだし。
「小細工は必要ないんじゃないかな」
「小細工って?」
「力で解決できるんじゃないかなってこと」
腕を組んで目を閉じる。それは魔法を使って全部ぶっとばせってことだろうか。
「それだと誰に被害が出るかもわからないし俺たちの存在もバレるだろ」
「別に建物を大きな魔法で吹っ飛ばせって言ってるわけじゃないんだよ。全部に対して力を使うんじゃなくて、必要なところだけでいいんだよ。例えば建物内のドアなんかは魔法で破壊できるでしょ? 別に人間らしく振る舞わなくていいってことだよ。化け物は化け物らしくやろう」
「化け物ってお前……」
なんだか今までと双葉の様子が変わった気がする。芯が太くなったというか、人として強くなったというか。上手く言い表せないけど間違いなく変わった。内気で弱虫だった双葉はもういない。
その時、フレイアが手を叩いた。
「じゃあ早めに行動に移そう。まずはワクチンの奪取かな」
「結局ワクチンとウイルスを混ぜれば解決する問題なのか?」
「それはクラウダに聞いてきたから間違いない。あのウイルスはワクチンの混ぜることで効果を失う。ただしウイルスとワクチンが別の場所にあるから、ワクチンを奪取してからウイルスがある場所に持っていかなきゃならない」
「ワクチンの場所は?」
「ここから西に新しい研究所があった。森の中に隠されてたけど、魔法っていう万能の力の前に隠蔽なんて意味ないに等しいからね。ちなみにウイルス自体はイツキたちが捕まったところにある、と思う。確証はないから断言はできないけど、両方制圧できれば間違いなくパンデミックは阻止できる。でも早く行かないとウイルスを移されるかもしれない」
「すぐ行動しないとヤバそうだな。でも一回侵入して、その上逃げたとあったら警戒されてもおかしくない」
「もうウイルスが移されててもおかしくないしね」
「ミカド製薬の方に移された可能性は?」
「ないこともないかな。調べてみないとわからないけどね。研究所はこの山と、西の森と、町中にあるミカド製薬の三つで間違いないと思うけど……」
となればその三つのどこかにはあるんだろうな。でも景はミカド製薬の研究所はもう使われてないとか言ってたな。
「それじゃあ別行動するのはどうかな」
そう切り出したのは双葉だった。
「それはさすがに危なくないか?」
「フレイアさんもお兄ちゃんも一人で問題ないでしょ? このレベルだと私も大丈夫だと思う。向こうの世界だったら私は役に立たなかったけど、こっちの世界ではスポーツ選手も格闘家も、刀も銃も戦車でさえも私達に傷一つつけられない」
「まあそれは言い過ぎだが」
魔法で体を強化してなきゃ刀も銃も戦車に対しても素手で戦うことなんでできない。逆に言えば、たしかに双葉が言うように俺たち三人は魔法を使うことでこの世界では無敵に等しい存在になる。
「ちょっと言い過ぎたけど、ちゃんと要領を把握してれば三人バラバラに行動しても問題はないと思うの。ちょうど研究所も三つあるし、三人で別の場所に向かうっていうのはどうかな」
「さすがにそれは……」
過保護と思われても仕方ないが、あんな危ない思いをしたあとで双葉を一人にするのは気が引ける。というかこの件が終わるまではそばにいてほしいとさえ思っている。
「お兄ちゃんの気持ちはありがたいよ。でもね、今までの私じゃないんだよ」
その瞳には力強さがあった。双葉が自分で言い出してここまで俺から離れて行動しようとしているんだ。俺が拒否し続けたら、それは双葉の決意や行動力を否定することになってしまう。
「はあ……」と、ため息を吐くことしかできなかった。




