三十九話
違う、理解したくなかったのだ。
「ごめんって、どういうことだよ」
「私はイツキのことが好きだけど、イツキと恋人関係になることはできない。きっとなにがあっても、どういうことがあっても、私とイツキが恋人にになることはないの。なっては、いけないの」
「俺が過去の人間だからか?」
「そういうこと。イツキは過去の世界の人間げ私はこの世界の人間だから。イツキは最終的に過去に戻らなきゃいけない。私は過去の人間じゃないから戸籍はないし、なによりも私の寿命は普通の人よりも短いの」
「クローン、だからか」
「そういうこと。過去とか未来もそうだけど、私はイツキと同じ時間を生きることができないの。これ以上お互いに情を持ってしまうと別れる時にきっと辛くなる。短命である私はまだいいけど、イツキはその辛さをずっと抱えて生きなきゃいけないから」
「そんなの――!」
そっと、唇に人差し指が当てられた。
「これ以上この話はやめましょう。例えなにを言われても、どんなことがあっても、私の気持ちが変わることはないから」
「お前は本当にそれでいいのか? 短命だからこそ、今を大事に生きなきゃいけないんじゃないのか?」
「私は平気。だって最初からわかっていたことだから」
歯を見せて笑った。それは出会った頃から変わらない笑顔だった。
納得なんてできやしない。俺はフレイアと一緒にいたいし、フレイアだって俺のことが好きだと言ってくれている。どんな手を使ってでもフレイアと一緒にいられる道を探すというのが俺がやらなきゃいけないことなんだろう。
だが、現実はそこまで甘くない。フレイアが言うように戸籍の問題もあるし、寿命の問題もある。フレイアを過去に連れ帰ったとしても、普通の人と同じように扱うことはできない。それに短い命、短い時間を俺が奪うことになる。なによりもフレイアが今まで生きてきた世界を捨てさせることになる。つまり、ありとあらゆる問題が壁になって立ちはだかっているのだ。
下唇を強く噛んだ。認めたくはない。「俺がなんとかする」と言って反論したい。でもそんなことは、俺にはできない。
この世界に来て初めて出会って、いろんなことを教わった。美人で明るくて優しくて、そんな人と両思いになれたのに。
「そんな顔しないで」
温かく柔らかい手で頬を撫でられた。
「でも、私のことは忘れないで欲しいな」
なんて、ちょっとだけ悲しそうに笑うもんだから鼻の奥が痛くなってきた。自分でもどうしようもないくらいに涙がこみ上げてきてしまう。
「ごめんね、イツキ」
フレイアは俺を抱きしめてそう言った。
だから俺もフレイアを抱きしめ返す。
「もう謝るなよ」
「うん、そうする」
俺が腕に力を込めるとフレイアもまた力を込めてきた。気づいたら二人で涙を流していた。今はただそれだけがすべてだった。お互いに好き合っていて、お互いに時間を共有したくて、お互いを尊重したくて、お互いの気持ちを遠ざけるしかなかった。
どれだけそうしていたかわからないけど、フレイアの方から体を離した。
「私たちにはまだやらなきゃいけないことがいっぱいある。私たちにしかできないことだから」
「そう、だな」
正直納得したわけじゃない。でも今は納得したフリをするしかないんだ。フレイアもきっとそうなんだって、そこに対してだけ納得するしかないんだ。
自分の頬を思い切り叩いた。彼女が言う通りだ。やらなきゃいけないことを片付ける。俺に課された使命で、俺がここにいるのはそのためなんだから。
「よし、できることをやるか」
「なにからやる?」
「まずはルイから話を聞く。こっちはクソほど拷問されたんだしな、やり返すってことはないけどある程度は許容してもらわなきゃな」
「そういえば拷問は大丈夫だったの?」
「大丈夫なもんか。何度も何度もいろんなクスリ打たれて頭がどうにかなりそうだった。強制的に眠らされたち、強制的に起こされたり、なにも考えられなくさせられたり。指や腕や脚を切断されたり、腹をかっさばかれて腸を引きずり出されたり。そのたびにミリシャが治すもんだから同じ痛みを何度も何度も繰り返し味わうことになるわけだ。悪夢なんてもんじゃなかった」
「よく、正気を保てたね」
「正気を保つ必要があったから三十二回死んだ」
「繰り返したんだね」
「俺のハローワールドは経験を引き継ぐからな。経験は引き継ぐけど身体に影響はない。俺の体や脳に異常が現れてからじゃ遅かった。俺という存在に異常が出る前に、クスリや拷問に対しての耐性や経験を引き継ぐ必要があったんだ」
「大変だったね」
「それもここまでだ。今からアイツに問いただしに行く。ルイはどこにいる?」
「派出所の地下牢に閉じ込めて魔法やスキルが使えないようにしてある」
「じゃあそこまで案内してくれ」
「わかった」
同時に立ち上がってドアに向かう。頭を切り替えていかなきゃやってられない。ある程度この世界でやることやったら死んで過去に戻らなきゃいけない。それもまた覚悟が必要だ。いくらなんでも、自殺に慣れるなんてことはないからだ。




