三十七話
ゆさゆさ、ゆさゆさと体が揺らされていた。しかしまだ起きたくない。こんなにもちゃんと眠れたのは久しぶりだ。
「あと五分……」
布団を抱き込みながら寝返りを打った。それでも俺の体を執拗に揺らしてくる。
「もう、なんなんだよ」
それでも俺は頑として起きようとはしなかった。
「起きてよイツキ」
その声が俺の眠気を吹き飛ばした。
布団を跳ね飛ばしながら起き上がると、そこには求めていた少女の姿があった。
「びっくりするじゃない……」
フレイアだった。ここでようやく実感できた。ルイの手から逃れて戻ってきたんだ。
「フレイア」
思わず抱きしめてしまった。柔らかくて温かくて、俺がちゃんと戻ってきたんだと実感できる。そんな存在だ。
「怖かったね」
フレイアは拒絶することなく抱き返して「よしよし」と背中をなでてくれた。
それから五分ほどそうしていたがしばらくすると我に帰る。俺はいったいなにをしているんだ、と。
急いで体を離すとフレイアの真っ赤な顔が目の前にあった。フレイアのこういう顔は見たことがない。いつも格好良いいのがフレイアだったから。
それはなぜか。そんなことよくわかっている。このフレイアは俺が共に旅をしてきたフレイアじゃないからだ。そう考えるとなんだか寂しくなる。同じ顔をした同じ人間のはずなのに違うんだから。
フレイアが俺の頬を触った。
「大変だったね。もう大丈夫だから」
それでも彼女は基本的にはやはり変わらない。優しくて、強くて、温かい。
見つめ合ったまま、その柔らかそうな唇に近づいていく。フレイアはそれを拒もうとはしなかった。
その時、ノックが部屋中に響いた。
「は、はい!」
思わず声を上げてしまった。
部屋に入ってきたのは双葉だった。
「お兄ちゃん!」
駆け寄ってきたかと思えば胸に飛び込んできた。こんなに大胆なヤツだっただろうか。
「心配したんだから!」
顔を上げた双葉の瞳は潤んでいた。
「ああ、すまなかった」
何度も何度も頭を撫でた。大変な目に遭ったのは俺のはずなのになんで俺が双葉を慰めてるんだ……。
が、これでいい。俺はどこまでいっても双葉の兄で、なにかあったときには双葉を助けるのが俺の役目なんだから。
そうやっているといつしか寝息が聞こえてきた。
「なんでだよ……」
「フタバちゃんはずっと心配してたのよ? ちゃんと眠れてないし、眠るのはいつも泣きつかれたあとだったりね。昨日も寝てなかったから、イツキが無事だっていうのを知ってからね」
「本当に心配かけたな」
「大変だったのよこっちも。全世界のデミウルゴスが活発化してね、そのへんの村や町をデミウルゴスが支配し始めた。逆らう者は殺し、力で人を支配した」
「魔女のことだから人でも送って止めたんだろ?」
「全部は無理。警察も動いてはいるけど、デミウルゴスの規模までちゃんと把握してなかったせいで上手く抑えきれてないのが現状」
「そんなにデカイのか、デミウルゴスって」
「想像以上にね。警察も魔女も把握できていないくらいデミウルゴスの規模は大きかったの」
「クラウダはどうしてるんだ? 最後に会った時は体調もよくなさそうだったけど」
「今も体調は良くない。正直なところいつ倒れてもおかしくはないくらいには」
「そこまで悪いのか」
「私たちが考えているよりもずっと長く生きてるし、体を維持するだけの魔力もだいぶ前からなくなっている。残念だけど時間の問題だと思う」
「時間の問題ってのはもう長くないってことか」
「そういうこと。クラウダが死ぬ前になんとかしないといけないんだけど現状だとかなり難しい」
「どういう意味での難しさなんだ?」
「非常に複雑で難易度が高い。同時に、それをなんとかできる人間は一人しかいない」
彼女がなにを言いたいのかはわかっている。
「俺か」
「そういうこと。でも問題はデミウルゴスがどうのという部分ではないところなの。例えばこの世界のデミウルゴスを駆逐したところで、魔女派が行おうとしていた行為の条件は満たされない」
「過去を変えることによる未来の軌道修正だから、現状をどうにかしても意味はないって言いたいんだろ?」
フレイアが小さく頷いた。
「現状を変えるのであればイツキが過去に戻って過去を修正するしかない。デミウルゴスの痕跡を消して、ウイルスの散布を止めるしかないの」
「結局そうなるんだな。でもただ単に戻っただけじゃ意味がない。止めるための作戦を考えないとまた捕まるかもしれないしな」
また捕まるなんてのは避けなきゃいけない。前よりもレベルは上がっているしクスリに対しての耐性ついた。それでもクスリの影響をう受けないわけじゃないし、他の薬物を使われたらあっけなく倒れてしまう。




