三十五話
つまるところ、正面からぶつかりあったら負ける気がしない。
前へ、前へ。
「前へ」
今まで以上の速度で肉薄。
「なっ」
驚いてるルイの顔面に強烈なやつを打ち込んでやった。吹っ飛んで行きそうになるのを無理矢理左手で掴んで引き寄せる。もう一発、もう一発と顔面に腹部にと叩き込んでやる。
そして最後に思い切り鳩尾を蹴り上げた。
数秒ののち、ドサッと地面に落ちた。まさかこんなにあっけないとは思わなかった。今までどれだけ翻弄されたかわからないし、正直何度も殺してやりたいと思った。でもなんというか、ここまですんなり勝ってしまっていいものかと不安になってしまうのだ。
起き上がってくる気配がない。
歩み寄り、胸ぐらを掴んで体を浮かせた。
「強くなったんだね」
「誰かさんのおかげでな」
「トドメ、刺さなくてもいいのかい? それともボクと同じで人が苦しんでる姿を見るのが好きなのかな?」
「お前と一緒にすんな。単純に人を殺したくないだけだ」
「そんな綺麗事で信念を突き通せると思ってるなら、キミはいつかどこかで後悔することになるよ」
「かもな」
手を離すと、ルイの体が地面に落ちた。起き上がる気もないといった感じだ。俺のことを鼻で笑ったのが本当に面白くない。
「俺は人を殺したくない」
「お人好し」
「お前以外はな。でも警察の手前だ、これで終わらせる」
ルイの部下たちは警察官によって取り押さえられていた。そしてルイのことは双子が両側から持ち上げていた。
「これから近くの警察署に行くからアンタもついてきて。いろいろ事情も聞かなきゃいけないだろうしね」
「いろいろ大変でしたね。帰ったら頭くらい撫でてあげますよ」
「リアに手ぇ出すんじゃねーぞ」
「なんで俺が悪いことになってんだよ……」
なぜか笑みが漏れてしまう。
死にそうになった。いや、正確には何度も死んだ。試行錯誤を繰り返して、どうにかこうにかここまでやってきた。まさかルイまで捕まえられるとは思っていなかったが、デミウルゴスの幹部クラスの人間が捕まったのだ。デミウルゴスそのものを駆逐することもできるはずだ。
馬車が目の前までやってきて、双子と俺が乗り込んだ。そこにはミリシャもいたが、俺たちが戦っている最中に眠ってしまったらしい。こう見るとまだ少女だな。
馬車が走り初めてすぐ、アルが俺の脚を蹴ってきた。
「んだよ、蹴るなよ」
「なんだ、助けてもらっておいて文句言うのか」
「警察官じゃないのかよ……」
なんでこんなに偉そうなんだよ。
「申し訳ありません。蒼天の暁からはかなり切羽詰まった状況だと伺ったものですから。なんだよ元気じゃないかと拍子抜けしたんですよ」
「元気の方が絶対いいだろ……」
なにを期待して助けにきたんだよ。
「っていうかすごいタイミングだな。今度はこの地域の担当になったのか?」
「違うわよ! 大きなギルドで誘拐事件が起きたから、捜査部隊が組まれたのよ。魔女も大々的に関わってきてるから警察も見過ごせなかったのね」
「蒼天の暁と関わりがある私達にお鉢が回ってきたということです」
「よく引き受けたな」
「まあ暇だったからね」
なんて言いながら外の景色を見つめていた。
「なんで視線を逸してんだよ。普通に喋れよ」
「外の景色が綺麗だったから仕方ないでしょ」
「意味がわからん」
「気を悪くしないでください。話が来たときに即答したのはアルですから」
「おい!」
ポカポカとリアの肩を叩き始めた。
「なんだよ、心配してくれてたのか」
「すごかったですよ。話が来た直後に支度をはじめてましたから」
「やめっやめろー!」
「でも私もすぐにでも動き出したい衝動に駆られましたよ」
なんていいながら、ニコリとリアが微笑んだ。どこか大人びいたその微笑みを見て少しだけ体温が上がった気がした。
「イツキは女の子に弱くてちょろそうな上に魔女とも面識があるようなのでこれからも上手く付き合えば恩恵が大きいですからね」
「そういうことかよ」
ドキッとした俺が馬鹿みたいじゃないか。
「まあ半分は嘘ですよ」
「半分本当じゃん」
これはこれで困る。
「なにイチャコラしてんのよ」
アルが思い切り膝を蹴ってきやがった。
「いてーよ。今まで監禁されてたんだぞ。まともな飯も食わせてもらえない上に拷問までされたんだぞ。ちょっとは優しくしようって思わないのか」
「拷問されたって体に見えないけど。割と綺麗じゃない」
「優秀な治療系のスキルを持ったサド女がいたからな」
ミリシャに視線を移す。気持ちよさそうに眠りやがって。
「そうか、そいつに拷問されて治療されたってわけか」
ちょっとだけ目が怖いのはなんでだろうか。
「まあそれもルイの命令だったし仕方がない。そうだ、それで話がある」
「その子を匿ってくれって?」
「それだけじゃない。この子、ミリシャの家族を探してほしいんだ。ミリシャがルイに協力しなきゃいけなかった理由もそれだからな。もしかしたらデミウルゴスの中にはそういう奴も多いかもしれない」
「その手始め、というわけじゃないけれどこの子を開放しようということですね」
「まあそうだな。それだけじゃないが」
「わかっていますよ。彼女の治療師としてのスキルが欲しいんですよね」
「リアは俺のことをよくわかってるみたいだな」
なんて頭を撫でようとすると、リアが頭を差し出してきた。なので俺は遠慮なく頭を撫でることにした。
すると右側からも別の奴の頭が出てきた。
「なんだよ」
「リアと私は三つ子だからな」
「だから?」
「うるせー! わかれよ!」
ガツンと右胸を殴られた。どうしてこうバイオレンスなことしかできないんだ。
そんなことをしているうちに警察署までやってきた。こんなファンタジーな世界で警察署というのはなかなかギャップがあるが、これが現実世界の延長線上だと思えばおかしくもなんともないのか。
ちなみにちゃんとアルの頭も撫でた。
馬車の中で今まで俺が乗り越えてきた苦難を話した。強いクスリで意識を奪われたとか、強制的にクスリで眠らされて、強制的にクスリで起こされたりだとか、拷問されては治されてを繰り返しただとか。二人は切なそうな顔で聞いてはいたが「うんうん」「そうなのね」など、簡単な相槌しか打たなかった。




