三十一話
この世界に来てからライセンスで連絡を取り合うことはあっても他の手段で連絡をとったことがない。ここが未来だというんであれば電話かなにかあってもおかしくないはずだ。まあ警察に行けばなにかしら連絡手段はあるだろう。
町の人に話を訊きながら派出所に向かった。町の入り口にあったので非常にわかりやすい。それに現代にあった派出所の雰囲気がある。大口の入り口、中にはいくつかの机、一本の通路で奥の方に行かれる狭い空間だ。
「すいません」
そう言って中に入ると恰幅が良い制服の男性がこちらを見た。
「どうかしましたか? おや、キミたちはここらで見ない顔だね」
「ちょっと事情がありまして――」
長距離の馬車に乗って、寝て起きたら荷物がなくなっていたことなどレストランの店主に話した内容をそのまま警察官にも話した。警察官はうんうんと頷いていた。
「それでですね、ギルドのメンバーに連絡を取りたいんですがライセンスも失くしちゃったんです。レストランの店主が警察官なら連絡を取ってくれるんじゃないかって言われて」
「そういうことか。ちなみにギルド名は?」
「蒼天の暁」
「なかなか有名なギルドだね。キミがメンバーかはわからないけどとりあえずギルド長に訊いてみるよ。ちょっと待っててもらえるかな」
「大丈夫です」
男性は俺とミリシャにイスを勧めてから奥に行ってしまった。電話みたいなものでもあるんだろうか。
まあ、とりあえずこれでなんとかなるだろう。連絡さえ取れれば確実に助けがくる。問題があるとすれば助けが来る前にルイに見つかることだ。
「落ち着かないんだな」
ミリシャが薄ら笑いを浮かべていた。
「そりゃそうだ。連絡がとれたのと助けが来たのは違うからな」
「確かにそうだ。でもなんというか、森の中にいたときよりも心が落ち着いてないような感じがする」
「どうしてそう思う?」
「笑わなくなった」
「最初から笑ってない」
「そうじゃなくて、なんていうか、私を脅すような笑顔も見せなくなったなって。今まではなにをどうすれば私がどういう反応するか知ってたみたいな感じだったのに、この町に来てから急に余裕がなくなったなって」
「思い違いだ」
「ならいいんだけど」
ミリシャはため息をついて外に視線を移した。
五分ほど、俺もボーッと外を見ていた。他にやることがないからだ。
ここはのどかでいい場所だ。こんなふうにして時間や刺客に追われてなかったら、この世界でこんな町や村に住んでもいいかもしれない。農業なんかやったことないけど、やったらやったで楽しくやれそうだ。
ふと一人の女性の顔が浮かんだ。
「優帆……」
口に出してハッとした。どうしてあんなヤツの名前が出てくるんだ。フレイアならまだしも。
「ユウホって誰だ?」
「知らなくていい。お前には関係ない」
「もしかして恋人? でもアンタはフレイアって女に入れ込んでたんじゃないのか?」
「どこから聞いたんだよそれ」
「ルイがそう言ってた」
「お前らそんなに仲よかったのか?」
「仲がいいわけないだろ。アンタと一緒だ。勝手に部屋に入ってきて、勝手に喋って勝手に出てく。そういう男なんだよ、アイツは」
「部屋に勝手に入ってくるのか? 女の部屋に?」
「アイツにとって私は女である以前に人じゃないからだろうな。拷問するための道具でしかない。そうだな、家畜と言ってもいい。家畜やペットに向かって「入ってもいいですか?」なんて訊くやついないだろ」
「確かに」
「つまり私はその程度の存在ってこと。アンタも同列だけど」
「仕方ないだろ。俺は人質以下の存在だったんだからな」
「私も似たようなもんだけどね。で、ユウホって誰?」
「その話に戻るのか。まあいいけど」
なんて説明したらいいかわからない。ルイから俺のスキルのことを訊いてないだろうし、そうなると説明するのが非常に難しくなる。全部話してもいいのだが、それはそれで問題がある。俺がコイツのことを信用できていない、という問題だ。
「幼馴染だよ」
「女?」
「そう」
「その子にも気があるんだ?」
「そういうわけじゃない」
「そうじゃなきゃ名前なんて出てこないだろ」
「幼馴染だからな、昔から呼んでる名前が出ただけだ」
「ってことは心のどこかで昔を懐かしんでるのかもな」
「心のどこか? いつでも昔を懐かしんでるよ。今でも、昔に戻りたいって思ってる」
なにも知らなかったあの頃に戻って、やり直せるもんならやり直したい。
しかし、やり直したとしたらどうなるんだろう。ミカド製薬のウイルスを注射し、狼の化け物になったやつに追いかけられ、結局車に轢かれて終わるんじゃないだろうか。それがいいことなのか悪いことなのか。さすがに俺にはなんとも言えない。
「まあでも気持ちはわかる。私だって、昔に戻れたらいいなって思うことはある」
「誰にだってある。でも過去を望んだってなにも変わらないからな。過去に戻ったって、未来の姿がここにあるんだからな」
「どうやっても時間の流れには勝てないってことか?」
「そういうこと」
「でもその未来を良いものにできる可能性はある。それが誰にとって良いものなのかはわからないけどな」
なんて言って地面を見た。
「人生なんてそんなもんだ」
「ふざけたこと言いやがる」
年も変わらないし俺のことを散々拷問しておいて上から目線でよくそんなことが言えるもんだ。例えばそれが誰かの命令だったとしても、俺を拷問したということに対して後ろめたさのようなものがまったく感じられない。それがまたコイツを好きになれない要因になっている。
「でも俺は極力自分にとっても、他の誰かにとっても良い未来が作れればいいって思ってる」
「それがボクのためだったらありがたいなあ」
聞き覚えのがる声が会話に割り込んできた。派出所の外からだ。
心臓の音がうるさい。しかし、顔をそむけるわけにはいかなかった。




