二十八話
彼女を木の幹に座らせて頬に触れた。彼女の体が強張っていくのを感じた。口ではあれこれ言うが体は怖がっているみたいだ。
「さあ、どうする」
今更汚い手を使いたくないなんて、そんな綺麗事で済まされるような話ではないのだ。もう綺麗事で片付けられる時間はとうに過ぎた。
俺の人生を、俺たちの人生を取り戻すには悪魔にだって魂を売るつもりだ。そうでもしなきゃ前に進めないなら、俺は喜んでそうするさ。
ミリシャは生唾を飲み込んだ。
「協力する」
「口答えは?」
「――しない」
「よし、行くぞ」
軽くヒールをかけてやってからリードを引っ張った。ミリシャは納得していなさそうな、不服を体現したような仏頂面で立ち上がった。そして抵抗することなく、俺の歩幅に合わせて歩き出した。
神経を研ぎ澄まして歩き続けた。
この森は比較的安全で、野生動物に襲われることもおそらくない。俺が神経を尖らせている原因はひとえにルイに追いかけられると面倒くさいからだ。
俺がアイツについて知り得たことの一つに、隠密行動がそれなりに得意だということ。エルドートに侵入したのだって隠密行動に長けてなきゃできない芸当だ。
しかしプロフェッショナルというほどではないようだ。俺とのレベル差がそこまでないというのも原因だろうが、ちゃんと神経を尖らせておけばなんとか感じることができる。
そうして足を動かし続けて森の端が見えてきた。ようやく抜けられたと大きく息を吐いた。
森を抜けると、目の前には草原が広がっていた。森と隣接しているとは思えないほどに爽やかな夜風が吹いている。かいた汗がスーッと冷やされて頭が冴えていく。
このやり方が正解かどうかなんてわからない。でも目の前にこの方法しか提示されなかったんだから仕方ない。と、思うしかないのだ。
リードを引っ張ったまま草原を歩く。幅が二十メートル以上はあろうかという川が見えてきた。これだけ大きな川ならば下流に町があってもおかしくない。この世界は川か森の近くに街を作ることが多いような気がする。その経験があっているかどうかはわからないがその川にそって下っていくことにした。
川に沿って歩き、近くに大きな橋を見つけた。
橋の下に降りていき一息つくことにした。橋の下ならば外からも見えにくいし、願うならここで一晩明かしたい。
俺はリードを繋いだまま、ミリシャを川まで連れていった。
「なにする気?」
「体でも洗ってやろうと思っただけだ」
バッグからクスリの注射器を取り出した。
「やめて……!」
「悪いな、それだけはできない」
無理矢理ミリシャにクスリを打った。俺も体感しているからわかるが、このクスリはかなり早い速度で効いてくる。
一分、二分と時間が経ち、十分もしないうちにミリシャの目が虚ろになってきた。
ミリシャを川辺に座らせて彼女の体をそっと洗った。自分で洗ってもらってもよかったのだが、こうした方が上下関係をわからせることができると思ったのだ。
正直こんな形で女性の体を見ることになるとは思わなかった。当然だが罪悪感はあるし、恥ずかしさだってある。
「すまないな」
そう言いながらミリシャの体を洗い、次に自分の体を洗った。
体を洗い終わってから橋の下、外から見えなさそうな場所に移動した。あの注射器を一本打てば朝まであの調子だろう。一応手足を縛り付けて橋の柱に縛り付けた。
俺は俺で寝る体勢に入った。
横になって監禁されていたときのことを思い出す。クソみたいな経験だったし二度とゴメンだとも思う。けれどこの経験がなかったら、ここまで非道にはなれなかったと思う。
俺は甘く見すぎていたのだ。デミウルゴスやルイと対峙することがここまで過酷だとは思わなかったのだ。
あまり言いたくはないが、ここまで意志が固まったのはルイのおかげと言わざるを得ない。
「待ってろよ、お礼にぶん殴ってやる」
そう、何発もお見舞いしてやる。
少しずつ、少しずつ意識が遠のいていく。
心臓の音が小さくなっていく。安堵し、気持ちが落ち着いていく。
そうして、俺は眠りについた。




