二十七話
彼女はきっと、今まで自分の方が俺よりも上だと思っていたに違いない。涼しい顔をして拷問し、仕事を終えて部屋を出ていくのだ。見下されていても仕方がないとは思うが、だからこそここで「どちらに選択権があるのか」を思い知らさなければならない。単純に俺の方が戦闘力も上だろうし、逃げようとしたら腕一本程度は覚悟してもらう。あとは肋骨数本か。
「私の家族を救ってくれるんだろうな」
彼女をとりまく空気が変わった。俺のことを恐れ始めている。
「約束はちゃんと守る。行くぞ」
腕を掴んで立ち上がらせる。まだ今の状況を受け入れきれていないのだろうか、やや脱力した状態だった。それでも無理矢理立ち上がらせて歩かせた。この森がどれだけ広いかはまだわからない。しかし、おそらくもう少し歩けば抜け出せるはずだ。
ずっと歩き続けて、少しずつ日が落ちてきた。思ったよりもペースが上がらなかったせいだ。俺一人であればもっと早く抜けられたかもしれないが、拘束したミリシャを連れて歩くとなるとどうしても限界がある。
「どうして」
そんなときにミリシャがつぶやいた。振り返ると汗だくの彼女が息を荒くして睨みつけている。
「なにがだ」
「どうして私を連れてきたんだ」
もっともな疑問だ。
ミリシャとは対照的俺はまだ体力的には余裕がある。汗はかいているものの、途中で休憩して水分補給もしているから問題ない。風呂に入っていないせいで臭いはどうすることもできない。だがクスリの影響はもうほとんど残っていないのでまだまだ歩ける。このままなら夜が明けるまでには森を抜けられる。
このままなら、だが。
「お前が必要だったからだ」
「非力で体力がない私をか」
「ああそうだ」
「人質にもならないのに」
「人質にはなるさ。たとえばお前を盾にするだけで、俺は数秒間でも生き延びることができるようになる。その数秒が命を分けることもある。手足を失っても、生き延びられればいいって考えることもできるからな」
「盾を用意するよりも一人で突き進んだ方が早かったんじゃないか? 今の状態ならいつ見つかってもおかしくない」
「大丈夫だ。見つからない」
「どうして言い切れるんだ? もしかしてお前、未来予知とかそっち系のスキルなのか?」
「まあ近いものがある」
コイツには俺の能力を知られたくない。コイツに俺の能力を知らせるのはもっとあとでいい。
「それならそもそもなんで捕まったんだ」
「俺にもいろいろと事情があるんだよ」
「なるほど、万能じゃないってことか」
命を握られてるっていうのに鼻で笑いやがる。
「俺のこと馬鹿にしてるみたいだがいいのか? ここでお前を痛めつけてやってもいいんだぞ」
「できないんだろ。お前は私の――」
目の前からミリシャの姿が消えた。いや、俺が消したのだ。裏拳をミリシャの右頬に叩きつけて、その勢いでミリシャが草木の中に吹っ飛んだ。
近くの木にぶち当たり、ミリシャは目を白黒させながらのたうち回っていた。
「俺がお前のことを殴れないとでも思ったのか?」
コイツは気づいていないが、俺はコイツに水を飲ませるときに少しずつクスリを混ぜて飲ませていた。だからコイツは全快することもないし、魔法を上手く使うこともできないはずなのだ。
あのクスリにはいくつか明確な症状がある。頭がボーッとしてきてなにも考えられなくなる。ゆっくりと気持ちのいい眠気に誘われる。全身が痺れたようになって体が重くなる。筋肉が弛緩しているため力が入らない。そしてなによりも魔法が使えなくなる。
最初は魔法を使えないような装置でも使っているのかと思った。しかし時が経つにつれて、この症状がクスリによるものだということがわかったのだ。
だから今のミリシャはほとんど魔法が使えない。つまり、今の一撃も防御することができなかったはずだ。
「クソ、野郎が……」
横になったままミリシャが言った。目蓋は半分くらいまで下がっており口端からは血が滴っている。それでも噛み付いてくるんだからすごい精神力だ。
自己強化は弱めにしておいたからダメージはそこまででもないんだろう。まだ突っかかってくるってことはまだまだ余裕があるってことだ。そしてコイツは「俺がクスリを飲ませている」ことにも気づいたはずだ。
「まだ上下関係がわかってないみたいだな」
俺が歩み寄ろうとすると僅かに肩を震わせた。
「怖いか?」
「誰が誰を怖がるって?」
眉を寄せて、嫌なものでも見るような目をしている。まったく説得力がないのだが、今までいいようにやられてきた分少し楽しくなってきてしまった。
ミリシャの前でしゃがみ込み、髪の毛を掴んで頭を上げた。
「でも死んでもらったら困るんだよ。お前は俺の右腕になってもらいたいからな」
「誰がお前なんか」
「じゃなきゃお前の両親は死ぬ。さっきもしたよな? お前はどうやっても逆らえない。俺が大怪我をしたら助けるしかない。特に、もしもルイがそこにいたのなら尚更だ。お前に協力してもらって脱走したって言うつもりだからな」
「お前の話を信用するとでも?」
「信用するしないは関係ない。その疑惑さえあれば、きっとアイツなら両親のどっちかは殺すだろうからな」
ミリシャは小さく舌打ちをした。本当はやりたくはないが服従させるにはこれしかない。




