二十四話
ああそうだ。遮断できない限り、拷問の痛みに慣れることはない。しかし少しずつ痛みに対しての耐性はつくし、コイツらに対しての憎悪も膨れ上がっていく。
思い切り歯を食いしばって全身に力を込める。同時に、ほぼ封じられているはずの魔法を発動して全身を強化。一瞬で拘束を振りほどいて行動を開始する。無理矢理拘束を解いたせいで部屋中に血飛沫が舞った。いくら強化していても、拘束具もまた強化されているので相当な痛みを伴うのだ。
素早くミリシャの背後へと接近した。左腕を顎と鎖骨の間に入れて右腕で左腕を引き寄せる。これでミリシャの首を締め上げるような形になった。
「な、なんで……!」
力を強める。
「静かにしろ」
ミリシャは「あ、う」と呻きながら首を縦に振った。
「どうして俺が拘束を解けたのかは後で話してやる」
腕の力を弱め、拷問器具の一つである手錠を取った。それで両手を封じる。この動作も慣れた物だ。
拷問器具の一部にあった注射器をミリシャの首に注射する。おそらくは俺が打たれていた物と同じだ。
「行くぞ」
ミリシャが持ってきて拷問器具をバッグの中に戻して肩にかけた。武器にもなるし、この注射器がないと彼女を操れないからだ。
腕を引いて部屋を出た。灰色のレンガを積み上げたような造りの建物で、廊下も他の部屋も石造りだ。俺が監禁されていた部屋だけ少しだけ整備されていた。
ミリシャの腕を引っ張っていくが、即効性の薬なので焦点を失って足元もおぼつかなくなっていた。
ミリシャと共に部屋を出たあとで耳元で「傷を治せ」と囁く。彼女は「うあっ」とよくわからないことを言いながら俺の傷を治した。意識ははっきりとしていないがスキルはちゃんと使える。
右に左にと移動を繰り返し、警備兵と遭遇したら叫ばれる前に顔面を殴りつけた。基本的に人が来ないであろうルートを通ったが、それでもまったく遭遇しないというのは不可能だった。
廊下を突き進んで、両開きの鉄のドアをゆっくりと開く。鍵は掛かっているが、物理的なものなので炎で溶かした。
そうしてドアを開けるとムワッとした熱気が飛び込んできた。サウナよりはマシだが、それでも蒸し暑さで、空気を吸い込んだだけでクラっとしてしまった。
ドアの向こうは森の中だった。山をくり抜いて作ったのだろう。抜けて森の中へと入っていく。
ため息を吐きながら前髪を上げる。ここがどこかはわからないが、しばらくはデミウルゴスに見つからずに行動しなきゃならなそうだ。
戸惑うことはあっても迷うことはない。俺はこの森を突き進むだけだ。
「ふらふらするな」
こんなお荷物と一緒に行動するのは不服だが、この薬がある限りは俺の言うことを聞くはずだ。注射器がなくなったらそのへんに放っておけばいい。今まで悪さばっかりしてきた報いを受ければいい。
俺たち二人は森の中を歩き続けた。平坦な道は間違いなく人が通るため、わざわざ険しいような、道とも言えないようなところを突き進んだ。ミリシャが自分で行動できないので俺が無理矢理連れて行くことになるのだが、強化の魔法だけでとりあえずはなんとかなっていた。あまり派手なことをすると見つかりかねない。
険しい山道を登って崖の上へ。水の音を聞いて歩いていけば小さな滝を見つけた。
「こりゃいい」
風呂なんて久しく入っていない。ボディソープやシャンプーはなくても水浴びで十分だ。今は、だが。
拷問器具の中から首輪を出してミリシャにつける。リードなんかもあったから木に縛り付けてから水浴びをした。彼女は座り込みボーッとして地面を見つめていた。
「アイツら、あんな強い薬を俺に打ち続けてたってのか」
しかし、俺はきっとあの薬だけじゃなくもっと多くの薬を打たれていたはずだ。安定剤、睡眠薬、鎮静剤、興奮剤、麻薬みたいなものだって混じっていておかしくはない。それくらい、あの時の俺の体はとんでもないことになっていた。
だからこそ今俺はここにいるわけだが、デミウルゴスに感謝することは一生ない。
服を脱いでから滝壺に入るが服は手に持ったままだ。雑ではあるがザブザブと服の汚れを落とし、そのへんの木の枝に引っ掛けた。この気温ならすぐに乾くだろう。
滝壺から出るが拭くものがない。が、気温が高いのでいいだろう。デミウルゴスの建物の周囲はとんでもなく蒸し暑かったがここはあそこよりも湿度が若干低いらしい。
生乾きの服を着てからミリシャのリードを掴む。今度からこのリードを持っている方がいいかもしれない。薬の時間だけは気をつけなきゃならないか。
こうして散策を再開する。散策というか、本当はこの森から出たいのだがどうやって出ればいいかわからないから歩くしかないのだ。
汗を拭いながら足を動かし続ける。後ろを振り返ってミリシャの様子を確認しながらなのであまり進行速度は速くない。
そして川辺で休憩を挟む。水を飲み、一息ついた。




