二十一話
そして、出ていく直前にこっちを振り向いた。
「もう一つ言っておくけど、キミがここに来てからまだ二日しか経ってないからね」
今、コイツはなにを言ったんだ。
「お前、それどういう意味だよ」
ルイは「はははっ」と笑ってドアの向こうに消えていった。
「おい! 答えろよ!」
二日? 二週間の間違いだろ? だって、俺は何度も寝て起きてを繰り返したんだぞ。何度も何度も拷問されて、食事だってまともにさせてもらえない。寝て、起きて、拷問されて、口に不味い飯ぶちこまれて。
あの流動食、そういえば少量を一日五回ほど食べさせられた。
「あの、野郎……!」
ただただ一日一回の食事だったのだ。
例えば排泄をコントロールすることがスキルで可能なら、消化系をコントロールすることだってできるはずだ。そんなスキルがあるかどうかは別だが、考えられる可能性があるとすればそれしかない。
これで二日? じゃあ、これからもっとこれが続くのか? こんな濃密が拷問が?
体がガタガタと震え出した。痛みが蘇ってくるようだった。
耳が引きちぎられるあの感覚。唇と鼻がおろし金のようなもので削られる痛み。指、腕、脚を切断される時の耳障りな音。腹に穴が空いた時のあの熱さ。なにもかもが蘇ってくる。
そんな絶望の最中、急に睡魔がやってきた。
待て。待て待て待て。まだ考えなきゃならないことが山程ある。
けれど、このまま眠ってしまえば楽になれるんじゃないだろうか。
ああそうだ。眠っている間だけは忘れられるじゃないか。
「クソ、が……」
最後にそんな言葉が漏れた。
胸の中に沸々と湧いてくるルイに対する怒りの感情も、この生活が繰り返されるのかという不安も、なにもかもが暗闇の中に飲み込まれていく。
もう二度と起きたくない。
そんなことを考えながら眠りに落ちた。
だが次の瞬間には目蓋を開けていた。バクバクと心臓の音がやけにうるさかった。
景色が歪む。頭もガンガンと痛いしなんだか鼻の奥もツーンとする。胃の辺りでは圧迫感と気持ち悪さが混在している。こんな妙な体調の悪さを経験するのは初めてだ。すぐにでも吐いて楽になりたい衝動に駆られる。
「夢、か?」
『夢じゃないよ』
どこからかルイの声が聞こえる。
部屋中を見渡すが姿はない。どこかにスピーカーでもついているのか。
代わりに、俺の腕に点滴のようなものが付けられていた。右と左、両方にだ。
「なんだよ、これ」
『左が安定剤、右が興奮剤だよ。ちなみに遠隔操作で調整できるようにしてあるよ』
「どうやってそんなこと」
『キミが知らないような魔法で動く機械なんていっぱいあるよ。船のエンジンだってそうだったでしょ』
「もしかしてその興奮剤で起きたのか……?」
『そういうことだね。まあそれだけじゃないけど』
「どういう意味だよ」
『それはまあ、自分で考えてよ』
「つか、どっから聞こえるんだ、これ」
『それもまあいいじゃないか。キミの世界にあったスピーカーと一緒だよ』
今までは俺と面と向かって喋ってた。そんなやつが別の方法をとっている。つまり、方向性を変えたということだ。クラウダの情報を入手することから、完全に俺を監禁する方向へとシフトした。
「なにが狙いだよ」
『コレ自体が狙いさ。キミを監禁しておくっていうのが本来のボクの狙いなわけだからね』
やっぱりそうか。世界が崩壊するまで俺を飼い殺すつもりだ。
だがここで体調に変化が訪れる。少しずつだが体が軽くなっていくのだ。胃の辺りにあった不快感も取れてきた。頭痛はまだ残っているが緩和され始めている。どういうことかはわからないが、ここに来た時よりも圧倒的に体調がいい。
これもルイがやっているのかと思ったが、特になにも言ってこないということはルイがやっているわけではない。それに誰かが俺の体になにかをしている、ということしかわからない。
『もう魔女クラウダも長くないだろうし、そうなればデミウルゴスに対抗することもできなくなる。魔女クラウダはこちらに攻めてくることもおそらくない。となればキミを監禁しておくのは難しくない。あとはそうだな、不安要素をいくつか消しておきたいかなという気持ちはある』
なんとなくだが、コイツがなにをしたいのかがわかった気がする。




