十八話
夢の中で、ある人物の言葉が思い出された。
『この物語の主人公はお前じゃない』
『世界を再生させるというこの件において、お前はただの駒でしかないってことだ。どうやってもお前は私の駒だ』
正直なところ、俺はショックのあまり言い返すことができなかった。今までの俺の経験からすれば、俺は主人公になるだけのことをやってきた。こんなことを言うのは恥ずかしいが、そういう立ち位置になれるんじゃないかって思ってここまでやってきた。
異世界への転生、もとい転移。フレイアとの出会い、ボーイミーツガール。敵がいて目的がある。そしてその目的を達成するには俺というキーパーソンが必要だ。今はズタボロだが一応ライバルだっている。
そんな俺のどこがいけないのか。なにをすれば中心になれるのか。俺でないとしたら「いったい誰が中心人物だというのか」そんな考えばかりが浮かんできてしまう。
俺以外に誰がこの世界を救えるというのか。
もしかすると、俺には本当は大した力はないんじゃないのか。
だとすれば、いったい俺はなぜここにいるんだろう。
様々な疑問が湧いては消え、湧いては消えていった。
そして、一つの結論が出た。
誰がどうとか、そういうのは一旦置いた方がいいということだ。今大事なのはここから抜け出すこと。誰かに助けてもらってばかりじゃいられない。
その時、俺の意識が一気に覚醒した。
目を開けて最初に見えたのは空のコップを持ったメイド姿の女だった。おそらくコップの中身は冷水だったはずだ。それを俺の顔にかけた。
「誰だ、お前」
目付きが今まで出会った誰よりもキツイ。真顔というのもあるが妙な圧のせいでどういう顔をしていいかわからない。
「私の名前などどうだっていいだろう」
「ああそうかい。じゃあなんの用事だよ」
「特に用事はない」
「じゃあなんで起こしたんだよ……」
頭は痛いし体調は悪い。薬のせいだと思うが、目蓋が重いので今すぐにでも眠ってしまいたいのだ。
「気持ちよさそうに眠っていたから、つい」
「俺になんの恨みがあるんだよ」
「恨みしかないが?」
「俺がお前になにしたってんだ。初対面だろうがよ」
「確かに初対面だ。だが、お前のせいで私たちはこの扱いだ」
スカートの端を指先で持ち上げ、すぐに指を離した。
「好きでその格好してるわけじゃないのか?」
「違う。家族を人質に取られてルイの身の回りの世話をさせられてるだけだ。そういうやつは多い」
「それなら俺のせいじゃなくルイのせいだろうが」
「お前が存在してるからルイはこんなことをしてるんだろう? じゃあお前のせいだと言っても間違ってない」
「そんなこと俺に言ってどうするんだ? 俺にはなにもしてやれん」
「だろうな。だから憂さ晴らしに来た。お前は特になにもしなくてもいい。私が勝手にやるからな」
メイドは右手で魔法の球体を作り出す。球体と空気の境目は曖昧でキレイなエメラルドグリーンだった。
「それを俺にぶつけるって? つか俺を傷つけたらルイに怒られるんじゃないのか? 人質だっているんだろ?」
「ルイには好きにしていいって言われてる。殺さなければ、だが」
メイドが素早く腕を振った。両腿にピリッという痛み。視線を落とすと、両腿が真っ赤に染まっていた。
傷の度合いはわからない。だがこの出血具合からすると相当傷が深いはずだ。
「ぐ、ぐううううう……」
その後でズキンズキンという痛みに変わっていった。
「痛いか」
メイドはそう言ったあとで太ももにナイフを突き立てた。
「ああああああああああああ!」
痛い。正直ソレ以外なにも考えられないほど痛い。
「痛いよな。それでいい」
グリグリとナイフを動かして傷を抉られる。胴体から脳みそへ、そしてそのまま天井に抜けていくような鋭い痛み。目の前が一瞬白み、現実に戻され、また目の前が真っ白になる。
ズボッとナイフが抜かれた。
「ほらよ」
先程のエメラルドグリーンの球体を俺の太ももに当てた。するとみるみるうちに傷が治っていく。痛みも当然なくなって、けれど足元に広がる赤い水たまりは消えてくれなかった。




