十七話
カンカンカン、という金属同士がぶつかり合う音で目が覚めた。
目を覚まして、一番最初に感じたのは強烈な頭痛だった。続いて胃もたれみたいな不快感が腹全体をぐるぐる駆け回っていた。
どれだけ寝ていたのかわからない。どれだけ時間が経ったのかも、どれくらいここにいなきゃいけないのかもわからない。少しだけ心細いのは、こういった境遇にまだ慣れていないからだろうな。
吐く息がやたら熱く感じる。けれど体感温度は低い。わずかに体が震えてしまうくらいだ。ここまで体調がおかしくなると思考も鈍ってくる。考えようとしたことを考える思考力がなくなってくるのだ。
その時、ガチャッとドアが開いてルイが入ってきた。
「お前、俺のこと好きなのか?」
昨日と同じようにルイが俺の前に座った。
まあ実際のところ昨日かどうかはわからない。窓もないし時計もないのでどれだけ寝ていたかわからないのだ。
「開口一番がそれ? 普通、もっと聞くべきことがあるんじゃない?」
「特にねーよ。それよりなんの用だ」
「今日の用事はこれさ」
ルイが指を鳴らすと、ドアが開いて二人のメイドが入ってきた。片方のメイド、ツインテールの手にはなにかの器具。もう片方のメイド、ボブカットの手にはオボン。オボンの上には風呂桶くらいの器が乗り、その中には湯気が立つスープのような物がある。なんとなくこの先の展開が予想できた。
「その食事はお前が食べる用か?」
「そんなわけないでしょ。これはキミの分だよ。さ、メイドちゃんたちお願いね」
器具を持ったメイドが大きな注射器を取り出す。注射器の中にスープを入れ、先端にホースを取り付けた。
「もしかしてそのまま突っ込む気じゃねーだろうな」
「そのもしかしてなんだよね」
ホースを口の中に突っ込まれた。口どころか喉の奥までホースが届く。
が、予想よりも痛くない。喉の奥に異物が押し込まれたというのにえづくことも嘔吐感もない。
しかし流し込まれるスープの温かさだけはなんとなく、じんわりと伝わってくるようだった。喉を通っていないのに食道や胃がいきなり温かくなるこの感覚は、決していいものだとは言えなかった。
ニヤニヤと笑うルイに見つめられながら、ただただ胃に物を押し込まれるという食事が終わった。時間にして五分とか十分くらいだと思う。
「美味しかったでしょ?」
「味なんてわかるわけねーだろ」
メイド二人がドアの前で一礼して出ていった。見えているのか見えていないのか、ルイは一瞥もくれずに手だけ上げていた。
「でも痛くも気持ち悪くもなかったでしょ」
「たしかにな」
「そういうお薬を使ってるからね」
「んなことだろうと思ったよ」
この体調不良は全部その薬のせいだと思われる。
「でもこれはキミを生かしておくために必要なことだからさ」
「もっとまともなやり方もあるだろ」
「普通に生かしておいたら自殺しかねないからね。こうやって拘束して、必要な栄養だけ与えておくのさ」
「運動できないとそれはそれで体に悪いと思わないか?」
「今すぐ死ななきゃそれでいいよ。この先十年後、二十年後に死ぬ程度の影響ならボクは無視するよ」
「飼っておくつもりはない、と」
「ボクが欲しいのは魔女の情報だから」
「魔女のことなんて調べればアレコレ出てきそうな気もするけどな」
「だったらとっくに調べてるさ。というかね、おかしなことに重要な情報はほとんど残ってないんだよ」
「一億年も生きてるんだから書物かなにかしらに記されててもおかしくないだろ。魔女なんて目立つことしてるんだし」
「いくつかはあるよ。でも魔女クラウダがどうして魔女になったのかとか、どういう人種だったのかとか、そういうのは一切公言されていないんだ」
「そんな情報持ってても意味ないだろ」
「パーソナルデータがあれば魔女クラウダの弱みだって握れるかもしれないじゃないか。魔女の弱みさえ握れれば、実質魔女派全体を統治したのと変わらないからね」
「そんなこと考えてるやつに俺が情報教えると思うか?」
「ただで教えてくれるとは思ってないさ」
ただもなにも、俺は魔女の情報をそこまで持っていないのが現状だ。俺が破滅の子だから情報を持っていると思ったんだろうが見当違いだ。
「じゃあなんかしてくれるってのか? それなら今すぐ拘束を解いてくれるのが一番の報酬だ」
「拘束を解いてもいいけど、キミじゃあここから逃げ出せないよ。薬の効力も残ってるしね。それになんのために食事を与えたのかわからないじゃないか。大丈夫だよ、キミが自分の意志で喋らなくても、キミの口は勝手に喋るから」
ニヤっと、一層口端が持ち上がった。その瞬間、一気に気持ち悪くなってきた。それから頭がぼーっとして、次から次へと様々な感覚が俺の意識を弄んでいった。




